第34話 真実
「……んぅ……」
目を開けると、どこか全く見覚えのない場所で横になっていた。
穏やかな心持ちだった。自分がどこの誰で、今まで何をしていたのか……
頭がぼうっとしている。とにかく体が軽くて、傷ついていたはずの体も綺麗に治っていた。
「傷……? そうだっ、晴人!」
慌てて起き上がる。今はルルと戦っている最中じゃないか。いつの間に気を失っていたんだ。状況は、晴人は……。
「気がついたか、真白」
探すまでもなく、晴人の姿は目の前にあった。やはり傷一つない身体で元気そうにしている。良かった。その様子を見て、まず安堵が先に来た。
「ここ、どこなの……?」
眼下では白い雲が足早に流れている。空の上だ。普通であれば成すすべもなく地面へと落下していくはずだが、まるで透明な板の上にでも立っているかのように、私達は空中を自在に歩いていた。
頭上には漆黒の宇宙空間。あまりに幻想的な風景に私の小さな脳が混乱している。
もしかして、ここは死後の世界なのではなかろうか。天国なんて信じていなかったけれど、外異みたいな怪物がいるんだし本当にあってもおかしくないのかな。あれ、だとしたら私、ルルに負けて死んじゃったのかな……。
「大丈夫だ、ここは死後の世界でもなんでもない」
そんな私の思考を読むかのように晴人が言った。
「私達、一体どうなっちゃったの?」
「俺達の血と血が触れた時、偶発的にこの空間が生まれたんだ。ここにいる俺達はお互いの思考が形になっているだけで、現実の身体とは関係ない。これは俺達の思考が交差するほんの束の間の出来事で、実際には時間はほとんど流れていないんだ」
「……つまり、私達はルルと戦っている間に一瞬の夢を見ているってこと?」
「うん、そういうことだ」
まるで勉強を教えている子供が自力で問題を解いた時のように、晴人は満足気に微笑んだ。
「でも、どうしてこんなことが……」
それは俺にもわからない、という風に晴人がかぶりを振った。
「そもそも俺やルルは触れ合っただけでお互いの考えが瞬時にわかるんだ。元々は一つの個体だったからな。そのコミュニケーション能力に、真白が持っている血が反応した結果としてこの空間が生まれたのかも……」
「ちょっと待って、ちょっと待って」
一旦両手を前に突き出すようにして晴人の話を遮る。
「ルルと一つだったってことは、あれだよね? やっぱり晴人は人間じゃない……んだよね?」
核心をつくような質問だった。晴人は少し間を置いた後、静かに語りだした。
「そう、俺は人間じゃない。こうなったからにはちゃんと全てを話すよ。俺とルルがこの星に来てからの全てを」
涼しいそよ風が吹いたかと思うと、周囲の風景が目まぐるしく変わり始めた。気がつくと、星々が煌めく宇宙空間の真っ只中に私はいた。
「簡単に言えば、俺達は血液なんだ。この果てしなく広大な宇宙空間を、大切なものを探してずっと彷徨い続けている存在がいる。その血液が銀河中に飛び散ったものこそが俺達の正体なんだ」
「血液……」
なんとも壮大な話だなと思った。血液は宇宙人に含まれるのだろうか。そんなどうでもいい感想が真っ先に浮かんできた。
「呼称がある方がいいなら、俺達のことは『イコル』と呼んでくれ。人間が作り出した宗教の中で血液を指す言葉だ」
「……晴人たちは、なんでこの地球に?」
「俺達は途方もなく長い時間をかけて銀河を旅してきた。今も宇宙を彷徨う本体にとって有益なものを探しだして、持ち帰るために」
私たちの目の前を小さな隕石が通り過ぎていった。そこにわずかばかりの血液が付着しているのがわかる。これは晴人が経験してきた過去の映像なのだと、感覚的に理解できた。
「そしてこの地球を見つけた。銀河は広いが、生物や文明が残っている星は多くない。気が遠くなるほどの年月を彷徨っても何一つ見つけられない仲間も多いから、俺達は運が良かったんだ」
足元に青い惑星が迫ってくる。地球だ。そこに隕石が落ちていく様子が鮮明に映し出される。地上に落下した隕石に付着していた血液……イコルは、いくつもの個体に分かれて散らばっていった。それらが動物や人間の体を乗っ取り、自我を奪い、社会に溶け込んでいく様を私は見た。
歴史の勉強で学んだような石造りの古い建造物が建っている。今から言えばきっと数千年前の文明だ。そんな昔から晴人はこの星に来ていたのか。
「ここから先は、目を逸らしたくなるような光景になるかもしれないが……」
晴人が小さな声で呟くと、映像の中で、イコルに寄生された人間が周囲の人々を躊躇無く殺害し始めた。
「ひどい……」
耐えきれず、口元を手で覆う。都市には多くの血が流れ、死体の山が積み重なっていく。
「人類からは何も学ぶべきことがない、というのが結論だった。だからもう必要ない。それが俺達全体の総意だった」
「だからって、殺すなんて……!」
「命の価値なんか全く気にしていなかったさ」
晴人は自嘲ぎみに言うと、俯くように目を逸らした。
「俺もそうだ。大勢殺した。軽蔑してくれて構わない」
違う、晴人はそんな人じゃない。そう言いたかった。でも、今私が見ている風景は全て実際に起ったことで、何より晴人本人がそう認めているのだ。人殺し。一度その言葉が頭によぎった途端に、晴人を見る目がどうしても変わってしまった。そんな自分のこともショックだった。
やがて、過去の映像の中にとある男の子と女の子が現れた。その子達の顔を見て、私は思わず声を上げた。
「晴人……? それに、私!?」
兄妹なのだろうか。男の子が女の子の手を引いて必死に逃げている。しかし逃走も虚しく、男の子はやがてイコルに寄生された人間に殺されてしまった。少しして、女の子も息絶えているのが確認できた。その後に、兄妹の身体へと二体のイコルが乗り移るのが見えた。
「そう、今乗り移ったのが俺だ。今から数えればもう三千年ほど昔になるが……この身体は、あの時の男の子のものなんだ」
「っていうことは、晴人って……」
「人間の歳の数え方では、ざっと三千歳ってことになるのかな。俺達は永遠に肉体が朽ちないように保てるから。まぁ、現代の日本にいてもおかしくない程度に外見は調整しているけど」
そう言うと、晴人は自分の顔のパーツをまるで粘土でもこねるかのように自由にいじくり回してみせた。率直に言うと気持ちが悪い。晴人が人間じゃないんだという事実をようやくハッキリ飲み込めたような気がした。
「じゃ、じゃあ、もしかして私も……」
「いや、真白はちゃんとご両親から生まれた人間だよ。あの時の女の子とは違う」
ホッと胸を撫で下ろす。実は私も三千年生きてるなんて言われたらどうしようかと思った。
「あの女の子に乗り移ったのがルルだ。ルルはその身体の中で眠りながら女の子を保護し続けた。やがて産まれた子孫たちが長い時の中で日本へと渡り、七夜家ができあがり、真白の先祖、そして両親へと繋がった」
「なんとなくわかってきたような……でも、どうしてルルと私の顔が同じなのかな?」
「それは俺にもわからない。もしかしたら、ご両親が真白にルルを受け継がせないようにしたことが何か関係しているのかもしれない」
確かにお父さんとお母さんは、私を七夜家の血から解放するために色んな実験をしたと手紙に残していた。というか、晴人はそのことも知っていたんだな。
過去の映像が進むと、異能による激しい戦いが起こっているのが見える。晴人とルルが手を組んで他のイコル達を倒しているようだ。
「やがて、俺は考えを改めた。人間は絶滅させるべきじゃないと思ったんだ。だから、他のイコル達を従わせるために戦った」
「話し合うことはできなかったの?」
「一度決まった総意が覆ることはありえない。ルルだけは俺についてきたけど、他の奴らは力づくで言うことを聞かせるしかなかった。人間が宇宙に進出するまでは決して手出しするなと」
壮絶な戦いが終わると、晴人はルルを……ルルが寄生した女の子を背負って歩き始めた。
「そして俺は旅を始めた。人間の生態について、時間をかけて理解しようと考えたんだ。ただ一つ誤算だったのが外異だ」




