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第29話 焦燥


『そこから西に直進! また雲が出てきてる!』


「冗談じゃねぇぜオイ! まさかこのまま一日中外異のケツを追いかけろってんじゃねぇだろうな!?」


 カーステレオから風兎香さんの声が響く。それに応答する運転席の安達屋さんは、もの凄いハンドル捌きで真夜中の公道を爆走していた。



 時刻は間もなく深夜一時を迎えようとしている。


 ルルと晴人が雲の上へと消えた後、辺り一帯は異常な暴風雨に襲われ始めた。あらゆる気象予報にも出ていなかった、存在しないはずの雨。

 黒い血が混じったその雨は、所構わず次々と地上に外異を産み落としていた。


 この雨を降らせているのはルルだ。私にはそれがわかった。


「この嵐の中心で晴人が戦ってるって、ホントなのかよ嬢ちゃん!?」


「ごめんなさい、安達屋さん、風兎香さん! 今はとにかく私のことを信じて走って……」



 屋敷でルルを止められなかった私は、安達屋さんに連絡を取って車での追跡を試みていた。

 止めなきゃ。人間を絶滅させるって、ルルはそう言っていた。



「っ、ごめんなさい! やっぱり車停めてください!!」


「なに!? 停めんのか!?」


 安立屋さんが急ブレーキを踏む。シートベルトに身体が押し付けられるのにも構っていられない。

 窓の外、夜闇の中に外異の姿が見えた。民家も近い。これだけ状況が大規模では、住民の避難などさせようもない。


「私が行きます!!」


 叫んで、車から飛び出した。血を起こす。槍を携えて走る。


「嬢ちゃん! 無茶だ! さっきもやり合ったばっかりじゃねえか!」



 止めなきゃ。

 止めなきゃ止めなきゃ止めなきゃ。

 ルルの狙いは私なんだ。こんなに大勢の人を巻き込むわけには行かない。



 がむしゃらに走り、狼と人が混じったような外異に槍を突き立てた。野太い苦悶の声が上がる。振り払われる剛腕を、体に当たる寸前で回避する。


 ただでさえ辺りが暗い中、暴風雨のせいで更に視界が悪い。一体だけだと思っていた外異は、実は二体いた。分が悪い、でも止まれない。一人たりとも被害を出すわけにはいかない。


「弾けて、炸裂花《ホウセンカ》!」


 槍先から種子状になって放たれた私の血が、同時に二体の外異の身体を抉った。相手がバランスを崩している隙に駆け寄り、ありったけの勢いをつけて首を斬り落とす。すぐさま新しい首が生えてくるが、これでだいぶ血を消費させたはずだ。


「よしっ、次でトドメを……」


 刺そうとした私の目の前に外異の蹴りが迫る。この異形たちは首が落ちようがお構い無しに動くのだ。だから、常に攻撃をかわせる体勢をとらなきゃいけないのに。


 そんな当たり前の事すら失念するほど消耗していたのか、私は――


「危ねぇ、嬢ちゃん!!」


 安達屋さんの血で出来た緑色の巨腕が、有無を言わさず二体の外異を殴り飛ばした。


「相当疲れが溜まってんだ、一人で突っ走んじゃねぇ!」


「す、すみません! ありがとうございます!」


 危機を乗り越えたのも束の間の事。嵐と夜闇の向こう側から、狼の遠吠えが聞こえてくる。正確には、狼の遠吠えに似せた、まがい物の不協和音が。


「キリがない……」


 三体、いや、四体の外異がいつの間にか私達を取り囲んでいた。獰猛な牙を持ったその顔は、私達の体を今すぐにでも食いちぎろうと猛っている。


「おいおい、こいつは中々ハードだな……」


 安達屋さんと背中合わせの陣形を取る。無茶を承知で戦い続けるしかないのか。もう一度体にムチを打って駆け出そうとしたその瞬間に、遠くから新たな声が響いた。


「疾風迅雷!!」



 まさに激しい突風や雷の如く、黃色の閃光が闇を裂いて走った。何が起こったのか把握するよりも早く、私達に相対していた外異が血を吹き出して倒れていく。



「疾風迅雷の如く助けに参りました。お怪我はありませんか?」


 落ち着いた男の人の声だった。雨に濡れてしまってはいるが、さっぱりと整えられた黒髪に、眼鏡とスーツという出で立ち。その声に応えようとする前に、倒れた外異がしぶとく起き上がろうとするのが見えた。


「ちょっと蓮実サン! そいつらまだ動くっスから! 気を抜いちゃダメっスよ!」


 またも聞き馴染みのある声。紫色の光を帯びた美男美女が飛んできたかと思うと、素手で外異を引きちぎり始めた。やがて大量の血を使い果たした外異達は、体が崩れて雨に洗い流されていった。


「愛し合う二人は邪魔されるのを許さないっスよ〜、これも解釈一致っス!」


 この異能は知っている。加勢しに来てくれたんだ――


「折原さん! 蓮実さん!」


「大丈夫っスか!? 間に合って良かったっス!」


 折原さんが心配そうな表情で駆けてくる。


「すまねぇな、助けられちまった」


「いえ、恩義ある相手の下へは疾風迅雷の如く駆けつけるのが当然のこと」


 安達屋さんが頭を下げると、蓮実さんが応じる。その奥の方から、南川さんが悠々と歩いてきた。

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