第3話 血と咲き誇る異能の花
血溜まりから完全に這い出した「それ」と相対する。異形の怪物、私達が外異と呼称するその存在と。
山羊と巨人とを縫って合わせたようなその巨躯は、三、四メートルにも達するだろうか。全身から血を滴らせながら、光のない瞳でじっと私のことを見つめている。
感情を読み取れない表情。言葉も発さず、しかし私のことはきちんと認識している……倒すべき存在として、蹂躙すべき相手として。
真正面から向き合うと、その体格の違いに圧倒されそうになる。もしもあの太い腕で思いっきり殴りつけられたら。嫌な想像が頭の中に広がりそうになる。
無理やり雑念を払うようにして、外異の前へと立ちはだかった。そして次の瞬間、前触れもなくその剛腕が私めがけて振り下ろされた。
「〜〜っ!!」
すんでのところで横っ飛びをして避ける。さっきまで立っていたアスファルトが軽々しく砕かれた。
暴力には、人の気勢を削ぐ効果がある。有無を言わさない純粋な力。私の生半可な覚悟なんか、いとも簡単に吹き飛ばしてしまいそうだ。
怖い。まともに当たれば骨が折れる程度では済まない。きっとものすごく痛いだろう。もしかしたら、死んでしまうかもしれない。
考えただけで体中から力が抜けてしまいそうだ。情けないけど、涙すら出てきそうだ。それでもある想いだけが、今の私をどうにか奮い立たせていた。
私の家が、七夜家がいきなり自分たちの責務を投げ出したりしたから、街の警備体制が乱れてこんなことになっているんじゃないか。大勢の人達が迷惑しているんじゃないか。私はその責任を取らなきゃいけないんだ。選べる権利なんか元から私には無いんだ。もう帰る家すら失った。ここで逃げたら、私の居場所なんかどこにもないじゃないか。
戦え。戦え、七夜真白!
「うわぁ――っ!!」
勢い任せに叫び、お腹の奥にぐっと力を込める。私の中に眠っていた何かが目覚めるような感覚。身体中が熱い。まるで意志を持ったかのように、私の血液が右手首を貫いて天高く吹き出した。
痛みは一瞬。鮮血は赤色から半透明のピンク色へと変わっていく。体の中を莫大なエネルギーが巡っていくようだ。光り輝く血液が、私の瞳をまばゆく染め上げる。
またも外異が私めがけて拳を振り下ろす。先程とは違い、今度は真上に大きく跳んで避けた。
体が軽い。一跳びで、私の倍以上はある外異の巨体を悠々と越えていく。
右手首から吹き出す鮮血は、私が脳裏に思い描くイメージ通りに槍の形を取って固まった。
柄に花の紋章が刻まれた細身の槍。これが、私が考えた外異に対抗するための武器。
「行くよ!!」
気合を入れて、落下の勢いに乗せて斬り込む。覚醒した血液が体の中で暴れているようだ。私の細腕が、普段では考えられないほどの力を出している。
「――――ッ!!」
槍先が脇腹を深く斬りつけると、外異は低い唸り声を上げて抵抗する。足元の私目掛けて乱雑に繰り出される拳をかわし、繰り返し何度も斬りつけていく。
槍さばきだけは小さい頃から徹底的に家で叩き込まれてきた。やれる。戦える。そんな自信が少しずつ私の中に芽生え始めてくるけれど、でも、それだけでは足りない。
「やっぱり、傷が再生していく……!」
外異につけた傷口からは勢いよく血が吹き出すものの、見る間に塞がっていき、ついには何事も無かったかのように綺麗に治ってしまう。
不死身、という言葉が頭をよぎった。拳銃やライフルといった既存の銃火器では外異に対抗できない理由がここにある。こいつらは、例え首を落としても胴体を真っ二つにしても倒れない。ただちに再生していくだけだ。
「これじゃダメだ……って、うわっ!」
私の攻勢が緩んだ隙をついて、外異が更に抵抗を強めた。
たまらず息を整えるために一旦距離を取ると、外異は腕を地につけて四足歩行の姿勢を取る。そして一瞬だけぐっと力を込めると、爆発的な速度で瞬く間に私の懐目掛けて突っ込んできた。
――速い、避けきれない!
咄嗟に槍の柄で受け止めるが、あまりの力に成すすべもなく吹き飛ばされてしまう。遥か後方に建っていた工場の壁へと叩きつけられ、危うく意識が飛びかける。全身の骨がぐしゃぐしゃにひしゃげるような嫌な感覚があった。
普通なら即死していてもおかしくないほどの衝撃。しかし私の血液は、体の中で砕かれた骨と骨を急速に繋ぎ合わせ、傷ついた内臓すらも修復していく。
不死身。そう、私はこの血が尽きない限り死ぬことはない。警察や軍隊の手に負えないこの外異たちを、私達が倒さなければならないのはこのためだ。
化け物に対抗できるのは化け物じみた力だけだな。そう思うと、苦しいのに何故だか変な笑いが込み上げてきた。初めての戦いの中でだいぶハイになっているのかもしれない。
顔を上げると、外異はこれがトドメだと言わんばかりにもう一度突進の姿勢を取っていた。全身に力を込め、今にも飛びかからんと鼻息を荒くしている。再びアレをもらえば、いくらこの血があっても戦い続けられなくなってしまうかもしれない。
――でも、私だって、何度も同じ手をくうもんか。
「縛って、束縛花!!」
そう叫び槍先を振るうと、外異の体中に巨大な蔓が茂っていく。
その正体は、先程斬りつけた際に付着させておいた私の血だ。それが私の合図によって覚醒し、足元のアスファルトにまで食い込む蔓に変わって敵をその場に拘束した。
動きを阻害されて外異が必死にもがく。ようやく作った大きな隙だ。勝てるチャンスは、今しかない!
「これで決める!」
私はありったけの力を込めて右手の槍を外異へとぶん投げた。それは狙い通りに、顔面に深々と突き刺さる。
「咲いて、吸血花!!」
その声に槍が応え、外異の血をぐんぐんと吸い上げていく。
通常の攻撃では外異に致命傷を与える事はできない。どんな打撃も斬撃も、瞬時に回復されてしまうからだ。故に外異を倒す方法はただ一つ。その力の源である「血」を全て枯らしてしまうこと。
私の槍はどんどん膨らみ、やがて大きな花の形へと変わっていく。異形の血を吸って咲く、半透明のピンクに染まる花だ。それが膨らむのと対照的に外異からは活力が失われていき、やがて抵抗すらも見せなくなった。
「――砕けて!!」
その合図と共に、巨大な花となった私の槍が砕けた。体内の血を全て絞られ、命が尽きた外異の身体は、まるで溶けるかのようにわずかな血液となってアスファルト上に散らばった。まるで突然のお天気雨のように、槍が吸っていた血が上空からあたり一面に降り注ぐ。
――倒した。私一人で、外異を倒せた。
急にとてつもない疲労感に襲われる。血の覚醒が終わったのだ。ピンクに輝いていた私の血は元の赤色となり、身体能力も非力な人間のそれへと戻る。
「はは……疲れたなぁ……」
しばらく動けずにその場で呆然とした後、遠く離れた場所に安達屋さんの姿を見つけて我に返る。
向こうも無事にもう一体の外異を倒せたようで、元気にこちらへと駆け寄ってくる。すごいな、私はもう一歩も動ける気がしないのに。
その場にしゃがみ込んで安達屋さんを待つ。よく見ると、私に向かってなにか手振りで指示を出そうとしている。なんだろう。一体、何を叫んでいるんだろう。
「――ろ、逃げろ!! 後ろだ!!」
その言葉の意図に気付いたときには、もう完全に背後を取られていた。
三体目の外異。いつの間に湧いていたんだ。ああ、戦いの最中に気を抜いてしまうなんて、やっぱり私は大馬鹿だ。
巨大な拳が私めがけて振り上げられる。仲間を倒された敵討ちだろうか。
いや、この無機質な瞳は、そんな殊勝な感情など持ち合わせていないだろう。ただ本能のままに破壊を繰り返すだけの、人間とは相容れない異形。もう抵抗する力は私には残っていない。
安達屋さんもこの距離では間に合わないだろう。こんなところで簡単に終わってしまうのかな。私、結局何一つできないまま……。
諦めかけたその時、外異の遥か頭上に青く光り輝く軌跡が見えた。
それはまるで流星のように瞬きする間に私の元へと降り注ぎ、即座に外異の体を斬り刻む。閃光の如き斬撃。再生する暇さえなく崩れ去っていく外異の巨体。
何が起きたのかも満足に理解できないまま、ただその光の眩しさだけが目に焼き付いていた。
「……ふぅ。危ないところだったな。大丈夫か?」
そう声をかけられる。青い光にも見えたその正体は、不思議な力で空を飛んでやってきた少年だった。
無造作な黒髪に、覚醒した血の影響で青く光り輝く瞳。私と同い年くらいに見えるけれど、その落ち着いた佇まいは、どこか遥か年上のようにも感じられた。
「ようやく会えたな、真白」
そう私の名を呼ぶ彼に、全く見覚えはないけれど。
体の中の血液達が……その中に刻み込まれた、遠い遠い昔の記憶が。
彼のことを知っていると、そう強く訴えかけていた。




