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第14話 対峙

 

 安達家さんが重たそうな両開きの扉を開くと、軋むような音が辺りに響き渡った。

 

 教会の中は一見して誰もいないように思える。何人もの大人が横に並んで歩けるくらい大きな通路と、来訪者が腰掛けるためのチャペルチェア。奥の方には周りより一段高く造られた祭壇があり、その上ではステンドグラスがまばゆく輝いている。


「明かりは点いてるな。投光器まで運んでくる必要は無さそうだ。……風兎香、カメラは?」


『異常なし。何か映ったら知らせるよ』


「了解。このまま進む」


 三人で互いの死角を補い合うようにして奥へと踏み込んでいく。真夏だというのに、いやにひんやりとした空気が体を包んだ。どこか懐かしいと感じるのは、それが家の空気に似ていたからだろう。


「おい七夜史登! おじゃま虫がわざわざ来てやったぜ!」


 安達家さんが声を張り上げるも、返ってくるのは反響だけだ。私からも呼びかけるよう、安立屋さんが目線で合図した。


「お父さん、来たよ。いるんでしょ? ねぇ、こそこそ隠れるなんてお父さんらしくないよ!」


 返事はなくとも、教会中に聞こえるよう大声で語りかける。


「後ろめたいことなんかせずに、世の中の人を守るために尽くしてきたのが七夜家でしょ? 私なんかに好き勝手言われたくなかったら、堂々と姿を見せてよ!」


 話しているうちに言葉が熱を帯びてくるのが自分でもわかる。父に言ってやりたいことは、胸の中に数え切れないほど燻っているのだ。


「上だ!!」


 不意に晴人が叫んだ。咄嗟に頭上を見上げると、巨大なガラスのシャンデリアが私達めがけて落下してきていた。


「うわっ!!」


 それぞれ横っ飛びになって回避する。すんでのところで躱したそれは、床へと叩きつけられて耳をつんざくような破砕音を奏でた。


『皆、前!!』


 体制を立て直す間もなく風兎香さんの無線が響く。顔を上げた先、通路奥の祭壇の上には、見間違えようもない父の姿があった。


「ったく、手洗い歓迎ありがとよ。人を呼びつけておいてずいぶんなご挨拶だな、ええ?」


 安達家さんの言葉にも父は相変わらず反応を示さない。氷のように冷ややかな視線は、私だけを捉えているようにも感じられる。


「風兎香、奴はどこから出てきた?」


『映像で見てもハッキリわからない。地面から急に現れたように見えるよ』 


「地面からって、それじゃあまるで……」


 安達家さんが言いかけ、おそらく私に気を遣って止めてくれたであろう言葉。

 それじゃあまるで、血溜まりの中から這い出してくる外異と同じじゃないか。


 予感はあった。家の講堂で相対した際に、足元に拡がっていた黒い血溜まり。もし父が外異のようにそこから湧いて現れたのだとしたら。そして、再び血のように溶けて消えてしまえたのなら、これまでの不可思議な状況にも説明がつく。

 しかし、そんなこと人間にできるわけがない。父は一体、どんな力を手にしてしまったのだろうか。


「来たか……」


 父が口を開いた。呟くほどの小さな声音が、教会内に重たく響くように聞こえた。


「うん……来たよ。ねぇ、家の皆はどこに行ったの? お父さんは何をしようとしてるの?」


 少しずつ父のもとへと歩いていく。これまで何度も見てきた父の顔つきに、二つの記憶が呼び起こされる。私をここまで育ててくれた親としての顔と、先日私を排除しようとしてきた冷徹な顔。


「何か事情があったのなら、今話してよ。ここにいる人達は信頼できるよ。悪いようにはされないはずだから……」


 何が父の本心なのかはわからない。でもまだ、私とゆっくり話をするためにここへ呼び出した可能性があるなら……。


「話す? お前は何も知らなくていい。お前は生まれつき何の力も持たなかった欠陥品。私の一族の恥でしかない」


 父の言葉に私の足が止まる。そんな物言いはないだろう。私が異能を使えないお荷物だったのは認めるが、わざわざここまで出向いてきたというのに。


「だったら、なんで……? なんで、私をここに呼び出したの!」


 そう叫んでから、これは質問してはいけないことだったと本能が察した。


 続く父の言葉は、聞きたくないものになるってわかっていたはずなのに。


「お前をここに呼んだのは、お前を始末するためだ。誰にも邪魔をされず、確実にな」


「っ……!」


 返答に詰まった。父に愛されていなかったことなんて昔からわかっていたけれど、それでも。いや、もういいんだ。私は家に、一族に必要とされていなかった。だからこんなこと今更なんだ。今更、何も悲しむ必要なんかないんだって。


「ふざけんじゃねぇ!!」


 その時、安達屋さんが怒鳴った。いつもの張り上げた声とは違う、本気の怒りが込められた声だった。


「てめぇの……てめぇの娘だろうが!! 言っちゃならねぇ言葉の区別もつかねぇのか!!」


 その言葉にも父が表情を変えることはない。激情のままに安達屋さんが父へと詰め寄ろうとする。安達屋さんは今、私のために怒ってくれたのだ。それがわかったのとほぼ同時に、背後の扉を開けて誰かが入ってくる音がした。


「おーう安達屋、何吠えてんだぁ? ……おっと、こいつは『大当たり』じゃねぇか」


「てめぇは……南川!?」


 振り返ると、本部で私たちを取り調べした南川さんが入口に立っていた。予想外の乱入者に、私達の動きが止まる。


「安達屋てめぇ、やっぱり七夜史登の居場所を掴んでやがったんじゃねぇか。危ねぇ危ねぇ、先を越されるところだったぜ」


 南川さんは楽しげに笑った。ようやく探し求めていた父を見つけて上機嫌なのだろう。


「ちょっと南川サン! アタシを置いていかないでくださいよ〜!」


「ふむ……なんとも豪華絢爛な教会ですね。このような場所で争いとは、実に嘆かわしい」


 後に続いて、若い女の子と三十代くらいの男の人も入ってくる。女の子の方は金髪でラフな格好をしているが、男の人は南川さんと同様にスーツ姿だ。おそらくはこの二人も本部の関係者なのだろう。


「チッ……つけられてたか? 発信機の類はもれなく検査したつもりだったんだがな」


『こっちでモニターしてた限りでも、尾行されてるとは思えなかったけどね〜……どこからネタを掴んだんだろ』


 安達屋さんと風兎香さんが喋る。確かに本部がこの場所を知る術はなかったはずだ。一体どうして……いや、既にそれは問題じゃない。今考えなければならないのは、次にどう動かなければならないかだ。


「よーし安達屋、てめぇとガキどもはそこで黙って見てろ。特別に本部エリートの仕

 事ってもんを勉強させてやるぜ」


「やめろ南川! 出しゃばるんじゃねぇ!」


「なんだ? やっぱり獲物は取られたくねぇってか? 安心しろ、後でガソリン代くらいはくれてやるよ! オラ、やるぞてめぇら!」


「……えっ、アタシらもやるんスか!? ちょちょ、待って!」


 南川さんが父へ向かって勢いよく駆け出し、仲間の二人もそれに続く。瞬間、私達は判断に迷った。止める理由は無いのだ。本部は決して敵ではない。父を拘束し、事の次第を知りたいのはこちらも同じだ。その理屈が、私たちの足を留めてしまった。


 父は、何も言わずに祭壇から全員を見下ろしている。


「何が選ばれた一族だ! くたびれたおっさん一人怖かねぇぜ!」


 南川さん達が手早く増血剤を体に打ち込んだ。血が覚醒し、それぞれの異能が発動する。


「う、恨みは無いっスけど、ごめんなさいっス!」


「諸行無常……七夜史登、覚悟!」


 三人の攻撃が同時に繰り出される。父が、やられる。私はそう覚悟した。

 しかし、その先の光景が訪れることは決して無かった。代わりにその場に刻まれたのは、永遠となった一瞬だった。


「なっ……」


 背筋にぞくりと寒気が走る。父に飛びかかった三人が、固まったようにその場で制止していた。

 氷だ。父の異能が瞬く間に三人の体を凍結させ、まるでオブジェのように一つの氷塊へと閉じ込めてしまった。

 無論、目を離していた隙などない。それでも反応が遅れるほど、父の異能は高度に洗練されている。教会内の温度が急激に下がっていくのが肌で感じられた。


 父の、淡い水色の瞳がこちらを睨んだ。


「もう一度言う。ここにお前を呼んだのは、誰にも邪魔をされずに始末するためだ」


「二人とも! 扉が!」


 晴人が叫んだ。見れば、入口の扉が見る間に分厚い氷に覆われていく。


「逃がすつもりはねぇってことかよ……クソっ、南川は何しに出てきやがったんだ!」


 安達屋さんが毒づいた。こうなってしまった以上退路はない。


 私達は、血さえ覚醒していれば窒息することはない。骨が折れようが内臓が傷つこうがすぐに治るし、例え胴を寸断されたとて再生するはずだ。しかし、体の芯まで氷漬けになってしまった後で粉々に砕かれたとしたら、流石に生きていられる保証は無い。

 今のこの状況は、南川さん達を人質に取られたも同然だ。彼らを見殺しにするわけにはいかないし、それに、父を人殺しにしてしまうわけにもいかない。


「さぁ、始めよう」


 父が片手を挙げると、その足元から黒い血溜まりが波のように押し寄せてきた。中からはおぞましい外異達が次々に這い出そうとしている。


「風兎香、ここらに雨は降ってねぇはずだよな!?」


『全く降ってないよ! だから外異が出てくるのはおかしい!』


「じゃあやっぱり、七夜史登は化物どもを意のままに操れるってことだな……!」


 外異は天から降る雨の中に含まれる血から湧いてくるとされている。安達屋さん達の反応を見るに、それを人為的に生み出した事例など無いのだろう。


「真白、気をつけろ!」


 晴人が私の目を見て言った。


「あいつの狙いは真白だ。俺達が加勢するまで持ちこたえるんだ!」


 既に晴人の目は青い血の光に包まれている。安達屋さんも増血剤を打った。数え切れないほど現れた外異は、私には目もくれずに二人へと襲いかかる。


「晴人! 安達屋さん!」


「嬢ちゃん、こっちは気にすんな!」


 晴人の言う通り、父は私と二人を分断する気なのだろう。教会のあちこちに拡がった血溜まりからは、更に外異が現れる気配が漂う。私より戦闘経験の豊富な二人でも、この数が一斉に押し寄せてきては、決して長くはもたないはずだ。


 外異の出現を止めるには、元凶である父を倒すしかない。私がやらなくては。強い思いで念じれば、体の中の血は一気に目覚める。血で造り上げた槍を携え、私は父の下へと駆け出した。


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