第16話 動き出す運命
『ついに迎えたプリンセスライブ! 思いっきり楽しむぞ~! ……って、あの子は誰!? それに、会場が全部壊されてる~!?』
『ぷりん、気をつけなさい。あの子は特別よ。これまであなたが容赦なく泣かせてきた他のライバルとは違うわ』
『次回、たのんだプリンカツ! 三十人目のライバル登場!? 来週も思いっきり泣かすぞ〜!』
やたらとテンションの高い次回予告が終わると、スマートフォンの画面も固まって動かなくなった。動画の再生が終了したのだ。
「……えっ、これで終わり? 続きは? うそ、これが最新話!?」
もしかしてこのアニメ、まだ完結していないのか。今まさに毎週放送してるところなんだ。
番組の公式サイトを検索してみる。……なんてことだ。テレビの方が動画配信サービスよりも数日早く続きが見られるじゃないか。
「……風兎香さんに頼んで、録画しておいてもらおうかな……」
スマートフォンを机に置き、ふかふかのベッドに体を投げ出した。寮の自室は、カーテンの隙間から差し込む陽の光で明るく照らされている。
いっその事、貰ったお給料で自分用のテレビでも買ってしまおうか。いやいや、無駄遣いはダメだ。何があるかわからないんだから、きちんと貯めておかないと。
「あ〜ぁ……」
ため息が漏れた。当然かもしれないけど、働いて稼ぐというのも楽じゃないな。
父と交戦したあの夜から、十日ほどが過ぎた。
私は正式に外研の一員として働かせて貰えることとなり、安達屋さんと一緒に街の見回りをしたり、外異出現の報を受けて討伐に出ていったりして日々を過ごしている。
私たちの活動は、本部とその後ろ盾となる政府からの補助金を受け取ることで成り立っている。その中から生活費や寮の維持費などを捻出して、残ったぶんを各自の好きに使えるお給料として分け合う仕組みになっているらしい。
本来であればお給料日はまだ先だけど、着のみ着のまま家から飛び出してきた私のために、まとまった額のお金と銀行口座を皆が用意してくれた。本当に感謝するばかりだ。
「だから、お金は大切に使わないと……」
そうは言いつつもテレビは欲しいな。
世間に疎い私のために風兎香さんが色々なことを教えてくれたけど、中でも一番ハマったのがアニメだった。色々なコスプレの写真を見せてくる風兎香さんに「アニメは全くわからない」と話したら、
「え〜っ!? せっかく日本に生まれたのにそんなのもったいないよ〜! サブスクの無料体験入れといたげるから見てみて〜!」
と言われ、軽い気持ちで視聴を始めたのが三日前。気がつけば数十話もある作品を一気見している自分がいた。家にいた頃は、お堅い父や使用人さん達はアニメなんて見せてくれなかったし、私もなんとなく子供が見るものだとばかり思って避けていたのだ。ごめんなさい。撤回します。
「ら〜らら〜♪」
アニメのオープニングテーマを口ずさみながら起き上がる。今日は一日お休みだから、仕事は皆に任せて好きなことをしていて良いと言われている。外異が出たら呼び出されるかもしれないから、連絡のつく所にはいないといけないけど。
「ら〜らら〜……」
なんとなく、卓上のカレンダーを眺める。私、これからずっとここで生きていくのかな。人々を守るために戦って、お給料を貰って、趣味を見つけて……。十七年間過ごした家での生活は、もうすっかり過去の話になってしまったのかな。
結局、父の行方は今も知れないままだ。
あの時、私の槍は確かに父の胸を貫いた。それは間違いない。人を傷つける際の名状しがたい不快感が、今もこの腕の先に残っているような気がする。
上空で意識を失った私は、気がつくと教会の中で安達屋さんと晴人に介抱されていた。聞けば、アスファルトに叩きつけられる直前に晴人が受け止めてくれたらしい。
幸いだったのはあれだけの戦いをしても全員が無事だったことだ。戦いの中で傷を負っても、跡が残らず綺麗に完治するのが私達のいい所だな。
氷漬けの憂き目にあった南川さん達三人も、血が覚醒していたおかげで大事には至らなかったようだ。南川さんはまだ懲りずに父の捜索を続けるつもりみたいだけれど、私と父の会話は一切聞こえていなかったようで助かった。
私達のことを本部にどう報告されるか不安だったけど、安達屋さんが
「南川、誰が助けてやったのかわかってるよな?」
と釘を刺していたので、多分大丈夫だろう。安達屋さんいわく、あれでも筋の通らないことはしない人らしい。
それにしても、父はどこに行ってしまったのだろうか。
死んではいないはずだ。血が枯れない限り、肺や心臓が傷ついた程度じゃ私達は死なない。
父と戦う時にどこからともなく湧き出てくる黒い血溜まり。父も外異と同じくそこから現れているのではないかという推察。そして、あの時父の体も血液となって夜闇に消えたように見えた。
やはりこの一件はまだ、終わっていないような気がする――
「真白、いるか!?」
「うっへぇ!?」
不意にノックと共にドアの向こうから呼びかけられる。晴人の声だ。少し早口の、まくしたてるような声。
「驚かせて悪い。今すぐ俺と一緒に来てくれないか」
ドアを開けると焦ったような表情の晴人がいた。いつもの無気力な雰囲気とは全然違う。
「えっ、な、何? どうしたの?」
「真白のお父さんが見つかった。訳あって今は意識を失ってる。すぐに会わせたい」
心臓の鼓動が跳ね上がる。ここ数日間歩みを止めていた私の運命が、再び動き出したような気がした。
「行こう」
晴人は有無を言わさず部屋の中に入ってくると、飾ってあった猫のぬいぐるみをどけて、窓を大きく開け放った。
「行くってどうやって……ちょっ、ここ二階なんだけど」
「大丈夫だ、靴は真白のも持ってきた。手を取ってくれ」
そう言って晴人は右手を差し出した。突然の展開に頭がついていかないまま、とりあえず言われたとおりに手を握った。それが間違いだった。しっかりと握り返されたと思った次の瞬間、晴人が勢いよく窓から飛び出した。
「えっ、待っ、うひゃぁ――っっ!!」
ふわりとした浮遊感は一瞬。晴人の瞳が青く輝き、ロケットもかくやという勢いで空へと急上昇していく。馬鹿じゃないのか。いったいどういうイメージをしたら血がこんな異能を造りだすんだ。
真夏の太陽が照りつける下、雲の合間を縫うように飛んでいく。息ができない。死ぬ。ちらりと眼下に目をやると、東京の街並みが豆粒のように見えたのでもう目も閉じることにした。速度が落ちたかと思えば、また唐突に合図もなく急降下していく。内臓という内臓が、重力という拠り所を失って居心地悪く浮き上がる。ああ、これは最高の絶叫アトラクションだ。晴人は今度遊園地でも開いた方がいいと思う。私は絶対に行きたくないけれど。
「着いたぞ」
気がつくと私の体はどこかのベンチの上に座らせられていた。重力が遅れてやってくる。こんなにも地面が愛おしく感じたことはない。思わず土に頬ずりしたくなるくらいだ。
「晴人、晴人はさぁ! ねぇ、もっと説明とかさぁ!」
差し出された靴を履きながら思いっきり晴人を罵倒してやる。
「いつも唐突すぎるのかなぁ!? 言葉が全然足りないんだよねぇ! 人の心とかちゃんと持ってる!?」
「……すまない」
その言葉が意外と効いたようで、晴人は俯きがちにしゅんとしていた。
「あれ……。ていうかここ、私の家……」
興奮が収まるに連れて周りの風景が目に入ってくると、そこは誰よりもよく知っている私の家の中庭だった。
「そうだ。真白のお父さんはここにいる」
晴人はそう言い、着いてくるように手招きした。まだ状況は飲み込めないけど、ここまで来てしまえばとりあえず従う他はない。私もその後を追って歩き出した。
手入れをする人間がいなくなった中庭は早くも荒れ始めている。もう戻らない家を眺めるというのは、思いのほか切ないものだった。




