第20話 怪物退治はブラック企業
「はぁ〜、やっぱり無駄かぁ〜……」
大きなため息が漏れた。結局、晴人のことが何もわからない。せっかくこの三日間、晴人のことをストーカーし続けていたのに。いや違う、言い方がよろしくない。尾行、もとい調査をし続けてきたのに。
弁明すると、発信機を仕掛けるだとかそんな事はしていない。ちょっと風兎香さんに変装用の服を借りたりして、日々の見回りが終わった後の晴人を観察していただけだ。
私が調べた範囲で言えば、晴人の日々は模範的な主夫そのものだ。外での見回りを終えても、食材や日用品を買って寮に戻ってくるだけだ。
安達屋さんは車が好き、風兎香さんはアニメやコスプレが好きだって趣味があるけど、晴人は暇があれば料理や掃除ばかりやっている。まるで生活すること自体が趣味だとでも言うかのようだ。
もちろん私達だって分担して家事をやっているけれど、気がついたら晴人が終わらせてしまっていることも多い。
晴人に対する不信感は依然としてある。何か私の家について知っていることがあるのなら、今すぐにでも教えて欲しい。こっちは実の父がいつ処罰を受けてもおかしくない状況なのだ。
ただ、やはり晴人が私に危害を加えたいのなら、もっと直接的な手段を使っていると思うのだ。だから、こちらもいまいち踏み込めない。廊下ですれ違っても微妙に避けられるような共同生活は、とにかくモヤモヤが募るばかりだった。
父を含めた家の関係者はまだ誰も目を覚まさないでいる。七夜家の処遇も、今はまだ宙に浮いた状態だけど……。
「はぁ……やっぱり晴人と直接話すしかないか……」
「呼んだか?」
「うわぁっ!?」
背後からの声に振り向くと、そこには紛れもない晴人の姿があった。
「な、なんでここに?」
「いや、まぁ、真白が何か悩んでいるみたいだから、話を聞いてやれって風兎香さんに言われたんだ」
そう言って晴人は視線を逸らす。なるほど、風兎香さんの差し金か。悩んでいるも何も、原因はあなたそのものなんだけど。ただ、流石にそれは晴人も重々承知のようで、だいぶ気まずそうな表情をしていた。
「というか真白、何やってるんだ……?」
「えっ!? あ、いや、これはその……」
今更隠しても遅い。私の目の前にあるゲーム機の中では、可愛い女の子達の3Dモデルが煌びやかなドレスを身にまとって踊っている。
今、巷で大人気のアーケードゲーム『たのんだプリンカツ!』。アニメも放送しているこの作品は、集めたカードで女の子のドレスを自由に着せ替えられる。これを遊ぶために、私は以前みんなで訪れたゲームセンターにやってきていたのだ。
「風兎香さんにアニメをオススメされてからハマっちゃってさ、遊んでみたらどんなもんなのかなって、試しにちょっとだけ……」
「ちょっと……?」
私のバッグの口からは、一度プレイする度に一枚貰えるカードが数十枚ほど見えている。白状すると、もう既にだいぶのめり込んでいるし、このゲームセンターにも何度も足を運んでいる。
「な、なに!? いいじゃん! 遊んだっていいじゃん! だって、だって皆可愛いんだもん!」
「でもこれ、子供が遊ぶやつじゃ……」
「だからこうして平日の朝早くから来てるんじゃん! 子供達に迷惑をかけないために!」
淡々と詰められると恥ずかしくなってくるので勘弁してほしい。そして晴人が終始困惑した表情でいるのがかなり辛い。せめて笑ってくれ。
「プリンカツは自由なの! 誰が遊んだっていいんだから!」
「フフ……その通り。良い事をおっしゃるっスねぇ。趣味とは本来自由なもの。人に迷惑をかけなければ何をしたっていいのです! あっ、もちろん子供が最優先なのが絶対のルールではありますが……」
必死に弁明する私を助けるように、どこからともなく援護射撃が飛んできた。晴人と共に辺りを見回すと、向かい合わせの位置でプリンカツを遊んでいた女性がこちらへと顔を覗かせていた。
「おっと失礼、カップル様の会話に割り込むつもりは毛頭無かったのですが。しかし同志の熱い叫びを耳にした以上は私も黙っていられないと……ん?」
女性は私達の顔を見るなり固まった。それは私と晴人も同様だ。この人、どこかで会ったことが無いか? 記憶の糸を懸命に手繰り寄せた後、「あっ」と声を上げたのは晴人と全く同時だった。
「あなたは、もしかしてあの日教会にいた……!」
「いやはや! 同業者サンだったとは! しかもよく見ればあの時アタシを氷漬けから助けてくれた美男美女ペア様じゃないっスか!」
私達と父……に扮したルルが交戦した際、南川さんと共に行動していた本部の人だ。父の異能で氷漬けにされてしまっていた……まさか、こんな所で出会えるなんて。
「なんと奇遇な! いやぁ〜、その節はどうお礼を申し上げればいいのか!」
「いえいえそんなお礼なんて! お元気そうで良かったです! あっそちらもプリンカツお好きなんですか? 私も」
などと盛り上がっている私の背を、小さい女の子が指先でつついた。
「ねーねーお姉ちゃんたちさー、遊ばないなら代わってもらってもいいー? 迷惑なんだけどー」
「はいっ、すみませんでしたぁっ!!」
小さい子に頭を下げながら一斉に飛び退く私達を、晴人がついていけないといった表情で見つめていた。
◯
「改めまして、アタシは折原千柳愛っス! お察しの通り本部に勤めてます!」
長い金髪がふわりと揺れた。私達が言えたことでは無いけれど、この仕事に似つかわしくないくらい若い人だ。私の数個上、風兎香さんと同い年くらいかな。
「ご丁寧にありがとうございます。外異駆除研究機構の雨後晴人です」
「同じく七夜ましっあっ違う三月、三月風兎香ですごめんなさい」
父が見つかったとはいえ、私が七夜家の跡取りだということは隠しておいたほうがいいだろう。というか晴人と折原さん、名刺交換してるし。私まだ持ってないんだけど。
「ちゃんとお礼がしたかったんスよ。あの時は氷に閉じ込められて苦しくて……身動きは取れないわ、体は芯まで冷えてくるわ、それなのに意識はハッキリしたまま途切れないわでもう……気が狂うかと……」
語るにつれて折原さんのテンションが落ちてくる。あの体験は彼女の中でかなりのトラウマとして刻まれているようだ。
思えば、あの時折原さん達が教会にやってきたのは、ルルがわざと情報を流したからではないだろうか。人質を取って、私達を逃げられなくするために。
「あはは……南川さんはお元気ですか?」
「おや、南川サンともお知り合いなんスか? 相変わらず元気も元気っスよ。結局七夜史登サンが見つかっても、『この件にはまだ裏がある。キリッ』とか言っちゃって、休日返上で働いてるんスから」
なんとなく想像がついた。根っから仕事が好きなんだな、あの人は。
「せっかくの休みに自分から働くなんてありえなくないっスか? あの人が上司だとこっちも気が休まらないんスよ……」
「確かに、南川さんと一緒に働くのは私もちょっと……」
「ですよね? まぁアタシは残念ながらそこまで仕事人間じゃないんで、オフの日はこうしてのんびり好きなことさせて貰ってるっスけ……ど……」
会話を遮るように折原さんのスマートフォンが鳴った。なんとなくこの後の展開が読めて、全員で顔を見合わせる。ちょっと失礼、というジェスチャーを取って、折原さんが通話に出た。
「はい、折原っス。お疲れ様っス。……はい、はい。出たスか。そうスか。あの〜、アタシ今日非番で、ていうか昨日も出動して……あ、はい。ダメスか。そうスか。はい、向かいます……はい……」
通話が終わる。もはやその表情に先程までのゲームセンターではしゃいでいた頃の面影は無かった。
「噂の鬼上司からっス。休みが休みじゃないのがこの仕事の辛いところっス。労働基準法はアタシらには適用されないっス」
「ああ……」
なんと声をかけていいのかわからなかった。休日出勤が決まった社会人の悲哀だけがそこにあった。
「すみません、お礼も兼ねてお二人にご飯でもおごらせてもらえればと思ったんスが……ぜひまたお会いしましょうぞ!」
そう言って折原さんは駆けていく。その涙ぐましい背中を見送っていると、今度は晴人のスマートフォンが鳴る。着信画面を見ると風兎香さんからだった。
「晴人です。ええ、真白も一緒にいます。……はい、行けます。安達屋さんは? ……他の場所でも同時に。はい、大丈夫です。二人で向かいます。サポート頼みます」
どうやら休日出勤は社会人の基本らしい。甘くないんだな、社会って。
「安達屋さんとは別行動になる。行こう、もしかしたら折原さんと同じ現場かもしれない」




