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第31話 小さな花の大作戦


 ただでさえ交通量が少ない深夜の国道が普段に輪をかけて静まり返っているのは、突然の嵐に伴う避難警報に従っている人が多いからだろう。

 かなり速度を飛ばしてきたこともあり、時間をかけずにルルの嵐に追いつくことができた。


 絶えず降り続ける雨の中に他の車のブレーキランプを見つけることもあるが、そのほとんどが私達の同業者だった。一般の人達が外異に襲われたりしないように、ありったけの人員を投入して見回りが行われているのだ。


「こちら外異駆除研究機構の安達屋。南川、聞こえるか」


 安達屋さんが通信で呼びかけると、カーステレオから南川さんの声が流れてくる。


『ったく、ようやく戻ってきやがったかてめぇら。本部から持ち場は指示されてんだろ? 今はそれに従って外異を……』


「あー、それなんだがな」


 安達屋さんが一つ咳払いをした。


「俺達は持ち場を離れてこの嵐の中心まで突っ込む。だから南川、お前らに俺達の持ち場まで守ってもらいてぇんだが」


「あぁ? なんだって?」


 南川さんの不満そうな声が響く。通信越しでもそのしかめっ面がありありと想像できた。

 その反応も当然だと思うし、申し訳ないとも思う。だけど、どうしても頼みたいのだ。私達が立てた作戦を実行するために。



 〇



 話は少し前に遡る。三人揃って出動した私達は、車の中でルルを止める方法を模索していた。


「嵐は依然として勢力を保ったままゆっくりと移動中。その中心に見える黒い大きな影、これがましろんの言うルルで間違いないだろうね」


 風兎香さんは広々とした後部座席に何台ものノートパソコンや各種ガジェットを広げて情報を集めていた。

 助手席に座る私に手渡してくれたタブレットの画面には、リアルタイムで更新される衛星写真が表示されている。地上からは雲に覆われて見えなくとも、宇宙から見える風景にはハッキリと巨大な鯨のような影が映っていた。


「はい、これがルルで間違いないと思います。晴人は……」


 画像を限界まで拡大しても晴人らしき姿は確認できない。いくら衛星写真といえども、人間まで映せるほど鮮明なものではないのだろう。


 晴人は無事なのだろうか。私の家で最後に姿を見てからもう数時間が経つ。最悪の想像が頭をよぎり、身がすくみそうになる。


「大丈夫、晴ちんは簡単にやられたりしないよ」


 私の心情を察して風兎香さんが声をかけてくれる。


「しかしよ、意気込んで繰り出してきたのはいいが、どうやってそのルルとやらを止めりゃいいんだ?」


「この状況が一向に収まらないのを見ると、本部にも打開策は無いのかもしれないね〜……」


 こうして手をこまねいている間にも外異は出現し続けている。何か対抗できる手段があるのなら、今すぐにでも実行されていることだろう。


「まずいな。いよいよ収拾つかないとなりゃ、政府だって何するかわかんねぇぞ」


「もしかしたら、ルルに向かってミサイルを撃ち込んだりも……」


「いやいや、それじゃ地上にどんな被害が出るかわからないって〜……」


 私の発言に風兎香さんがまさかという声を出した。


「……いや、有り得るぞ。このままじゃ外異の存在を一般社会に隠し通せなくなる。そうしたら世界中がパニックを起こしてどうなるかもわからねぇんだ」


「そんな……」


「まぁ、外異の親玉がミサイル如きであっさりくたばってくれんならの話だがな」


 確かにそこも問題なのだ。正直なところ、ルルが単純な爆撃で倒れてくれる相手だとは思えない。外異に対抗できるのは、やはり血の力だけなのではないか。


「やっぱりルルを止めるためにも、もう一度晴人に会うしかないと思うんです。晴人はルルのことを良く知っていました。倒し方がわかるとすれば、晴人だけです」


「それはそうだけどよ、問題はその方法だよな。アイツ、空を飛ぶ異能を使って一人でルルを追って行っちまったんだろ?」


「この嵐じゃ、ヘリも飛ばせないしね〜……」


 風兎香さんがお手上げだという声を出す。私は意を決して、頭の中にある考えを伝えることにした。


「安達屋さん、私をルルが作った雲のところまで放り投げて貰えませんか?」


「はぁ!?」


 ハンドルを握ったまま安達屋さんが私の顔をまじまじと見た。私は本気ですよ、という気持ちを表情に込めるつもりでむっと見つめ返す。


「安達屋さんが異能で作る大きな腕、あの力なら私一人くらいあの雲の底まで放り投げられるんじゃないですか?」


「ましろん何言ってるの!? 危ないよそんなの!」


 風兎香さんが声を上げた。安立屋さんは困惑している。


「いや、流石にあの雲までとなると……どうなんだ、風兎香?」


「……確かに、この雨を降らせてる雲は自然のものとは違う。雨だって水より血に近いしね。通常の積乱雲よりも地上に近い位置で作られているから、あだっちーの『流星砕き(ギガントアーム)』なら届くかもだけど……」


 風兎香さんは思案しながらも続ける。


「でも、底まで届いたってどうしようもないよ。この雲は推定だけど一万メートルくらいの高さがある。そんなの、投げた勢いだけで抜けられるわけがない」


「アサガオって、凄いんです!!」


 やけに力の入った私の言葉に、二人が困惑の表情を浮かべる。勢いが先行しすぎてる。

 違う、もっと順序立てて話さないと。自分の頭の中の考えを発表するのって、中々難しいものだな。


「えっと、家の庭でアサガオも育ててたんですけど……ちょっと水を吸うだけでぐんぐん伸びていくんです。その性質を私の『小さな箱庭(リトルガーデン)』で再現できれば……雲の中の水分を吸って、上空まで伸びていけるかも」


 二人は私の立てた作戦を頭の中で検討している。良かった、実現できる可能性はありそうで。バカなことを言ってしまったらどうしようかと思った。


「……つまり、『ジャックと豆の木』みてぇなことがしたいってか?」


 安立屋さんが眉間にシワを作りながら口を開いた。


「あっ、それ! まさにそれです!」


「つったって、空が飛べないんじゃ、雲の上に出ても後は落ちてくるしかねぇじゃねぇか」


「平気ですよ、晴人と合流さえできれば空中でも自由が利くし。それに、花と蔓を組み合わせれば即席でパラシュートくらい作れますし」


「でも、もし晴ちんがいなかったら……」


 風兎香さんは心配そうな表情で私の顔を覗き込む。


「さっき晴人はそう簡単にやられないって、風兎香さんが言ったんじゃないですか。だから大丈夫です」


「でもでも……」


 尚も私を止めたそうにしている風兎香さんを、安達屋さんの一言が制した。


「……わかった。俺は嬢ちゃんの提案に乗る」


「ちょっと、あだっちー!」


「どの道これ以上静観してるわけにはいかねぇ。この事態を解決できる可能性が最も高いのが晴人と嬢ちゃんである以上、今は俺達外研が誰よりも率先して動かなきゃならねぇ時だ。そうだろ?」


 安立屋さんの語り口には年長者の落ち着きがあった。それを聞いて、風兎香さんも引き下がったようだった。


「ただし嬢ちゃん、これだけは忘れんなよ」


 安達家さんがもう一度私の目を見つめて言った。


「嬢ちゃんの帰る場所はここなんだ。俺達は何があっても絶対に待ってる。だから絶対に戻ってこい」


「……はい」


「ましろん、絶対無茶はしないでね。こうなったのはましろんのせいじゃないんだから、自分のことを大切にしてね?」


 どうしても心配そうな風兎香さんにもちゃんと向き合って声をかける。


「大丈夫です、風兎香さん。私、自分のことを粗末に扱ったりしません。両親に私がどれだけ大切に思われて生まれてきたのか、もうわかりましたから」

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