第28話 孤独な歩み
「これで、終わりか……」
全身に返り血を浴びた少年が、たった今倒したばかりの相手の体から剣を引き抜いた。正確には、血で造り上げた青い刃の模造品を。
少年は見るからに疲弊していた。まだあどけなさを残す外見に反して、その振る舞いは、枯れる寸前の大樹のように弱々しかった。
一体どれほどの争いが起きればそうなるのだろうか、彼の周囲は見るも無惨に荒れ果て、大地は抉れ、至る所に血溜まりができていた。もはや彼以外に、この地で生きているものは誰もいない。
たった一人の少女を除いては。
「へぇ、凄いね。本当にやっちゃった。『人類を絶滅させる』って総意を撤回するために、同胞全員を殺すなんて」
少女には笑みを浮かべるほどの余裕がまだあった。その幼い顔立ちの中にも、少年との血縁が見て取れる。
「殺したんじゃない……従わせただけだ。時が来れば再び目覚めてもらう」
「人類が宇宙に進出した時、だっけ?」
少女は血溜まりの中で跳ねるように踊った。
「本当に来るのかな、そんな時が」
「文明が発展する条件は整っている。この星が滅びるまでには叶うだろう」
「そっか。でも、ここで私がその計画に従わないって言ったらどうなるのかな?」
少女は黒い刃を少年に向けた。それは少女の影から這い出すと、瞬く間に少年の喉元に突きつけられた。
「最初から私も倒しておけばよかったのにね」
「俺一人では同胞全員を従わせることは到底叶わなかった」
少年の喉物に刃が食い込む。しかし、彼は流れる血にも一切動じずに答えた。
「私が裏切るとは思わなかったの?」
「裏切るなら倒すしかないな。でも、なるべくそうはしたくない」
「どうして?」
「その体は、この体の血縁者だからだ」
「はぁ? 何それ」
少女は刃を引っ込めると、怪訝そうな表情を浮かべた。
「血縁者を、妹を守る。それがこの体の最も強い行動原理だった。俺はその中に、我々が求めるべき力を見た」
少年は少女に背を向けると、ゆっくりと歩き始めた。
「どこに行くつもり?」
「一度決定した総意を覆した責任は取る。これから俺は人間社会に混じって観察を続ける」
「正気? 一体何万年かかるかもわからないのに、そんな無駄なことを……」
「俺はやる」
少年は振り返って言った。
「どれだけ時間がかかったとしても」
「ふふ……あはは……」
少女が笑った。まだ体の動かし方すら知らない胎児が、不器用ながらも生まれて初めて試してみるように。
「いいね、乗ってあげるよ『お兄ちゃん』。面白いものが見られるかもしれないしね」
「そうか、助かる。……ええと……」
少年は言葉に詰まり、少女に助けを求める視線を送った。
「そっちのことはなんて呼べばいいんだ?」
「そんなの知らないよ。この体の持ち主だった人間の名前で呼べば?」
「そうか。それじゃあルル……俺に従うなら一つだけ約束しろ。人間は絶対に殺すな。俺達はあくまで観察者に徹する」
「いいけど、それならこっちにも約束して。私の邪魔だけは絶対にしないこと」
「どういう意味だ?」
「意味なんてないよ。私はただ邪魔をされるのが嫌いなだけ」
少女は不敵に微笑んだ。
「わかった、いいだろう。俺は行くが、そっちはどうする?」
「私はこの体の自我を返して眠る。何万年も下等生物たちの営みを眺める気は更々ないからね……それじゃお兄ちゃん、せいぜいその目論見が外れない事を祈ってるよ」
そう言うと、少女は突然意識を失ってその場に倒れた。少年は黙って、少女の体を背負って歩き始めた。
少年は歩いた。宛もなく、ひたすらに歩いた。
やがて遠く離れた場所に国を見つけ、集団社会の中に落ち着いた。そこで少女は目を覚まし、成長し、子を成した。それを見届けると、少年は一人で別の国を目指して歩き始めた。
少年は数多くのものを見た。人が作り上げた建造物。人が野を拓いて栽培した作物。少年の体は年月を経ても決して老いることが無かった。
少年は数多くのことを見た。人間同士に芽生える愛。人間同士の凄惨な争い。少年の歩みは何年も続いた。何十年も何百年も、何千年も続いた。
それは誰にも理解されることのない孤独な歩みだった。




