第30話 再起は山盛りご飯と共に
「おうおう、こんなザコに手間取ってんのか安達屋? 本部を離れて相当腕がなまったみてぇだなぁ?」
「南川……なぁ、本部の情報をこっちに流してくれねぇか? 一体何がどうなってんだかわかりゃしねぇ」
「あぁ? てめぇには教えてやらねぇ……と言いたい所だが、あいにく本部も大混乱中だ。急にあんなデカブツが雲の上に現れた上に、外異どもが大量発生してやがる」
「あの、私、アレがなんだか知ってます。うまく説明できるかわかりませんけど……」
二人の話に割り込むと、南川さんがまじまじとこちらを見た。
「つくづくてめぇは事件の中心にいるな、七夜のガキ。聞かせてみろ」
私は話した。ルルのことや、それを追って消えた晴人のこと。そうだ、一人で抱え込んでいても事態は好転しないんだ。
辛い時は、誰かに助けを求めていい。前に風兎香さんに言われた言葉を思い出した。
「……つまり、七夜家の血の中にいた化け物が空の上でこの嵐を生み出してるってのか」
「はい、信じてもらえないかもしれませんが……」
「何言ってんだガキ。俺達は普段から普通じゃありえねぇ化け物共と戦ってんだ。何が起きたって信じるに決まってんだろ」
そうは言いつつも、南川さんはしかめっ面をした。
「ボスキャラ登場って感じっスか……そんな奴、どうやって倒せばいいんスかねぇ」
「ふむ……流石の私達にも無理難題といった所ですね」
折原さんと蓮実さんも難しい顔をしている。やはり、状況はかなり厳しい。
「とにかく今、所属を問わず全国から動ける奴らが集まってきてる。まずはこの嵐から外異を出さねぇように動くしかねぇ」
そう言うと、南川さんは私と安達屋さんを一瞥した。
「てめぇらは一旦戻れ。本部から追って指示が出るはずだ」
「ダメです! あの怪物の……ルルの狙いは私なんです。私が行かなきゃ……」
「だからって、そんなボロボロの体で何ができんだっての。ひでぇツラしてるぞ、てめぇ」
そう言われて、改めて自分の体を確かめる。負った傷こそ綺麗に治っているが、服はあちこち破れてみっともない。きっと、疲れも表情に出ていたのだろう。確かに、こんな状態でルルの前に立っても、また一方的にやられるだけかもしれない。
「おい、安達屋」
南川さんが安達屋さんに声をかける。
「こいつは今回の件の重要参考人なんだ。死なせたりしたら承知しねぇぞ」
「当たり前だ」
安達屋さんは低い声でキッパリと答えた。
「俺の命に代えても絶対に守る」
南川さんはフン、と鼻を鳴らすと、私達に背を向けて歩き出した。
「ま、ガキはおうちに帰ってろってこった」
「七夜サン、どうか気をつけて。まだまだ一緒に語りたいことがいっぱいあるんスからね」
折原さんが私の手を握って言った。それだけで雨に濡れた体が温まったような気がした。
「はい、折原さんも……絶対またご飯食べに行きましょうね」
「もちろんっス!」
最後に笑顔を見せると、折原さんと蓮実さんも歩き出した。
「ていうか南川サン! アタシもガキなんで、このまま家に帰っていいっスか!」
「あぁ? てめぇはもうハタチ越えてんだろが。ぶっ倒れるまで働きやがれ」
「ひどい〜! ブラック過ぎるっスよ〜!」
「諦めなさい折原さん。さぁ行きますよ! 疾風迅雷のように!」
「蓮実サンはそれしか語彙ないんスか!?」
「……疾風怒涛のように!」
去っていく三人を見送ってから、安達屋さんが口を開いた。
「さぁ、一旦戻るぜ嬢ちゃん。仕切り直しだ」
「……はい」
戦っているのは私だけじゃない。南川さん達以外にも大勢の人が外異を押し留めてくれている。
もう一度考えなくては。私に何ができるのか。私がしなければいけないことは何なのか。
◯
嵐を抜けて寮まで戻ると、玄関先で風兎香さんが私たちのことを待っていてくれた。
「ましろん!」
車から降りた私達へと駆け寄り、ふかふかのタオルを差し出してくれる。
「もう~、びしょびしょじゃん……はい、あだっちーも」
「おう、すまねぇな風兎香」
「ましろんは拭いてあげるから、ほら、こっち来て」
そう言って、優しく私の髪や体にタオルをあててくれる。その手つきが、今まで我慢してきた何かまで拭い去るようで、気がついたら声が漏れていた。
「う、うぅ……」
「う?」
どうしたの、という表情で風兎香さんが私を見つめる。
「うぅ~……! 晴人が……晴人がぁ~!!」
自分の内側から、大きな声と共に自然と涙が溢れてきた。
こんな風に泣きじゃくるなんて子供っぽいと自分でも思いつつも、一度せきをきったら止まらなかった。風兎香さんは自分の服が濡れるのも構わず、私の身体を抱き寄せて言った。
「よしよし……とりあえず中に入ろうね」
「はい……」
ここに帰ってきたら安心したのかもしれない。私の生家はもう跡形もなく崩れてしまった。戻る場所があるというのは幸せなことだと、改めて思った。
〇
「なるほどね~……あの嵐の化物はましろんの血と関係があって、そいつが外異の親玉みたいな存在かも知れないってことか……」
「はい……私にもまだわからないことが多いんですけど……」
ラウンジに入り、改めて現状を整理する。
テレビでは何の前触れもなく発生した嵐に対する避難警報が盛んに報道されている。皆さん落ち着いて、自宅や避難所から絶対に外に出ないでください。
実際の雨風よりもかなり過剰に伝えられているのは、少しでも外異を目にする人たちを減らすためだろう。
こんなに事が大きくなってしまっては、どこまで隠蔽できるかはわからないけれど。だからこそ本部の人たちは今この瞬間も必死に動き続けているはずだ。
「晴ちんは、そのルルって存在のことを前から知ってたんだよね」
「はい。ずっと前から因縁があるみたいでした」
風兎香さんがパソコンの前で深く考え込む。代わりに、安立屋さんが口を開いた。
「それで、晴人はそいつを止めるために一人で戦いに行ったんだな」
「はい……ルルから私のことを庇ってくれているようでした」
「それで、最後に俺達にありがとうと伝えてくれって、晴人はそう言ったんだな」
安立屋さんが自身の掌に拳を強く打ち付けた。
「あの野郎……」
「私、ルルと戦いました。でも全く敵わなくて……これまでの外異とは全く違う、人間を超えた神様みたいな存在でした」
私と同じ顔の少女の姿をしていた時ですら、その力は圧倒的なものだった。ルルが本気で人類に敵対したら、どれ程の被害が出るか想像もつかない。
「もしかしたら、皆が束になっても勝てないかもしれない……そうしたら、大勢の人が犠牲に……」
「ましろん、それ以上考えるのは一旦後回しにしよ!」
私の話を遮って風兎香さんが言った。
「まずは体温めて着替えてきな。そんなボロボロの格好だと、可愛いのが台無しだよ、ね?」
〇
手早くシャワーを浴びて着替えを済ませ、一度自分の部屋へと戻った。時刻は深夜三時をまわったところだ。ルルの嵐から離れているこの地域は静寂に包まれている。
ふと、窓際に置いてある猫のぬいぐるみが目に入った。以前皆でゲームセンターに行った際に、晴人が取ってくれたものだ。
「これ、嬉しかったなぁ……」
短い間だったけど、色んな人と出会い、今までしたことのない体験をしてきた。どれもこれも、ずっと家に閉じこもっていたままだったら叶わなかったことだろう。
ぬいぐるみを抱きかかえてみる。こうやって人からの贈り物を飾ることも初めてだった。これは晴人が私に贈ってくれたもので、晴人は確かに私達と一緒にいたのだ。
『真白、ここからは俺一人でやる』
ルルと相対した際の晴人の言葉が脳裏に蘇ってきた。そうしたらなぜだか急に、私の内側からよくわからない感情が一気に噴き出してきた。
「一人でやるなんて……そんなの、そんなの……」
気がついたら私はぬいぐるみを置き、早足で皆が待つラウンジに向かっていた。
〇
「おっ、ましろん、着替え終わった? どうかな? 少しは落ち着い……」
ラウンジに入ると、室内をズカズカと横切って一目散にキッチンを目指す。
冷蔵庫を開けると、中には思った通り晴人がいつも作り置きしているデザートが入っていた。それらを片っ端から取り出し、ひたすらにテーブルの上に並べていく。他にも夕飯の残りやそのまま食べられそうな食材など、とにかく片っ端から出していく。
「ちょっとちょっとましろん、一体どうしちゃったの……」
「いただきます!!」
風兎香さんの声も耳に入らないくらいの勢いで、ひたすらに料理を頬張っていく。美味しい。やっぱり晴人の腕は一流だ。こんなものを普段から作るなんて、かなりの手間だっただろう。それでもやってくれていたんだ。それなのに、それなのに。
「ごちそうさまでした!!」
全て綺麗に平らげて顔を上げると、風兎香さんと安立屋さんが唖然とした表情で私を見ていた。我に返ってその視線を意識してから、改めて宣言する。
「晴人は! いつも説明が足りないと思う!」
今までに出したことがないような張りのある声が出た。
「全部わかったような顔して何も言わないし! 大事なこと一人で決めちゃうし!」
感情のままに話しても、まだ胸の中のモヤモヤは消えない。そんな私を見て風兎香さんがおずおずと口を開いた。
「あ~……もしかしてましろん、怒ってる?」
「怒ってる……? 私が……?」
そうか。風兎香さんに言われて初めて気がついた。私、晴人に怒ってるんだ。
もちろん、晴人が今もルルと戦っているのは私を守るためでもある。あの時晴人が助けに来てくれなければ、私は今頃とっくに死んでいたに違いない。それは理解しているし、深く感謝しなければいけないことだろう。
それでも、一方的に別れの言葉を告げて去っていった晴人の顔を思い出すと、どうしようもなく感情が沸き立ってしまうのだ。
全部一人で決めるな。一人で行くなんておかしいよ。私は晴人のこと、仲間だって思ってたのに。
「私、晴人ともう一度話がしたいです。このままお別れだなんて絶対に嫌です」
私がそう言うと、安立屋さんがにんまりと笑った。
「奇遇だな、嬢ちゃん。俺もちょうどそう思ってたとこなんだよ」
頼もしい大きな体を思い切り伸ばすと、意気揚々と出撃の準備を始める。
「俺の愛車が最高に輝く日が来たな! 地の果てまでだって追いかけてやるぜ」
「嵐はずっと西側に進み続けてるけど、せいぜい時速十キロくらいだね~。まだまだ全然追いつけるよ」
そう言いながら、風兎香さんも外に出る支度を整え始めた。
「おい、風兎香……」
「今回は私も行く! 譲らないからね」
何か言いたげな安立屋さんを風兎香さんが制する。
「私だって戦えるんだから。サポートはタブレットとノートパソコンでもできるし……何より、仲間外れはなし。でしょ?」
その言葉に、安立屋さんも渋々納得したような表情を見せた。
「わかったよ。ウチは四人そろっての外研だからな」
「さ、ましろん。行こ!」
風兎香さんがこちらに手を伸ばす。その手を握り返して私も立ち上がった。
「皆さん……ありがとうございます!」
一人じゃないこと。それだけが私の唯一ルルに勝っている点だ。
私は弱い。でもこうして一緒に戦ってくれる人がいるのなら、最後まで絶対に逃げたりしない。
晴人ともう一度話すんだ。そしてルルと……私の一族の宿命に、今度こそ決着をつけに行こう。




