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第32話 行ってきます


「……というわけだ南川。俺達がちょっくらあの化け物を大人しくさせてくる間、フォローを頼みてぇんだな」


 そして現在、私達は話し合った作戦を実行するために、ルルがいるであろう嵐の中心地へと向かっている。

 

 こちらの意図を通信越しに伝えると、南川さんは嫌そうな声を漏らした。


「こっちは手が足りねぇんだよ。ちょっと目を離した隙に外異どもがうじゃうじゃ沸いてきやがる。お前らのワガママを聞く余裕は……」


「頼む」


 安達屋さんが再度念押しするように言った。


「俺はできねぇと思ったやつには仕事は回さねぇ」


 その言葉に、南川さんは少し黙ってから口を開いた。


「……もうそんな安いおだてに乗るほど若くねぇんだよ、俺は」


「そうだな、いつの間にかくたびれたオッサンになっちまってたな、俺達は」


 安達屋さんがハンドルを切りながら言った。その目はどこか遠いところを見つめているようにも見える。


「だからこそ、まぶしいガキどもの言うことは全部叶えてやりてぇじゃねぇか」


「……フン、心まで歳食ったな、安達屋」


 少し間を置いたあと、南川さんが言った。


「終わったらガキども全員連れて侘び入れに来いよ」


「ああ、恩に着る」


 そこで通信が切られ、車内に静寂が戻った。


「南川さんって、やっぱりいい人ですよね」


「態度はクソほど悪いけどな」


 そう言いながらも、安達屋さんはどこか嬉しそうだった。


「あだっちー、前! 前!」


 後部座席から風兎香さんが叫んだ。見ると、車の進行方向である路上に外異が何体か固まっている。


「そう簡単にはいかねぇってか!」


 間が悪いことだ。一刻も早くルルの下へ行きたいところだが、見過ごす訳にもいかない。


「私が出ます!」


「いや、嬢ちゃんはこれからやることがあんだろ! 少しでも力温存しとけ!」


 安達屋さんはそう言うと、片手でハンドルを操りつつ、もう片方の手でホルスターから増血剤を取り出して自分に打ち込んだ。


「ちょっくら本気出してやるぜ」


 安達屋さんの目に緑色の輝きが灯り、同じく緑色に輝く巨腕が車の左右に対となって現れた。


「こちとら急いでんだ! 大人しく道を開けやがれ!」


 踏み込まれるアクセルと共に急加速していく。軍用車と見間違えそうな車体よりも更に巨大な腕が振りかぶられ、ありったけの勢いを乗せて外異を殴りつけた。


「うわっ、凄い威力……」


 思わず声が漏れてしまう。至極単純な打撃が、相手の体を跡形もなく消し飛ばしてしまった。


「オラオラ! どんどん行くぜ!」


 器用にハンドルを捌きながら、残った外異たちにも豪快な一撃を喰らわせていく。確かにこの戦い方なら、車を運転したまま車外の敵を殲滅できる。安達屋さんらしい戦法だ。


「……よし、粗方片付いたな。後始末は他の連中に任せよう」


 視界に捉えられる全ての外異を殲滅し、安達屋さんが息を吐いた。


「いや〜、久々に生であだっちーのカッコいいとこ見ちゃったな〜」


 風兎香さんがヒューヒューと口笛を吹く。私も思わず拍手していた。安達屋さんは満更でもなさそうに笑ったあと、きつく顔を引き締めた。


「さぁ、飛ばしていくぞ。一刻も早くこの嵐を止めるんだ」


 私を送り届けるためにたくさんの人が協力してくれている。今度は私が、自分の務めを果たす番だ。



 ◯



「この辺りでいいんだな、風兎香」


「うん。嵐はこのあたりを中心に形成されてる。衛星写真で見ても、この上空にルルがいるのは間違いないよ」


 風兎香さんがタブレットの画面を確認しながら言う。一人で車から降りると、激しい雨と風が私の顔を打ちつけた。

 通常であれば、嵐の中心には比較的気候の落ち着いた空間が広がっているはずだ。しかしルルが作り出したこの異常気象には自然の法則は通用しないらしい。


「すぐにやりましょう。安達屋さん、お願いします」


「おうよ……こんなことすんのは流石に初めてだけどな」


 安達屋さんが運転席に座ったままもう一度増血剤を打つと、溢れ出た血が緑色の巨腕となって車の側面に浮かび上がる。そっと地面まで降りてきたその掌の上に登ると、太い指が私のことをしっかりと包みこんだ。


「あだっちー、ましろんのこと握り潰したりしないでよ?」


「ちょ、ちょっと黙っててくれ。そんなに繊細なコントロールができる異能じゃねぇんだよ」


「安達屋さん、私は大丈夫ですから! 手加減しないでもう思いっきり投げちゃってください! 思いっきり!」


 地上から雲まで放り投げようというのだ。そんなに重い体をしているつもりもないが、本気でやらねば届かないだろう。


「わかった、ここまで来たら全力でやってやる! 振り落とされんなよ嬢ちゃん!」


「ましろん」


 車の中から風兎香さんが声をかけてくる。


「もう止めないよ。その代わり、晴ちんに会ったら言いたいこと全部言ってやるんだよ。約束だからね」


「……はい!」


「よし、やるぞ!!」


 掛け声とともに安達屋さんが思いっきりアクセルを踏み込んだ。エンジンが豪快な唸り声を上げ、爆発的な加速と共に風が私の全身を包み込む。


「風兎香、タイミング指示してくれ!」


「まだ先! もっともっと加速して! もう少し……よし、今!!」


 車のスピードを存分に乗せ、安立屋さんの巨腕が思いっきり勢いをつけて私を上空へと放り投げた。


「行ってこぉぉい!!!」


「行ってきまぁぁす!!!」


 途端、物凄い圧力が私の体を押し潰そうと容赦なく襲いかかる。血を起こして身体を強化していなければ、気圧の変化だけでやられてしまいかねない。歯を食いしばって意識を強く保つ。夜空にかかる雲が、徐々に近づいてくるのが見える。後もう少しだ。大丈夫、きっと届く。



◯



 雲の底に体が触れる頃には、徐々に上昇する勢いが弱まってきていた。体を覆う風圧に負けじと自身の中の血に意識を向ける。


「『小さな箱庭(リトルガーデン)』! 育って、潤化花《アジサイ》!」


 私の身体から分かたれた血がピンク色の蔓となって現れる。それはイメージ通りに雲の中の水分を吸って急速に成長し、天に向かってぐんぐんと成長し始めた。視界もハッキリしない中でそれを掴み、必死に晴人とルルの姿を探す。


 風兎香さんの情報では、確かにこの辺りにいるはずなのだ。慌てるな、私。気持ちを落ち着けることに集中して、ゆっくりと冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。



 不意に、雲上の世界が開けた。


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