第35話 他愛もないことから
外異……そういえば、あれらはどこから来たのだろう。
「俺たちイコルの血は自然に消滅することがない。僅かでも土壌に染み込んだものが河川や雨から拡散して、動物や昆虫と混ざりあって人を襲うようになった。人間だけでは外異に対抗できない。俺は世界中を巡りながら、各地で外異を倒し続けた」
あらゆる時代、あらゆる土地で晴人が外異と戦ってきた記憶が、映像と共に実感を伴って私の中に流れ込んできた。
晴人はずっと人間を守るために戦い続けてきたんだ。途方もない時間を、たった一人ぼっちで。
「だが、年月を経るに連れて俺の力も徐々に弱まってしまった。そしてついに人類が宇宙へと進出してからは、眠っていた他のイコルたちが目覚めたことで外異の数も爆発的に増加したんだ。それが今、俺が人間と協力して外異と戦っている理由だ」
映像が途切れ、足元には再び白い雲が流れ始める。
「隠していてすまなかった。外異の出現は、全て俺達イコルに原因があるんだ。ルルのことも、俺の判断が招いた結果だ。だから俺が決着をつけなければならないんだ」
長い物語を語り終えて、晴人は大きく息を吐いた。
もしかしたら、晴人はこの三千年間誰にも素性を明かしてこなかったのかもしれない。だとしたらそれは、どんなに寂しい旅路だったのだろう。想像もできない時間の長さに、心が締め付けられるようだった。
「……ねぇ、晴人はさ、どうして人間を守り続けてきたの?」
私が質問すると、晴人は少し考えてから言った。
「それは今言った通り、全ての原因が俺にあるからだ。俺達がこの星に来なければ外異も現れなかった。だから……」
「晴人はさ、人間のことが好きなんじゃないの?」
「好き?」
「自分で気づいてるかわからないけど……料理を作ったり、人間の文化に触れてる時の晴人ってすごく楽しそうにしてるよ。晴人はずっと人間のことを見てきて、その営みが好きになったんじゃないの? だから、ずっと皆を守るために戦ってきたんじゃないの?」
「俺は……」
晴人は立ち尽くしたまま戸惑っている。そんな姿を見ていたら、言ってやりたかった言葉がメラメラと胸の内から湧き上がってきた。
「ねぇ、ずっと言いたかったこと言ってもいい? っていうか、言うよ! 言うからね! ちゃんとそこで聞いててよね!」
相手の返事を待つこともせず、目をつぶって胸いっぱいに大きく息を吸い込んだ。
「このバカ~~~~っっ!!!!!!!!」
私達二人しかいないこの不思議な空間に、割れんばかりの大声が響き渡った。生まれてこの方こんな大きな声は出したことがなかったし、出せるとも思っていなかった。
たった一言発しただけで喉がヒリヒリする。心臓がドキドキする。晴人は目を見開いて固まっている。勢いのまま、言いたいことが次から次へ頭の中に浮かんでくる。
「バカだよ晴人は! 大バカ! なんで一人で行っちゃうの! 晴人はいっつもそう! なんで自分一人で全部決めちゃうの! もっと皆に話してよ、勝手に置いていったりしないでよ!!」
まくし立てながら、何故か私のほうが泣きそうになってきた。目頭が熱くなっているのを自覚しながら、言いたいことをがむしゃらにぶつけていく。
「辛い時は誰かに頼っていいんだって、風兎香さん言ってたじゃん! もっと皆のこと頼ってよ! 皆のこと信じてよ! 私達、仲間でしょ! 困った時は助け合える、仲間でしょ!!」
動悸が激しい。戦いと同じくらいの疲れが押し寄せてくる。他者とまっすぐ向き合うというのはそれほど大変なことなのだ。でも、私は晴人に本心を語ってほしかった。そのためには、こっちも自分の思いを素直にぶつけることしか思いつかなかった。
「……怖かったんだ」
やがて、晴人は静かに語り始めた。
「確かにそうだよ。俺は、人間を知るにつれてその営みが好きになった。人間のことを守りたいと願うようになった。でも、そう思うほどに、消せない事実が重く感じられるようになった」
そう話す表情は暗い。まるで遠い過去の後悔を見つめるかのように。
「俺はあの日、大勢の人を殺した。この体の持ち主だった兄妹のことも殺した。外異だって俺が生み出したようなものだ。だから、人間達に混ざって幸せになるなんて、自分には決して許されないことだと思うようになった」
「そんなこと……」
「それに、真白や安立屋さん、風兎香さんまでこの戦いに巻き込んで死なせてしまったら……俺はきっと耐えられない。俺はそれが怖いんだ……」
晴人にも、いや、きっと誰にだって臆病な心があるのだ。それが偽りのない本心だというなら、私がかけてあげるべき言葉は……。
「ねぇ、晴人はどうして外研に入ったの?」
「……最初は単に、人類がどれだけ外異に対抗できているのか確認するのが目的だった。でも……外研は本当に温かい居場所だった」
俯いていた晴人が少し顔を上げた。
「俺も後から知ったことだけど、安立屋さんは妻と娘を亡くしていた。風兎香さんは子供の頃に両親を……それでも互いに支え合って、強く生きていこうという意思が外研にはあった。二人の優しさにはどれだけ救われてきたかわからない」
そうだったんだ、二人とも。辛そうな表情なんて私の前では一切出さなかったのに。
「そんな二人が、さっきの話を聞いても全部晴人のせいだなんて言うと思うの?」
「それは……言わないと思う……」
「そうでしょ? それに、私達しつこいからね! 晴人がたとえどこに行ったって、世界中探し出して見つけるから!」
そう言って笑いかけてみせる。確かに、晴人は遠い昔に大勢の人を殺したのかもしれない。でも、今はこうして人々を守るために戦い続けている。それなら私も、その隣に並んで立っていたい。ちょっと真面目すぎる晴人のことを、仲間としてずっと支えてあげたいんだ。
「ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ、どうして雨後晴人って名乗ってるの?」
「え?」
「イコルには名前なんて無いんでしょ? なんで自分でそんな名前にしたのかなって」
「そんなこと、今聞くか?」
「そんな他愛もないことから教えてよ。晴人が何を考えて、何を思って生きてるのか、一つ一つ聞いていきたいんだ。私まだ、晴人のこと全然知らないんだからね」
「……昔出会った人が言っていたんだ。どんなに辛いことがあっても、明日は今日よりきっと良くなるって。なんて素敵な考え方だろうと思った。日本ではそれを雨のち晴れって言うだろ? だから、この世界がそうなるように願いを込めて名前にしたんだ」
「そっか。だったら、その言葉を本当にしてやろうよ」
「え……?」
戸惑っている晴人にずいっと近寄って語りかける。
「今ルルが降らしている大雨もさ、私達二人で力を合わせて晴らしてやろうよ! 絶対に誰も死なせない。私達なら、きっとできるよ!」
晴人に向かって手を差し出した。不思議な感覚だ。言いたいことを全部言ってやったら、不安なんてどこかに飛んでいってしまった。
今ならルルにだって負けやしない。そんな確信が満ち溢れてくるようだった。
「……真白、君に出会うことができて、本当に良かった……」
晴人が微笑みながら手を差し出した。私達の手と手が触れ合うと、この空間に来た時と同じように眩しい閃光が辺りを満たしていった。




