第5話 コーヒーゼリーは家族味
「それでは皆さんお手を合わせて、いただきま〜す!」
風兎香さんの元気な合図で食事が始まる。大きなテーブルに並んだ献立は、カレー、シーザーサラダ、生春巻き、そしてお味噌汁と洋の東西を問わない。
これ、私もいただいちゃっていいのかな、そう思いながらもおずおずと手を伸ばす。
「……わっ、美味しい!」
なんだろうこのカレー、凄くスパイスが効いてて美味しい。私の家じゃ出てこなかった味がする。夢中になって食べていると、向かい側に座る晴人が見事なしたり顔をしていた。
「デザートにコーヒーゼリーも作ってあるからな」
むっ……料理男子すごい。それは素直に認めなきゃいけないみたいだ。
「晴ちんは相変わらずシェフ並みの腕前だね〜。いつもありがと〜」
場の和やかな雰囲気が、私がここに馴染むのを後押ししてくれる。こんなに温かいもてなしを受けるなんて思ってもみなかった。そういえば私、誰かと一緒にご飯を食べたのなんて、いつぶりかもわからないな。
◯
「……さて。それじゃとりあえず、私達のことから話そっか?」
食事が一段落した頃合いを見て風兎香さんが口を開く。
「改めて説明すると、私達は『外異駆除研究機構』。正式にはその頭に『総務省所管独立行政法人』って付くんだけど……長いし可愛くないから『がいけん』って呼んで?」
「別に可愛さは求めてないんだがな」
「はい、あだっちー茶々入れない。まぁ早い話が、本部から依頼を受けて外異を探したり倒したりする組織って感じかな。ちょっとワケありの下っ端だけどね〜」
晴人が食器を片づけつつ冷やしたコーヒーゼリーを運んでくる。それがあまりにも美味しすぎて、あやうく話の内容が飛びそうになった。
「さっきも言ったんだけど……うわっ何このゼリーうまっ!? ……えっとなんだっけ、ああそう、メンバーはこの三人しかいないんだけどね」
「人数が少なくて不安かもしれませんが、全力でお嬢さんの力になりますので」
「あ~、っていうかさ〜ずっと気になってたんだけど、あだっちーその敬語ぎこちなさすぎるからやめたら?」
「ん……そうか? 俺はただ、大切なお客人に失礼があっちゃいけねぇと思ってだな……」
安達屋さんがピカピカのスキンヘッドを掻きながら、困ったような表情でこちらを見てくる。
「えっと……良かったら気楽に接してください。そっちの方が私も嬉しいので」
「あー、申し訳ねぇ! 逆に気を使わせちまったみてぇで……それじゃあお言葉に甘えてそうさせてもらうぜ、嬢ちゃん」
そんな私達のやりとりを満足気に眺めていた風兎香さんが、今度は私に水を向けた。
「それじゃあ、次はましろんの話を聞かせてもらおうかな」
「あっ、はい。えっと、私は……」
何を、どこから話そうか。私がここに来ることになるまでの全て。
「ご存知かと思いますが、私の家である七夜家は、古くからずっとこの東京の地を守り続けてきました。父の史登は私から見ても人一倍正義感の強い人間で、その使命を今までずっと迷わずに果たし続けてきました」
皆は真剣に聞いてくれている。ひと呼吸おいて、私は話を続ける。
「突然の事でした。数日前のある夜に父から呼び出され、七夜家は一族の使命を放棄すると言われました。理解が追いつかずに呆然としていると、父の傍から現れた外異が私を襲いました」
当時の光景を思い返す。いっそ自分の目がおかしくなってしまったのだと信じたかった。人類の敵であり、決して意思の疎通が図れないはずの外異が、自分の父と並び立っていた。
「そこから先は無我夢中で……気づけばスマートフォンと財布が入ったバッグだけを持ち出して、家の敷地から逃げ出していました。振り返ると、いつの間にか駆けつけた政府の関係者が裏口から屋敷に突入していくのが見えました。」
戦場になるのだな、と思った。私が人生の大半を過ごした家が。日常が崩れていく感覚をまざまざと感じて、泣けばいいのかもわからないまま走った。
「その後は都内のホテルを転々としながら、正直、呆然としていました。外異の存在は公にできないので、警察を頼るわけにもいきませんから。そんな折に、皆さんが私を保護すると言ってくださったので、こちらにお世話になることを決めました」
話し終わると、ずっと一人で抱えていた何かが少しだけ軽くなったような気がした。風兎香さんが頷いて、ゆっくりと口を開いた。
「話してくれてありがとうね、ましろん。それにしても、よく私達のことを信用する気になったよね? 自分で言うのもなんだけど、結構怪しかったと思うんだけど」
「どのみち一人で背負い込める話でもなかったですから。今私の家がどうなっているのか、情報も欲しかったですし」
「そっか。じゃあごめんね、一個だけ質問してもいい? 嫌なこと聞いちゃうかもだけど……そもそも、七夜家に跡取りはいないはずだよね?」
個人単位で軍の分隊にも匹敵する武力を持っている私達の情報は、当然ながら政府組織に厳しく管理されている。七夜家を含む特別な一族なら尚のことだ。当主に何人の子供がいて、誰が跡取りになるのかも半ば公然と知られている。
そして、七夜家は跡取りが誰もいないというのも有名な話だ。
「……はい、それは……私は生まれついてからずっと、異能が使えませんでした。誰もが特別な力を持って生まれるはずの一族の中で、何の才能も持たずに生まれた欠陥品が私です。父は私の存在を無かったことにしました。幼い頃から学校にも通わせてもらえず、ずっと屋敷の中に隔離されて教育を受けました」
「……事件の後も政府にすぐ顔を出さなかったのは、それもあって?」
「はい。私、『いないはずの娘』ですから。出ていったところで余計な混乱を招くんじゃないかという思いと……正直、どう扱われるかわからなかった恐怖もあって」
今や七夜家は政府に公然と反旗を翻した集団だ。テロ組織と言ってもいい。その娘がのこのこ出頭したところで、優しくしてもらえるかはわからない。
「あの、私やっぱり今からでも政府に顔を出した方がいいでしょうか」
「……いや、それはあまりオススメできねぇなぁ」
話を聞いていた安達屋さんが、顔をしかめながら口を開く。
「でけぇ組織にゃ色々思惑があるからよ。少なくとも、嬢ちゃんは一生監視されることになる。自由に表を歩けなくなるのは確かだと思うぜ」
想像するだけでも嫌気がさす。自由にさせてもらえない苦しさは、もう家で一生ぶん味わってきた。
「……さて、それじゃましろんの事情もわかったとこで、最後の疑問について話してみよっか!」
会話が途切れて落ちた沈黙を、風兎香さんの明るい声が再び吹き飛ばした。
「私もあだっちーも、七夜家に跡取り娘がいるなんてことは全く知らなかった。情報を仕入れてきたのは晴ちんだよね?」
会話の輪から外れ、キッチンでお皿洗いをしていた晴人へと呼びかける。
「ズバリ、どこでましろんのことを知ったわけ?」
「う~ん、そうだなぁ……」
手際よくピカピカのお皿を量産しながら晴人が口を開いた。
「真白の前で言うのもなんだけど、七夜家に政府へ反抗しそうな怪しい動きがあるのは前々から勘づいてたんだ。少し探ってみて、隠された娘がいることもわかってた。残念ながら事が起こるのは防げなかったけど、真白だけでも保護できたらと思って居場所を突き止めたんだよ」
そして私はホテルにいたところに連絡を受けて、今ここに至る、と。
なるほど。それで晴人は私のことを既に知っていたってことなのかな。
「ふーん、相変わらず晴ちんは謎めいてますなぁ」
風兎香さんが壁時計を見やる。話に夢中で気づかなかったけど、夜もかなり深まっていた。
「とりあえず今日はここまでにしよっか。ましろんも疲れたでしょ?」
気を使わせてしまって悪いと思いつつも、確かに体は重い。家から逃げ出してから今日までずっと溜まり続けていた疲れが、体の内から一気に溢れ出してきたようだ。
「行こ、部屋用意してあるから案内してあげる! お風呂は共同だけど、もちろん男女別だから安心して! いや〜、ついに念願の女子が来てくれて凄く嬉しいよ〜!」
テンションの高い風兎香さんに手を引かれて立ち上がる。去り際に安達屋さんが声をかけてくれた。
「おやすみ。ゆっくり休んでくれよ、嬢ちゃん。」
「あっ、えっと、おやすみなさい! 今日はありがとうございました! ……晴人もおやすみ!」
「ん。おやすみ、真白」
なんだか家族みたいだな。なんて、今日初めて会ったばかりの人達に対してそんな想いが頭をよぎる。そういえば、誰かにおやすみを言って眠るのもいつぶりのことだろうな。戸惑いと一緒に湧いてきた温かな感情を、どんな言葉で表せばいいのかも私は知らなかった。




