第12話 ゲーセンデビュー
また、妙な夢を見た気がした。
昨日は遅くまで寝ていたというのに、ラウンジで散々泣き疲れたのか、シャワーを浴びて部屋に戻ってきたらまた眠ってしまった。
スマートフォンで時刻を確認しようとすると、風兎香さんからメッセージが入っていた。そういえば、連絡先を交換しておいたんだっけ。
『これから晴ちんと一緒に買い出しに行くよ〜! 起きたらラウンジに集合ね!』
誰かが自分を待ってくれているというのも変な感覚だ。ソワソワする心に振り回されながら、急いで支度を整えた。
◯
「あっつ〜い! 暑すぎる~!!」
それで、炎天下。八月の日差しは午前中から容赦という言葉を知らず、今日も行き交う人々の頭上から突き刺すように降り注いでいる。
「普段外に出ない私にはキツすぎるよ〜。晴ちんは日傘なくて汗かかないの~?」
風兎香さんは暑いのが苦手らしく、いかにも気だるげな表情でいる。
「うーん、昔から全然かかないんだよな」
「なにそれずる~い。ましろんも意外と平気そうにしてるし~」
「私は夏でもずっと庭園の手入れしてたので、なんだか平気になっちゃって。というか風兎香さん、今日は普通の洋服なんですね」
出会ってから常にバニーだの警官だのと忙しかったその衣装が、今日は一般的なブラウスになっている。
「あ、これ? いや~、コスプレ女が隣を歩いてたらましろんが落ち着かないでしょ?」
「いや、まぁ、確かに……」
バニーガールと並んで天下を歩ける度胸はまだ私には無い気がする。
「前に風兎香さんと買い物した時は酷い目にあった」
晴人が暗い目でぼそりと呟く。
「もう、あの時はごめんって~。アレ以来外では大人しいカッコするようにしてるんだよ」
その時は一体どんな服を着ていたんだろう。聞いてみたいような気もしたが、怖さが勝ったのでやめておいた。
◯
寮からそう遠くないショッピングモールに入ると、心地よい冷風が私達を迎えた。
「私、こういう所初めて入りました……」
見渡す限りのあちこちにお店が立ち並び、家族連れや夏休みの学生達で賑わっている。
「ましろんは箱入り娘だもんね〜」
「はぐれたら二度と会えないぞ」
晴人が真顔で意地悪を言う。
「はぐれないよ! 子供じゃないんだから……」
そうは言いつつも確かに一人になるのは怖いので、風兎香さんの後ろにピッタリくっついて歩くことにする。
「ねぇましろん、それひよこが親鳥について歩く距離感と同じなんだけど〜! かわいい〜!」
「子供だな……」
「ひよこじゃないです! 子供でもない!」
二人して私のことを子供扱いしてくる。世間知らずなのは自分でも認めるけど、私だって来年で成人年齢なのだ。戸籍ないけど。
「ましろん朝ごはんまだでしょ、何か食べる〜?」
「食べます! 何にしようかな……」
「あっ、ハンバーガーにしよっか? 私あれ聞きたい、お嬢様がジャンクフード食べて『こんな美味しいもの初めて知りましたわ〜!』って言うやつ!」
「は、ハンバーガーくらい食べたことありますよ!」
だいぶ昔の、まだ子供の頃にだけど。本当はずっと恋しかった。
結局ファストフード店で二人が期待するリアクションを思いっきりかました後、風兎香さんに連れられてパソコンの部品やら洋服やらを物色する。晴人は荷物持ちだ。
「この服可愛いなぁ〜、買っちゃおうかなぁ〜……でも高いなぁ〜……」
「お給料足りないんですか?」
「ふふ……ましろん、世の中のために命懸けで戦ってるからといって、お金がたくさんもらえるわけじゃないんだよ……」
そう語る風兎香さんの目は死んでいる。どう声をかけていいのかわからずにいると、瞬き一つでパっといつもの明るい風兎香さんの表情に戻った。
「まぁいいや! 洋服のことは置いといて〜……せっかくだし、皆であそこ行ってみない?」
その視線の先にはゲームセンターがあった。そこがどんな場所なのかは、私だってニュースやテレビドラマで見て知っている。
ただ、私にとってはドラマの背景以上の意味はなかった。傍目には眺めても、自分の人生とは全く無縁の場所だと思っていた。
「うわ~コレ可愛い〜! 取れるかな~?」
「風兎香さん、すぐのめり込むんだからほどほどに……」
などと二人はクレーンゲームの前ではしゃいでいる。その後を追うようにして、私も覗き込んでみた。
「あ~取れない! ましろんもやってみる?」
「えっ、いや、私やり方わからないですし……」
「やり方なんてここのボタン押すだけだよ! ほらほら!」
手を引かれ、実際に遊んでみる。私の操作でアームが動き、景品である猫のぬいぐるみの頭をしっかりと掴んだ。
「おおっ、ましろん上手!」
取れた! と喜んだのも束の間、やる気のないアームはぬいぐるみをポイっと手放し、また元の位置へと落としてしまった。
「わっ、掴んだのに!」
「あ~、惜しい! 狙いは良かったんだけどね~」
なるほど、これは想像以上に悔しいな。このぬいぐるみ可愛いし、リベンジしたいところだけど……まだお給料も出ていない身なので、大人しく我慢するしかないな。
「よし! 奥にも行ってみよ! せっかくだし色々遊ばなきゃ!」
その後も教えられるがままに、外異よりも怖い見た目の怪物を銃で打ちまくったり、音楽に合わせてリズムよくボタンを叩いたりしてまわる。
どことなく感じていた緊張も、一緒に遊んでくれる風兎香さんが楽しそうにしているのでほぐれてきた。
「あれ、そういえば晴人は?」
私があたりを見回すと、ゲーム機が立ち並ぶ間から晴人がぬっと姿を現した。
「取れたぞ」
その両腕で白い猫のぬいぐるみを抱えている。さっき私が取れなかったやつだ。
「え~なに、晴ちん取ってきてくれたの~!? 優しいとこあるじゃ~ん!!」
はしゃいだ風兎香さんが晴人の背中をバシバシと叩く。勢い良すぎてちょっと痛そうだけど。
「真白、いるか?」
「いるか! いるかって! 不器用なパパじゃ~ん! あだっちーみた~い!」
本気で爆笑している風兎香さんの隣でぬいぐるみを受け取る。
「貰っちゃっていいの?」
「ん」
「ありがとう……大事にするね!」
照れくさいけど、素直に嬉しい。ぬいぐるみを抱くと、もふもふの毛並みを温かく感じた。
「そうだ、今日の記念に写真取ろうよ! その猫ちゃんも一緒に!」
個別のブースに三人で入り、並んでポーズを取る。出来上がった画像のデータに日付やらを落書きすると、その場で写真が印刷されて出てきた。
……私にもできたな、大切な宝物。
一人でこっそりと幸せを噛み締めながら、写真を大事に財布の中へとしまった。
〇
「このあたりでいいかな……」
買い物を終えて寮の部屋へと戻ってくると、早速貰った猫のぬいぐるみを窓辺に置くことにした。
……可愛い。たったこれだけで質素だった部屋が少し華やいだような気がする。
「にゃ~ん、にゃんにゃ~ん」
そんな鼻歌とも鳴き声ともつかない音が自分の喉から漏れていることに気がつく。誰も聞いてやしないとわかっていても、猛烈に恥ずかしくなってきた。自分でも気づかないうちにだいぶテンションが上っていたみたいだ。
二人が買い物に連れ出してくれたのも、今夜父とまみえる前に息抜きをさせてくれたのだろう。本当にいい人達に出会えたと思う。
昨晩調べに帰った実家の自室を思い返す。あの部屋には、誰かからの贈り物なんてなかった。だから本来湧くべき愛着も、思い出したくなる記憶も無かったのかもしれない。
私にとって、家ってなんなんだろう。父にとって、私ってなんだったのだろう。生まれてからずっと答えを見つけられずにいたその疑問に、今夜正面から向き合わなければいけないのだという気がした。




