第17話 異様な地下室
「ねぇ、お父さんがここにいるんでしょ? だったらまた戦闘になるんじゃ……」
邸宅の中へと入り、先を進む晴人の背中に声をかける。
「その心配は無いよ。さっきも言ったけど、意識を失っている状況だから」
「だとしても私達だけで来ちゃっていいの? 安達屋さんと風兎香さんには……」
「二人には伝えてない。このことはまだ俺達だけの秘密だ」
「どうして……」
晴人は立ち止まると、私に背を向けたまま、表情を見せずに言った。
「頼む。今だけは俺を信じてくれ」
晴人は、何かを隠しているように見える。だから不自然に急いでいるのだ。そのことが、私に言いようのない不安を抱かせた。
◯
「ここだ」
辿り着いたのは先日父とまみえた講堂だった。あれから本部の人達がより一層念入りに調査したのだろうけど、今は誰もおらず、静かに天窓からの陽光に照らされている。
「わかりづらいけど、ここに隠し部屋があったんだ」
ステージの端、壁際にかかっているカーテンを晴人がめくる。その先に置いてあった大きな機材が入った棚をずらすと、床の一部が不自然な色合いをしているのがわかった。
「ここが開くようになっていたんだ。教会で真白のお父さんと戦ったあの日から、これを見つけるまでに随分と時間がかかってしまった……」
晴人が床板の一部をずらすと、ずっと下の暗闇まで続いている梯子が顔を覗かせた。
「何これ、地下室……? 私も知らなかった、こんな空間があるなんて……」
「ああ。中は暗いからこれを使ってくれ」
晴人は腰のホルスターからライトを二つ取り出すと、片方を私に寄越した。
「……この先に進めば、真白にとっては辛いものを見ることになる。それでも俺は真白をこの場所に連れてきた。これは、真白自身の運命と切っても切り離せないものだからだ」
真剣な表情。晴人の言葉に嘘があるようには感じられない。
そもそも私を騙したり、何か危害を加えるつもりなら、これまでにいくらでも機会はあったはずだ。だとすれば、晴人にここまで言わせるものとは何なのだろう。
この人は一体、私の何を知っているのだろう。
晴人が先に梯子を降りていく。覚悟を決めて私もその後に続いた。
◯
「気をつけてくれ」
数メートルほどは降りただろうか。晴人の声を頼りに、光源がない地下室を二人で照らす。
入ってくる途中から強く感じた、じめじめとして不快な空気。それと、生理的な嫌悪を抱かせるような強烈な匂い。
「……血なまぐさい」
鉄のようだとも形容される匂いが、締めきられた空間のカビ臭さと混ざって容赦なく鼻を突く。普段から血に慣れていなかったら耐えられなかったかもしれない。
「ここだ……」
晴人が空間を照らすと、私のすぐ前方によく見知った父の顔が浮かび上がった。
「ひっ……!」
異様な光景が広がることを覚悟をしていても、思わず声が漏れそうになった。
父の顔や身体中には、どす黒い血液がまとわりつくように付着している。いや、父だけじゃない。よく見ればその後ろには数え切れないほど大勢の人間が意識を失って倒れている。それらが折り重なって、地下室の天井近くまで届くような大きな山を作っているのだ。
「この人達、みんな私の家の……!」
誰も彼も良く見知った顔ばかりだ。いつも私に勉強を教えてくれた人、食事を用意してくれた人、泊まり込みで父の仕事を手伝っていた人……父が政府に反抗してから忽然と姿を消してしまった七夜家の関係者達全員が、この地下室にまとめて押し込められていた。
「お父さん! みんな!!」
呼びかけても反応はない。皆一様に目を閉じている。まさか、と最悪の事態が頭をよぎる。
「大丈夫だ、命に別状はない。この場所から移せばいずれ目を覚ますはずだ」
「なんで、なんでわかるの!? こんなの普通じゃないよ! みんな助からないかもしれないじゃん!!」
振り返って詰め寄りかけた足が止まる。晴人が、私に向かって深々と頭を下げていたからだ。
「本当にすまない。謝っても許されないかもしれない。俺は最初からずっと知っていたんだ、真白のお父さん達がどこかに捕まっていることを」
「それって、どういう……」
晴人が顔を上げた。私の目をまっすぐ見て話す。
「説明するよ。場所を変えよう、ここは長居するようなところじゃない」




