第1話 血縁が出会いを呼ぶのなら
『次のニュースです。今年も夏の暑さが厳しさを増している中、都内の保育園では園児たちが水浴びを楽しんでいます……』
高層ビル群に備え付けられた大きなモニターから、お昼のニュースが流れてくる。
子供たちが無邪気にはしゃいで笑い合う、幸せなニュース。
微笑ましくて、思わず口元が緩む。そんな私の頬を、熱を帯びた風がふわりと撫でて過ぎ去っていった。
平日のお昼時真っ只中だというのに、東京の路上は行き交う人々で溢れかえっている。
耳元にスマートフォンを押し当て、慌てた様子で駆けていくサラリーマン。夏休みを使って遊びに来たのだろうか、私と同じ十七歳くらいの、私服でショッピングを楽しんでいる女子高生。
何気ない日常に息づく人々の営み。そんな当たり前の光景すら私にとっては物珍しくて、ついついじっくり観察してしまう。
「うぅ……おかあさん……」
ふと声が聞こえる。目をやると、小さな女の子が人混みの陰で泣きべそをかいていた。
「おかあさん、どこ……?」
一人ぼっちで不安そうにあたりを見回している。なんともわかりやすい迷子だな。そう思うが早いか、私の足は自然と動き出していた。
「こんにちは。どうしたの?」
と、気さくに話しかけたつもりが、女の子は私の顔を見たまま固まってしまった。どうやら警戒させてしまったようだ。
あれ、失敗したかな。確かに笑顔がぎこちないのは自分でも良くわかっている。それに子供の相手なんてほとんど経験したことがない。
「おねえちゃん、誰……?」
「あっ、えっと、ごめんね? 君が一人でいたから気になっちゃって。もしかしたら迷子かな〜、って……」
女の子は今にも泣き出しそうだ。しまったな、不審者だとでも思われたら私の方こそ泣きそうだ。まずい、どうにかしないと……。
「そっ、そうだ! これ見て!」
そう言って、女の子に向けて両手のひらを差し出す。何も握っていないことを見せてから、私の体の後ろに一瞬だけ隠す。
「せーのっ、じゃん!」
再び見せた手のひらの上には、ピンク色の花々が溢れんばかりに咲き乱れている。それらは夏の日差しを受けて、キラキラと半透明に輝いていた。
「うわぁ、すごい……! どうやったの!?」
それを見て女の子の顔にも驚きと笑顔が浮かんだ。良かった、とりあえず成功だ。
「マミ! あぁ良かった! もう、一人で歩いて行っちゃダメって言ったでしょ!」
「あっ、おかあさん!」
ちょうど母親が見つけてくれたようで、女の子が駆け寄っていく。その背中を見送ってから私も立ち去ることにした。
「おねえちゃん、ありがとね! バイバイ!」
別れ際に手を振ってくれる。実際何もたいしたことはしていないのだけれど。
でも、たとえこんな些細なことでも、今の私は誰かの役に立つことができる。それが私にとっては心から嬉しかった。
「お手柄ですなぁお嬢さん。ですが、あんまり人前で異能は使わねぇ方がいいですぜ」
「うぇっ、うひゃぁっ!?」
浮かれて歩いていると不意に声をかけられ、今度は私の方が驚いて固まってしまった。視線をやり、更に身がすくむ。路地裏の入り口に、背丈が百九十センチを越えようかという筋骨隆々の男の人が立っていた。
おそらく四十代くらいだろうか。綺麗に丸められたスキンヘッドが真夏の太陽の光を反射している。カーキ色のミリタリーベストの上からでもわかるほどに鍛え上げられた筋肉が逞しい。
日本人離れしたその体格は、ハリウッドのアクション映画でマシンガンを乱射していてもおかしくなさそうな雰囲気だ。
「あのっ、えっと、私……!」
「あー、ゴツいのが急に声掛けちゃってすみませんね。驚かせるつもりは無かったんですが」
そう言うと、あたふたする私に向けて胸元から手帳を取り出してみせる。警察手帳にも似たその中には、顔写真と所属する組織名が載せられていた。
「外異駆除研究機構の安達屋です。人違いじゃあないとは思うんですが、お嬢さんが例の、七夜家の……」
そう言って、スマートフォンの画面と私の顔をじっくり見比べる。
「その肩越しまで伸びたサラサラの白髪に、綺麗なピンク色の瞳……っといけねぇや、最近はこういうのもセクハラか」
などと言って申し訳なさげに頭をかく仕草は、なんだか思春期の娘とぎこちなく話すお父さんのようで。見た目のいかつさで人を判断しちゃいけないよね、と自分の態度を改める。
「あの、びっくりしちゃってごめんなさい。そうです、私が今回連絡させていただきました、七夜……七夜真白です」
◯
西暦二千二十六年。
世界に未だ戦争や貧困はあれども、今日も人類はこの惑星の王として繁栄を続けている。
でも、その営みの陰で未知の怪物達が蠢いていることを、ほとんどの人達は全く知らない。
今から六十年ほど前、人類が初めて宇宙に進出した時から現れるようになった血の怪物たち。ここ日本では『外異』なんて呼ばれ方もするけれど。
コミュニケーションは一切不能。無差別に人間を襲うそいつらを、私たちは命をかけて倒さなければいけない。
◯
安達屋さんに案内されるまま歩くと、街中のコインパーキングに見たこともないような大きな車が停めてあった。
「ささ、どうぞ。こいつで我々のアジトまでお連れします」
「あ、ありがとうございます。えっと、凄く立派な車ですね……」
軍隊で使われていてもおかしくないようなオフロード車だ。タイヤだけで私の背の半分くらいはある。こんな大都会よりも、砂埃の舞う荒地を走っている方がよっぽど似合いそうな代物だ。
「少々ゴツイですが、乗り心地は悪くねぇですぜ」
そう言いつつ安達屋さんが助手席のドアを開けてくれる。乗り込むと、確かに車内は広々としていて快適だ。大柄な安達屋さんの体格も、この車の運転席では収まりがよく見える。
「今しがた出会ったばかりの野郎とドライブなんざ、気が乗らねぇかもしれませんが……」
そう言われてハッとする。ああ、そうか。普通の女の子なら、もっと警戒してしかるべき場面なんだ。
「あっ、いえ、私は大丈夫なので! むしろ運転してもらっちゃってすみません!」
言われるがままにホイホイ乗り込んでしまった自分が今更恥ずかしくなる。初対面ながらもこちらを気遣ってくれる優しさに触れて、なんだか自然と心を許してしまっていた。
これで、安達屋さんがそのベストの下に大きなナイフを隠していなかったり、腰のホルスターに拳銃を収めていなかったりしたら、もっと和気あいあいとしたドライブにでもなったのだろうけど。
まあ、私だって決して遊びに来た訳じゃないのだから、残念だけどそこは仕方ないか。




