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第18話 私は何者か?


「これまで俺達が戦ってきたのは、真白のお父さんじゃなかったんだ」


 陽の光が差しているとはいえ、照明のつかない講堂は薄暗い。地下にあんな空間があると知った今は、幼い頃から慣れ親しんできたこの家もどこか不気味に感じられる気がした。


「お父さんの外見を模倣して成り代わっていた奴がいたんだ。七夜家の暴走に端を発する今回の騒動は、全てそいつが仕組んだことなんだよ」


「じゃあ、うちの家がおかしくなったのは……」


「お父さんの意思じゃないはずだ。そいつは今見た通り、この家の関係者全員の意識を奪って地下室に幽閉した。そしてお父さんの名前と立場を使って、政府に反抗する声明文を出した」


 晴人の話は筋が通っているように感じられる。確かに、どれだけ考えてもずっと父の動機がわからなかった。私の知らない事情があるにせよ、自分から政府と敵対して得られるものなんて何も無いはずなのだ。

 うちが日本の中でも特に大きな力を持っている一族だとしても、公権力たる政府に弓を引けば、いずれは破滅する運命しかないのだから。


 だけど、腑に落ちないところもある。


「でも、あれはお父さんだったよ……私は直接話したし、戦いさえもした。そう、氷の異能だって! どんなに変装が上手くても、あれだけは絶対に真似できないはず」


「そうだ。血にイメージを与えて造りだせる異能は一人に一つだけ。だからそいつは、異能ごと真白のお父さんの身体を乗っ取ったんだ。そして、さもそれが自分の能力であるかのように真白と戦った」


「そんなこと、できるの……?」


「普通はできない」


 晴人は私の顔を見て、それから少し目を逸らした。


「そいつは普通じゃないんだ」


「一体誰がそんなこと……」


「ルル。俺はそう呼んでいる」


「ルル……」


 そいつが父や皆を。私の家をめちゃくちゃにしたというのか。


「そしてルルは教会で真白と戦った後、ここに戻ってきてお父さんの体を抜け殻のように地下室に置き去りにした。今どこにいるのかは、俺にもわからない」


 そこで晴人は語るのをやめて一つ呼吸を置いた。まるで、私から質問されるのを待っているかのように。


「……晴人はどうしてそいつの、ルルのことを知ってるの? 手口までそんなに詳しく……」


「この一件が起きる前から、ずっと探していたんだ。俺にとっては因縁の相手みたいなものかな……」


「どうして私の家だったのかな? 何か恨みがあるにしたって、やり方が回りくどすぎるよ。七夜家を潰したいだけなら、皆を無力化できた時点で目的は達成できていたはずでしょ? その後わざわざ父を騙って私達の前に姿を現した理由は?」


「それはな、真白」


 晴人はもう一つ呼吸を置いてから続けた。


「ルルの目的は真白なんだ。真白がこの一件の主役なんだ。君はまだ、自分のことを知らずにいるんだよ」


「私が……?」


 狙われていたのは父や家ではなく、私。


 でも、そう言われても何も思い当たる節がない。私はこの年までずっと家に軟禁されて育ってきた。たまに外出したって使用人さんの目からは逃れられなかったし、家の人以外に知り合いなんてできた試しがない。

 外の社会のどこにも存在しないのが私だし、それ故に、私のことを恨んでいる人なんているはずがないのに。


「真白がいきなり異能を使えるようになったのも、きっとそいつの影響だ。ルルはまた真白の前に現れる。戦いはまだ終わっていないんだ」


 そこまで言うと、晴人は背を向けてゆっくりと歩き出した。まるで話はもう終わりだと言わんばかりだった。


「待って」


 その背に向けて声を掛ける。


「まだ話してないことがあるよね」


 晴人は背を向けたまま足を止め、私の声に耳を傾けた。


「さっき私を寮の部屋から連れ出した時、晴人、増血剤を打たなかったでしょ」


 ずっと引っかかっていた。増血剤を打たずに異能を使えるのは、私達七夜家のような限られた血筋を持つ一族だけのはずなのだ。


「戦いの時も使ってる素振りがなかった。安達家さんが言ってたよ、一族の人間が増血剤を打つと拒否反応を起こして酷いことになるから使っちゃダメだって。晴人もそうなんでしょ? あなたは一体何者なの?」


 晴人はじっとしたまま動かずにいる。


「初めて私と会った時、昔からの知り合いみたいに名前を呼んだでしょ。七夜家のことを調査してたから知っていたんだって言ってたけど、今ならわかる。あれ、嘘だよね。ルルと何か関係があるの? ねぇ、晴人は私の何を知ってるっていうの!?」


「それは……」


 晴人がこちらを振り向く。躊躇いがちな表情で口を開きかけたその時、講堂の扉が勢いよく開かれた。


「晴人、嬢ちゃん! 無事か!?」


「安達家さん……」


 汗で額を濡らした安達家さんが勢いよく駆け込んできたのだ。地下室から出た後に、晴人が連絡していたのを思い出す。

 私達の身を案じて急いで来てくれたのだろうが、何とも絶妙なタイミングで割って入ってきたものだ。いや、安立屋さんは何も悪くないのだけど。


 結局晴人は開きかけた口を閉じ、代わりに安達家さんに対して状況の説明を始めた。とりあえずここに七夜家の全員がいることを本部にも報告した後、皆を安全な場所へと移さなければならないだろう。


 父は無実だった。ルルというやつが父のフリをして私を殺そうとしていた。そして今もまだどこかに息を潜めている。それらの話が事実だったとして、私はまだ受け止めるのに精一杯でいる。


 でも、ただ一つだけわかることがある。晴人は何かを隠している。


 それを突き止めなければならない。きっとそれこそが、この一連の出来事を紐解く鍵になるはずだから。

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