第26話 黒の少女が笑う時
『ねぇ、家族ごっこは楽しかった?』
その時、窓ガラスに映る私の口が、勝手に開いた。
ハッキリと声がした。私が喋ったのではない。後ずさりするも、窓ガラスの中の私は張り付いたような笑みを崩さない。
『と言うより、人間ごっこだね。まともな生き物じゃないくせに、人のフリをしてのうのうと生きてきた出来損ない』
ガラスの向こうの夜景、いや、夜の暗闇そのものが語りかけてきているような感覚。何かがまずい。距離を取るために背後へ駆け出すのと、ガラスが割れて無数の刃が迫ってくるのは同時だった。
「熱っ……!!」
何枚ものガラスが床に飛び散っていく。激しく響く破砕音が、異常事態の幕開けを告げている。
書斎から廊下へと飛び出す。血を起こし、異能の槍を携えてひたすらに走る。
切られた。手、足、何ヶ所やられたかわからない。見えなかった。とてつもない速さだった。落ち着け、冷静になれ。そうだ、決して取り乱すな。
「来る!」
暗い廊下の前方からまたしても無数の刃が迫ってくる。
黒い触手のようなものに、鋭利な切っ先が付いているのか。五本、いや、六本。神経を研ぎ澄まし、身体に染み付いた型通りに槍を構え、最も速く迫ってくる一本を薙ぎ払った。
「重いっ……!!」
速さだけじゃない。それぞれの触手が、巨大な外異の振り下ろす拳ほどの力で動いている。全身の力を使って、どうにか二本目の軌道を逸らしたところで体勢が崩れた。残された四本の刃が、容赦なく私の身体を切りつける。
受けた傷は立ち所に再生していく。しかし、激しく出血する度に、私の生命も急速に失われていく感覚がある。
手近な扉を開け、室内へと転がり込んだ。応接間として使われていたこの空間は、来賓と食事が出来るように長机が設置され、相応の広さがある。
追撃は来ない。屋敷の中の音が再び途絶えた。静寂の中で槍を構え、限界まで集中する。敵は誰だ。まさか攻撃をやめたわけではないだろう。次はどこから来る。どうすればあの刃を防げる。どうすれば、私に勝機が――
「勘違いをしているね」
どこからともなく声が響いた。
「これは戦いじゃないの。お前にとっては処刑。私にとっては、ただの過去の精算に過ぎないけど」
前触れもなく天井のシャンデリアが灯る。部屋の奥の暗がりが照らし出されると、そこに何かが立っていた。
それは、真っ黒なドレスを来た少女の姿をしていた。
私の白髪とは対象的な黒髪。背は私よりも少し低いけれど、その顔立ちは……
「私と、同じ顔……!?」
奇妙な感覚があった。自分が、自分と離れた場所にいる。単に外見が酷似しているというだけではない。産まれてからずっと探していた片割れに出会えたようで、この相手は普通じゃないんだと本能が叫んでいる。
「それも順序が違う。お前が私に似たんだよ。出来損ないのくせにね」
それが手を前にかざすと、背後の陰から鋭い触手が迫ってきた。ありったけの力で迎撃し、切り落とす。黒い血が床の上に飛び散る。
「力の使い方もなってない」
私の傍に広がった血溜まりから、間髪入れずに別の触手が迫ってくる。近い。身体を逸らしてどうにか避けても、すぐさま追撃の手が伸びてくる。
「防いで、城壁花!!」
蔓の防壁が数本の触手を食い止めた。長くはもたない。とにかく防戦一方では埒が明かない。この隙に、一気に距離を詰めて――
「遅いよ」
すぐ目の前から声がした。視線を上げる。それと目が合う。その瞳には、光が宿っていない。無機質で冷酷なそれは、ただ瞳の形を模しているだけの別物だ。人間じゃない、そう思った。人間の理解を超えた存在。
「やっぱり、お前に価値なんか無かったね」
その手が私の心臓へと伸びてくる。距離を詰められていたのは私の方だった。この相手は、全てにおいて私の力量を上回っている。
やられる、そう覚悟した。ここまで来たのに。もう少しで、何かが掴めそうだったのに。
父と母の顔が浮かぶ。私はまだ諦めたくない。まだ、何もできてない……!
「真白!!」
突如として横から誰かに突き飛ばされる。私への攻撃が空を切った。勢いのまま壁に激突するが、痛がっている暇などない。咄嗟に顔を上げると、聞き慣れた声の持ち主が私を庇うように立っていた。




