第4話 彼は何者か?
「それにしても、いきなり戦いに巻き込んじまって申し訳ねぇですな。お嬢さん」
「いえ、そんな……安達屋さんが謝ることじゃないですから」
再びのドライブ。真夏の長い日も沈み、暗くなり始めた街並みを眺めながら、私は安達屋さんの組織の拠点を目指していた。
結局昼間の戦いは、あの少年が三体目の外異を倒したところで終わりとなった。怪物を生み出す根源である血溜まりは枯れ果て、これ以上の被害は起きないだろうと確認されたのだ。
今頃は近隣住民たちの避難も解除されているはずだろう。
しかし私達は「はい解散。お疲れ様でした」というわけにはいかず……偉い人達に戦いの顛末を報告しないといけないので、そのまま政府の組織関係者が集まる本部へと向かうことになったのだ。
悪者を倒して終わりじゃないのが、現実のヒーローの大変なところだな。
死傷者こそ出なかったものの、私達がつけてしまった道路や建物の傷だって、今頃何人もの大人達が住民を納得させるためのカバーストーリーを考えてくれているはずだ。
その本部への報告は何時間にもおよび、気づけばすっかり夜になってしまった。
まあ私は安達屋さんのご好意で車の中で待たせてもらっていたのだけれど。というか、ずっと助手席で爆睡していたのだけれど。
戦いの後から未だに体が重い。というか、今もこうして平然と車を運転している安達屋さんが信じられないくらいだ。体力オバケかな?
「ん、どうかしましたかい?」
「あっ、いえ、何も……」
そういえば、私を助けてくれたあの謎めいた少年は、異能らしき力を使って青い光とともにどこかへ飛び去ってしまった。
なんで私の名前を知っていたんだろう。説明くらいしてくれてもよかったのに。
色々なことが起こりすぎて、頭の整理が追いつかない。また、どこかで会えるのかな……。
◯
「ふぅ、やっとこさ到着しましたな。ここが我々のアジトです」
安達屋さんが車を停める。運転のお礼を言って車を降りると、建物の中へと案内された。
寮、だろうか。二階建ての綺麗な共同住宅だ。外観からは十部屋以上もあるように見える。当たり前かもしれないけど、ここが化物と戦う人たちのアジトだなんて誰も思わないだろうな。傍目から見れば、ただの学生寮か社宅にしか映らない。
私の家の敷地にもあったな。お父さんが雇った会社の人達や、使用人さん達が住み込みで働くための寮が。
玄関からエントランスへと入る。かなり広い建物だ。個室だけでなく、大人数で集まれるスペースもいくつか用意されているらしい。内装も綺麗に整えられていて、掃除が行き届いている印象を受ける。
靴を脱いで揃えると、奥の扉を開けて安達屋さんが手招きをしていた。
「ささ、こちらへどうぞ」
「あっ、すみません! 失礼します!」
とは言ったものの、部屋の中は真っ暗で何が何だかわからない。
「……あ~、ちっと暗いな。すみませんねお嬢さん、灯りをつけてもらえませんか」
「あ、はい。えっと……」
手探りで照明のスイッチを探す。それらしきものに手が触れ、視界が明るくなる……と同時に、パーン!! という大きな破裂音が至近距離で鳴り響いた。
「うおわぁぁっっ!?」
驚きのあまりその場で勢いよく飛び上がる。天井が高くて助かった。
「ようこそましろん、私達のアジトへ~っ!」
眼前にはクラッカーを手にした女の人。音の正体はこれか。心臓が痛いくらいにバクバクする。顔がひきつっているのが自分でもわかった。
「……ったく、どうせこういう出迎え方すんだろうと思ってたんだよ。お嬢さんはデリケートなんだから驚かすんじゃねぇ」
安達家さんも室内へと入ってくる。ここはラウンジだろうか。広々とした空間にいくつもの家具が揃えられている。
「え~、だって、ここに人が来るなんて滅多にないんだからいいじゃん。あだっちーは頭が固いな~」
改めて前方の女の人に目を向ける。この声、外異が出た時に安達家さんと通信してた人だ。
背は私と同じくらいで、サラサラに艶めくセミロングの黒髪が眩しい。そして大胆に空いた胸元が目立つ。この衣装、海外の映画なんかで見たことがあるな。そう、バニースーツだ。
……バニースーツ?
「はじめまして、驚かせちゃってごめんね。私は三月風兎香だよ。これからよろしくね~」
「あっ、はい。はじめまして、七夜真白です。なんでバニースーツ着てるんですか?」
衝撃のあまり、質問が口をついて飛び出してくる。
「あ、いきなりそれ聞いちゃう? いや~、私って名前に『兎』って文字が入ってるからさ~、やっぱこれが正装みたいな? 着てて一番落ち着くんだよね~」
なるほど、わかんない。助けを求めて安達家さんの方を向くと無言で渋い顔をしていた。
「ちなみにこんなんでも二十一でハタチ超えてるからよろしく~。気軽に『風兎香』って呼んでね? 何かあったらいつでも頼ってくれていいからね~」
そして年上だった。どうしよう、失礼なこと聞いちゃったかな。いや、別に何も失礼じゃないか。自分の常識では測れない相手に思考が混乱している。
一旦落ち着くために深呼吸をすると、やたらと食欲をそそる香りが漂ってきていることに気がついた。
「あっ、部屋の奥が気になる~? いいよいいよ、覗いてきて~」
言われるがままに奥へ進むと、併設されたキッチンで誰かが料理をしていた。ラフなシャツ姿になってはいるが、その黒髪には見覚えがある。というか、つい昼間に見たばかりの……。
「あ~~っっ!!」
思わず普段出さないような大声と共に指をさしてしまう。あの時外異から私を助けてくれた男の子だ。いた。普通に会えた。こんなに早く再会できるなんて思っていなかった。
「ん、来たか真白。待ってたぞ」
私の驚きぶりとは対照的に、男の子は淡々としている。こっちにはチラリと視線を向けただけで、そのまま鍋でカレー煮込んでるし。
「おう、晴人。昼間は危ないとこを助けられちまったな。ありがとよ」
安立屋さんが私の背後から男の子に声をかける。
「いやいや、安達屋さんのせいじゃないって。戦いの最中にぼーっとしてる真白がのんきだったんだ」
「む……」
確かにそうなんだけど。全くもってその通りなんだけど、なんだろう、なんか納得がいかない。
そう、距離感。凄く距離感が近い。私たちほぼ初対面だよね!? と言いたくなる。
「あー、お嬢さん。こいつは雨後晴人。我々の仲間です」
安達屋さんが彼のことを紹介してくれる。あめのちはれと。雨のち晴れ。凄い名前だな。きっと偽名だろうな。
「えっと……七夜真白です。昼間は本当にありがとう」
「ん」
ん。じゃない。ちゃんと色々説明して欲しいんだって。助けられておいてなんだけど、軽く腹が立ってきた。
「ちなみに私もメンバーの一員だからね〜。まぁメンバーって言ってもこの三人しかいないんだけどそれがウチらの味っていうか? アットホームな職場で~すって感じで」
後ろから風兎香さんも話に入ってくる。そっか、これで全員なんだ。外異と戦う組織にしては規模がすごく小さいな。
「まぁ、色々と話さなきゃいけない事はあるけども……」
晴人が、作った料理を次々と手際よくお皿に盛り付けながら口を開く。
「まずは夕食にしようか」




