第2話 異形の誕生
怪物と戦う組織は、大きく二つに分けられる。
一つが、政府直轄の治安維持部隊。
警察や自衛隊とは全く違う組織として、独自の権限と武力を持っている。
安達屋さんが所属しているのもその中の一つだ。政府と言っても、怪物の存在を知っているごく少数の偉い人達が管理しているものだけれど。
お給料も国から出るし、公務員みたいなものかな。
もう一つは、政府からの認可を受けて活動している特別な『一族』たち。
それを率いる当主は異能と呼ばれる特別な力を持っていて、人を雇ってそれぞれ担当する街を守っている。
怪物退治以外にも色々な事業で稼いだりしているから、会社みたいなものかな。
政府とは持ちつ持たれつの関係というか、睨み合うことでお互いの暴走を防いだりしている。
私の生家である『七夜家』もその一族のうちの一つだった。お父さんは生まれつき特別な力を持っていて、百人以上の人達を雇って、人々を脅かす怪物からこの東京を守り続けていた。
……守るのが仕事のはず、だった。
「家の方とは、まだ連絡が?」
車を走らせながら、安立屋さんが助手席に座る私へ問いかける。
「はい。全くつかない状況で……」
つい先日のことだ。七夜家の長であり、私の実父でもある七夜史登は、突如として自らの任を放棄し、政府に敵対する旨の声明を出して失踪した。それと同時に、父に仕えていた側近から使用人に至るまで、私の家に関わっていた誰もが忽然と姿を消したのだ。
私はただ一人、状況もわからないまま行く宛を失い……今こうして、安達屋さんの組織へと身を寄せることとなった。
父は今、どこで何をしているのだろう。手がかりすら持たず途方に暮れるばかりの私の思考を、唐突な爆音が遮った。
『あだっち~~!! 大変大変、大変だよ~~!!』
「ふぇぇっっ!?」
私たちの会話に割り込むように、突如としてカーステレオから声が鳴り響く。急な出来事に私の小さな心臓がドキリと跳ね上がる。というか実際に変な声が出た気がしてかなり恥ずかしい。
「あ~……ちょっとすみませんねお嬢さん。おいコラ風兎香! こっちは今お嬢さん乗せてんだからもう少し静かに話せ!」
通話の相手を安立屋さんが叱る。多分この人、こういう砕けた喋り方のほうが素に近いんだろうな。
『あっそうだった七夜家のお嬢様! これは大変申し訳ございませんでした、いや違うか、ごめんあそばせ~? じゃなくて、もう大変なんだって~!』
若い女の人の声だ。私と同じくらいかな。音声だけでも元気の良さがありありと伝わってくる。
『緊急緊急、ヤツらが出るよ〜! 本部も出張ってくるだろうけど、位置的にあだっちーが一番近い!』
その言葉を聞き、私の体に緊張が走る。運転する安達屋さんの横顔が一瞬険しくなった後、落ち着いた口調で私に告げた。
「すみませんね、お嬢さん。快適なドライブにしたかったんですが、少しだけ寄り道させてもらっても?」
「はい、大丈夫です。私のことは気にしなくて構いませんから」
安達屋さんは頷くと、アクセルを一気に踏み込んだ。エンジンの豪快な唸り声が車体を震わせる。大丈夫。何も問題は無い。そう自分自身に言い聞かせる。
だって私は、戦うためにここに来たんだから。
◯
「ガス爆発の恐れがある」という名目で、既に近隣住民の避難は始まっていた。
おそらくテレビやネットでも同じような情報が盛んに流れている事だろう。私達にも、先程の女の人が通信越しに状況を伝えてくれる。
『ん~、もう付近の封鎖はほとんど終わってるみたい。降ったのは約一時間前。軽い通り雨だけど、その中に混じってたみたいだね~』
「了解だ、そろそろ現場に入る」
安立屋さんが応答する。閑散とした通りを車で進んでいくと、先刻降った雨が道を湿らせていた。郊外の、住宅が少ない工場地帯。立地が幸いして既に人払いは済んでいるようだ。一早く駆けつけていた政府組織の関係者達が、進入禁止の規制線を貼り始めているのが見える。
「外異駆除研究機構の安立屋です。他に人は?」
ウィンドウを開けて、安達屋さんが関係者の証である手帳を開いて見せる。
「いえ、まだ誰も来ていません」
「一番乗りですかい。こりゃ貧乏くじ引いちまったな」
「すみません、私達はアレと戦えませんので……どうかお気をつけて」
元々怪物の存在を知る人の数は極わずかだけれど、それと戦える人の数は更に限られる。この人達は住民の避難やトラブルの後処理が仕事なのであって、怪物を直接倒せる力を持っているわけではないのだ。
「さてと、お嬢さんはここで待っていてくだせぇ」
車を停めると、安立屋さんは私に降りるように促した。それが気遣いからくるものなのはわかっているけれど、ここは拒否させてもらわなくては。
「いえ、私も一緒に行かせてください」
「客人を危ない目には合わせられませんよ」
「平気です。私だって七夜家の娘なので」
「……わかりました。今はここで言い争ってる時じゃねぇですからね」
少しの沈黙の後、安達屋さんが根負けしたように再び車を走らせる。事は一刻を争う。こんなところで立ちどまっている場合ではないのだ。
やがて道路の先に、車さえ飲み込んでしまいそうなほど大きな水溜まりのようなものが見えてくる。それは目に痛いほどの赤色に染まっていて、周囲に広がる平和な街並みとは混じり合いようもない異物だ。
血液。怪物は、そこから生まれ出る。
人ならざる者たちの血液は、雨に混じって天から地上へと降り注ぎ、やがて異形の姿をとって人々を襲うのだ。
「オイオイ、もう出てきやがりそうじゃねぇか……こっちは今到着したところだってのによ!」
安達屋さんは毒づくと、素早く車体から降りて後部座席に乗せた装備を取り出す。
前方の血溜まりから、手が生えてきていた。正しくは、手のような何か。筋骨隆々の人間の腕の先端に、馬の蹄を無理やり接続したようなその造形は、この世の神が作ったものとは到底思えない。
その手が地面を捉えると、次いで頭が、そして胴体が血溜まりから湧き出してくる。山羊の頭が大男の首に乗っかったような怪物だ。神話に出てくる悪魔みたいだ。私はひとつ呼吸を入れると、安立屋さんに続くように勢いよく車体から飛び出した。
「お嬢さん、装備は!!」
「大丈夫です! 私、無くても戦えるはずなので!!」
離れた場所では二体目の怪物も生まれようとしている。全てを安達屋さん一人に任せるわけにはいかない。
「私が片方抑えますから!」
そう叫び、脇目も振らずに駆け出した。




