第21話 神様の言うとおり
外異出現の知らせがあったエリア付近までタクシーに乗り、そこからは運転手さんに怪しまれないよう走って移動する。
「空を飛んだ方が早く着いたぞ」
晴人は妙な拗ね方をしていた。私はあんなふうに空を舞うのは二度とごめんだ。
「真白、これを持っておくといい」
晴人から差し出されたのは空のシリンダーだった。
「フェイクの増血剤だ。打ったフリをして異能を使えば、周りの目を誤魔化せる」
「……ん、ありがとう」
晴人が何を隠していようと、私の仲間であることは変わらない。これから背中を預けて戦うなら尚更だ。事情を詮索するのは一旦後回しにしよう。
閑静な住宅街の一角には、既に規制線が張られている。外異の出現を察知した際の本部の動きは早い。数十人ものスタッフが即座に集結し、あっという間に住人の避難を完了させている。ずっと昔から人々の陰で活動してきたからこそ為せる業だ。
「あっ、あそこ! 折原さん!」
身分証を見せて中に入っていった先、視界が開けた場所に折原さんの姿があった。
「わぁ、雨後サンと三月サン! もしかして助けに来てくれたんスか〜⁉︎ めちゃくちゃ嬉しいっス〜!」
こちらに気づくと、折原さんが勢いよく駆け寄ってくる。心底嬉しそうな表情はまるで大型犬のようだ。
「えへへ、結局私達も呼び出されちゃいました」
「本当に心強いっスよ、この現場アタシしか戦闘要員いなかったんスから~!」
増血剤を打って外異と戦える人員はごく僅かしかいない。適正のない人が無理に扱おうとすれば、拒否反応で命すら危ういのだ。だから、現場に大勢の人間が集まっていたとしても、外異を倒せるのは一人か二人だけだということもままある。
「アタシ、実は戦いとか全然自信無いんスよ~……なのに周りの人達は皆『若くして本部勤めのエリート様なら大丈夫だろ』みたいな反応しかしてくれないし……」
よっぽど安心したのだろう、嬉し泣きすらしそうなほどの表情だ。
「三人でやれば大丈夫です。状況は?」
晴人が尋ねると、折原さんは前方の血溜まりを指さした。
「もう出てきそうっスよ……こんなこと有り得るんスかね? ここだけじゃなくて他の現場でも複数目撃されてるなんて……って、うわ、やばっ!」
どうやら悠長に話している時間は無さそうだ。血溜まりの中から這い出そうと、数メートルもある外異の腕が伸びてきている。何度見ても気味の悪い光景だ。
「よし、皆で行きましょう!」
そう意気込んで突っ込もうとする私を、折原さんが手で制止した。
「いや、お二人は見ていてくだされ! ここはいつぞやの恩を返すチャンスと見たっス!」
「えっ、でも、一人じゃ危ないんじゃ……」
「恩人が見ていてくださると思ったら、なんだかやれる気がして来たっスよ! いざ、参るっス~!」
そう言って折原さんは駆けていく。対峙する外異は既に血溜まりから抜け出し、その姿を陽の下に晒していた。
四、五メートルほどもある巨大な体躯。筋骨隆々な人間の身体に、カマキリにも似た形状の頭やカマがくっついていて気持ち悪い。獣と混ざってるやつはまだマシなのだけれど、昆虫系は本当に勘弁して欲しい。
「さぁ出てくるっスよ〜、アタシの騎士サマ!『神様の言うとおり』!」
折原さんが自分の体に増血剤を打ちこむ。紫色に覚醒した彼女の血が周囲に広がると、それはやがて人間の姿を象って具現化した。
「おお……」
思わず感嘆の声が漏れたのは、その光景がまるで絵に描いたように煌びやかだったからだ。
目つきが悪くて線の細いイケメンだ。折原さんの血から誕生したその人は、まさしく少女漫画から出てきたようなかっこよさだった。
あくまで異能なので紫色の光を身に纏ってはいるが、遠目から見れば本物の人間とほとんど見分けがつかない。
そのイケメンはふわふわと漂いながら折原さんに近づき、彼女を守るようにそっと寄り添い、そして……思いっきり平手で張り倒した。
「へぶっ⁉︎」
折原さんがアスファルトに勢いよく倒れ伏す。それでもイケメンの追撃は止まない。
『だりぃ……勝手に呼び出してんじゃねーぞ、犬コロが……』
うわ、異能が喋ってるよ。声帯まで人に模しているんだとしたらもの凄い想像力だ。
「ねぇ晴人……あれ助けなくていいのかな……?」
「いや……俺もわからない……」
さしもの晴人も困惑している。外異と交戦する前に自分の異能にやられそうになる人なんて聞いたことがない。
「だ、大丈夫っスー!」
イケメンに蹴られて亀のように丸まりながら、折原さんがこちらへと叫んだ。
「少女漫画の傑作『俺が欲しいならワンと鳴け』の黒嶺吠くんのDVは、個人的に解釈一致なのでー!」
なんて反応していいのかわからない。何が大丈夫なのかわからないから。
「危ない!」
晴人が叫ぶ。この茶番を外異が大人しく見ているわけが無いのだ。
不気味な唸り声と共に、腕の先についた鋭いカマが常人には捉えられない速度で振り下ろされる。
地面にゴロゴロ転がり続ける折原さんは間一髪で直撃を避けたが、長い髪の毛が何本か切れて宙へと散った。
その瞬間、折原さんを責め続けていたイケメンの動きがピタリと止まった。その切れ長のパッチリとした双眸が、鋭く外異を睨みつける。
『オイ……何してくれてんだ、お前』
イケメンが宙に漂ったまま、ゆっくりと外異へ近づいていく。その体をカマで切り刻まれようが意に介する気配もない。そもそも血液の塊が人間の姿を模しているだけの彼は、傷を受けたそばからすぐさま再生していくのだ。
『その足りない頭でよく覚えとけ。この犬を調教して良いのはなァ……飼い主の俺様だけなんだよォォーッ!!』
凄まじい吠えっぷりと共に、自分より遥かに大きな外異の腕を素手で引きちぎりはじめた。凄い。イケメンってあんな狂戦士みたいになってもやっぱりイケメンなんだ。
「ふふ……吠くんはペットのアタシを傷つけられるとキレる……これも解釈、一致っス……!」
ボロボロになりながらも折原さんが勝ち誇った。これが彼女の異能。自分の好きな作品のキャラを相棒として呼び出せるけど、自分の中の解釈通りにしか動いてくれないんだ。
なんていうか、異能って何でもありなんだな。今更ながら自分の体の中の血が怖くなってきた。
外異が苦しみ悶え、体を再生し続けてもイケメンの攻撃は止まない。やがてその血が枯れ果てると、外異は音もなくただの血液となって地面に散らばった。
「やったっスよ、お二人ともー! 見ていてくださいました、か……」
勝利の喜びも束の間、血溜まりから後続の外異が這い出そうとしているのが見えた。
「よし、ここからは俺達も」
「うん、行こう!」
折原さんと交代し、晴人と共に戦い始める。何故だかはわからないけど、やっぱり晴人とは自然と動きが合うような気がした。
「うーん……やっぱり絵になるカップルっスねぇ……」
カップルじゃないです。これだけは後で絶対に言っておくことにしよう。




