第23話 最後の休息
「七夜サ~ン! 来たっスよ~!」
「折原さん! えっと、いらっしゃいです!」
真夏の長い日もそろそろ沈もうかという夕暮れに、折原さんが私達の寮へとやってきた。既に庭にはテーブルや椅子が運ばれており、その上に料理とドリンクが所狭しと並んでいる。
「おう、いらっしゃい。外異駆除研究機構の安達屋です。いやぁ、客人なんて久々だなぁ」
「あっ、はじめまして、本部の折原っス。それでこっちが……」
「お疲れ様です。お初にお目にかかります、蓮実巌と申します」
折原さんの隣には男の人が立っていた。事前に、もう一人参加してもいいかと連絡を受けていたのだ。
年齢は三十代の後半くらいだろうか、安立屋さんと南川さんより少し若いくらいに見える。整えられた七三分けの黒髪に理知的な黒縁メガネ。夏の暑さにも負けじと、ピシッとしたワイシャツ姿でいる様はいかにも仕事ができそうだ。
「おいおい、仕事じゃねぇんだからお疲れ様はやめろって。こないだは大丈夫だったか?」
「はい、あの時は氷漬けになった所を助けていただき……感謝感激の極み……」
蓮実さんも南川さんや折原さんと一緒に教会で父と戦ったメンバーだ。私が七夜家の娘であることも、もう知っているらしい。
「その上本日はお招きいただき恐悦至極、つまらないものですがこれを……」
そう言って蓮実さんは手土産の菓子折りを差し出す。
「なんだよ、気ぃ使わなくていいってのに! なんか申し訳ねぇな!」
そうは言いつつも安立屋さんは上機嫌そうだ。蓮実さんは更に頭を下げたまま続ける。
「いやいや、安達屋さんと言えば本部の大先輩ゆえ……むしろご挨拶が遅れ平身低頭……」
そう言えば、安達屋さんって昔は本部にいたんだっけ。そんなことを南川さんが言っていたような気がする。
「もしかして~、これってあだっちーの昔話を聞くチャンスなんじゃな~い? 私達には全然教えてくれないからなぁ~」
風兎香さんが悪だくみをするような笑みを浮かべると、安立屋さんはそっけなく返した。
「別にいいんだよ俺の話なんか。ほら、もうすぐ上がる時間じゃねぇか?」
その言葉とほぼ同時に、暗くなり始めた空に大輪の花火が打ち上がった。ちょっとビルの陰に隠れて見辛いけれど、人混みを気にせずに眺められるこの場所は絶好の穴場と言える。
「綺麗……」
「おお~! 本当に見えるんスねぇ~! 都内にこんな庭付きの寮だなんて贅沢っス~!」
「まぁ、本部が所有していたのを貸し出してもらってる形ですからね~。つまり国が持っている土地というか……ね、ましろん、この寮って実はとんでもない優良物件なんだからね?」
「えっ? ……あ、はい、わかってますよちゃんと!」
都内の屋敷に産まれた私だって、そのくらいの庶民感覚は持っているつもりだ。
「さ、本部のお二人も、俺の手料理で良ければ自由に食べていってください」
テーブルの方から晴人が呼びかける。前日から仕込んでいた料理を早く食べてもらいたくてうずうずしているのだろう。
「雨後さん、でしたか。この料理は全部あなたが……?」
「ええ、少しは皆に手伝ってもらいましたけど」
「なんと……。一つ一つに手間がかかっているのがわかります。実は私もちょっとしたつまみを作ってきたのですが……」
蓮実さんが持参したバックからは次々と料理を詰めたタッパーが飛び出してくる。
「これは……! 蓮実さんも料理を?」
「ええ、料理仲間に出会えて狂喜乱舞! ぜひとも味の感想を……」
なんだかあの二人、早くも意気投合しているみたいだ。というか、私の周りって料理男子が多すぎるな。
「なんだか花火って、七夜サンの異能みたいで綺麗っスねぇ~」
「えっ、そうですか?」
「そうっスよ、異能の名前はなんていうんですか?」
うっ、出た、異能の名前。いつか聞かれるだろうと思ってこっそり考えておいたんだけど、ちょっと口にするのは恥ずかしい……でも、いつかは言わないとだしなぁ……
「えっと……『小さな箱庭』というのはどうでしょうか……」
私の異能は全て、生家の庭園から着想を得ている。それにちなんだ名前にしてみたのだけど……
「めっちゃ可愛いじゃないっスか~! あのピンク色の花、七夜サンと並ぶと絵になるんスよね~」
「あ~、それわかります! ましろんって、一生懸命戦ってる姿と綺麗な花の組み合わせがたまらないっていうか~!」
料理を片手に、風兎香さんが会話に混ざってくる。
「そうっスよね!? あの異能で咲くピンク色の花、ほんとに絵になるっス~!」
風兎香さんと折原さんが仲良く盛り上がっているのは嬉しいけど、自分が妙に持ち上げられるのは落ち着かない。
「それを言うなら、折原さんの異能だって凄いですよ。風兎香さんもカメラで見てましたか?少女漫画のキャラが実体化してるの……」
「そうそう、めっちゃ気になってたの~! 私の好きなアニメのキャラも異能で造り出せるのかなって~!」
「おや、三月サンもアニメがお好きなんですか?」
「はい、私にプリンカツを教えてくれたのも風兎香さんで……」
「ほう、それはそれは……今夜は長くなりそうっスねぇ……」
折原さんがペロリと舌なめずりをした。良かった。この二人もすぐに打ち解けられそうだ。
「皆! こっち来て早く食べてくれ!! 蓮実さんの腕前はプロ級だ!」
妙にテンション高く騒いでいる人がいるから誰かと思った。あれ晴人か。料理のことになると別人みたいになるな……。
「良かった、みんな楽しそうで……」
花火の音を乗せて、夜風が頬を撫でた。多くの気の合う仲間たちが、私の居場所を作ってくれる。心地いいな。そう感じている一方で、きっと今がこの平和な日々のピークなのだろう。そんな思いも頭をよぎってしまう。
対峙しなければいけない相手が――避けては通れない因縁が、この夜闇の向こうから静かにこちらを見つめているような気がしたから。
◯
「ふわぁ~……」
あくびが出てきた。結局、花火大会が終わる時間になっても風兎香さんと折原さんとのアニメ談義は尽きることがなく、男性陣も料理を囲みながらずっと盛り上がっていたようで、本部の二人が帰れるギリギリの時間までずっと話し込んでいた。後片付けなどをしていたらすっかり寝るのが遅くなってしまったけれど、いつかまたやりたいな。
そんなことを考えていると、不意にスマートフォンが鳴った。安立屋さんからの着信だ。応答すると、通信越しに真剣な声が響いた。
「おう、嬢ちゃん。今大丈夫か? 見回りは終わったか?」
「はい、もう大丈夫です。どうかしましたか?」
「落ち着いて聞いてくれ。少し前に、嬢ちゃんの親父さんが病院で目を覚ました。そんで、ツテを使ってなんとか面会できるよう申し込んだんだが、これが今すぐいけそうなんだ。すぐに病院まで来れねぇか?」
ドキリとする。待っていた時がついに来た。これで、父に直接話を聞くことができる。
「ありがとうございます! すぐに向かいます」
「悪いが、俺は別件があって迎えに行けねぇんだ。タクシーを手配するから使ってくれ。それと、病院で案内人が待ってるからな」
お礼を言って電話を切る。タクシーに乗って病院に辿り着く頃には、すっかり夕暮れ時を迎えていた。
政府の息がかかっているだけあってかなり規模の大きなところだ。待合室へ入ると、清潔な空気の中に微かな薬品の匂いが感じられる。
案内人がいると安達屋さんは言っていたけれど、誰のことだろう。大勢のスタッフさんや患者さんが行き交う中をキョロキョロと見回していると、突然背後から声をかけられた。
「おう、待たせるんじゃねぇよ。いつぞやのガキんちょ」
「あ、あなたは……!」
きっちり整髪料で固められた髪型に、ダンディに匂い立つ香水。ピシッと整えられた高級スーツを身にまとった、ザ・仕事人間の南川さんがそこに立っていた。
「時間がねぇんだ、さっさと行くぞ。向こうの棟が俺達の関係者専用の病室になってる」
挨拶もそこそこに歩き出してしまう南川さんに、なんと声をかければいいのか迷う。以前取り調べを受けた際には七夜家の娘であることは隠していたのだから。
「ちなみに、もう全部知ってるから下手なウソつく必要はねぇぞ。七夜の娘」
「あっ、えっと……」
そうやって思考を読んだかのように言われてしまえば、黙ってついていく他は無かった。




