第11話 一人じゃない
「おはよう、ございまぁ〜す……」
「おはよ〜ましろん。もう夜だけどね〜」
ラウンジの時計を見れば十九時を回った所だった。全く時間の感覚がない。まだ頭がハッキリしてないのがわかる。
結局、南川さんがいなくなった後も他の人達からの質問責めは続き、その度に叩き起こされ、かと思えば時にひたすら待たされ、お茶のひとつすら出てこず……思い出したら腹が立ってきたな。
結局この寮に戻ってこれたのが朝の八時過ぎの事だ。夜更かしなんて経験したことがない私はそのまま倒れるように眠りにつき、こうして摩訶不思議な昼夜逆転の世界を味わっている。
「いや〜災難だったねぇ三月風兎香さん。どうどう? ちゃんと隠し通せた?」
「あっ、はい。大丈夫だったと思います。多分……」
そこまで厳しく身元を調べられた訳ではないので、私と父の繋がりには気づかれなかったはずだ。寝不足のヘタくそな演技で「ワタシハミツキフウカデス!」と言う度に隣に座る晴人が笑いを堪えていたのも思い出したら腹が立ってきたな。
と思ったら、キッチンから晴人がひょっこり顔を出してくる。
「お。起きたか、ミツキフウカさん」
「それ次言ったら槍でつつくからね」
ラウンジをよく見わたすと、奥のソファでは安達屋さんが居眠りをしていた。
「お昼過ぎには起きてきたんだけどね〜」
無理もない。帰りの車も運転してくれていたし、一番疲れが溜まっていることだろう。
「よし、じゃあご飯作るよ。出来上がったら安達屋さん起こしてくれ」
「うん、ありがとね、晴人」
私も椅子に腰かける。私達の戦いなど欠片も映っていない、平和なニュース番組を眺めながらシェフの料理が出来上がるのを待った。
◯
「ごちそうさまでした」
洗い物を手伝い、テーブルを綺麗に拭き上げる。今日は皆口数が少なめだった。疲れているのか、昨夜のことを考えているのか。食後の小休止を終えた後、風兎香さんが口を開く。
「そんじゃ〜まぁ、ざっくり昨日の振り返りしておく〜?」
壁のモニターに映像が映し出されると、その周りに全員が集まった。
「ましろんのお父さんの姿はこっちでも確認してたよ、あだっちーのインカムにはカメラもついてるからね。でも……」
安達屋さんの視点で、父と交戦している映像が進んでいく。増血剤を打ち、距離を詰めたその時、唐突に父の姿が消えた。
「薄暗くてわかりづらいけど、やっぱり突然いなくなったように見えるよね。何かそういう異能でも持ってるのかな?」
「ごめんなさい、私も父が戦っている所を実際に見たのは初めてで……私が知っているのは、血を氷のように変えて操れるっていうことだけです」
「氷ねぇ……氷でできた鏡みたいなものを造って、実はあだっちーが戦ってたのはそこに映った虚像だったとか?」
その言葉に安達屋さんが唸る。
「向き合って戦った手応えとしちゃあ、やつは生身の人間そのものだったがな」
しばらく全員で考え込んでみても、答えは出てきそうになかった。
「とにかく、これでまた嬢ちゃんの親父さん探しは振り出しに戻っちまったってわけだ」
「またましろんのお屋敷に行けば会えたりしないかな?」
「いや、もう本部の監視が厳重になっちまって近づけねぇよ」
「……あの、私、去り際に父から声をかけられました。『二日後の夜、教会で待つ』って……」
これは本部の人達には喋っていないことだ。風兎香さんが私の顔を覗きこむ。
「教会? それってどこの?」
「家と縁が深い教会はいくつもありますけど、多分父が指してるのは東京の西にあるところだと思います。そこなら私も何度か行ったことがあるので……」
「なるほどね〜、そこでましろんのお父さんが待ってると」
「はい。普段はあまり使われていないところなので、もしかしたら本部の人達もマークできてないかもしれません」
そこまで語ったところで、安達屋さんがポンと手を打ち鳴らした。
「昨日の二日後ってつまり、もう明日ってことじゃねぇか! よっしゃ待ってろ七夜史登、今度こそ何考えてんのか洗いざらい聞き出してやるぜ」
「いえ、もう皆さんの手は借りられませんので」
キッパリと宣言する。珍しく私が自分の意見を言うものだから、皆は驚いたように固まった。
「父はもうまともじゃありません。外異だってあんなに連れて……また戦いになれば、次は無事じゃ済まないかもしれないんですよ」
そう語る私を、晴人が鋭い視線でたしなめた。
「一人で行く気か?」
「だってこれは、私の家の問題だから。これ以上、皆さんに迷惑をかけるわけには……」
「一人でどうにかできるのか?」
「それは、わからないけど……だって、私がやらなきゃ。それに私、お金もないし、何も皆さんに返せるものが……」
この人達は、とても優しい。きっと私のことを無責任に放り出したりはしないのだろう。だからこそだ。こんなに優しい人達が、私なんかに関わってしまったせいで傷ついてしまうなんて。そんなこと、絶対に許されるはずがないのだから。
「だから、私はこれ以上ここにはいられません……私は、一人で……」
言葉に詰まってしまった私を見て、安達屋さんが穏やかな声音で告げた。
「なぁ嬢ちゃん、良かったら正式にウチのメンバーにならねぇか?」
「え……?」
「中年になるまで無駄に歳食ってわかってきたことだけどよ、この世の中、一人で出来ることなんざ思った以上に限られてんだ。困った時は、素直に誰かに頼るのが吉ってもんだぜ」
そう言うと、照れくさそうに頭を掻きながら続ける。
「それに、俺たちゃ化物退治が仕事のはぐれ者だからよ! 外異探さねぇと上からの補助金も降りてこねぇんだ! こんな美味しいネタ聞いちまったら、嬢ちゃん抜きでもホイホイ行っちまうぜ!?」
なんて答えていいのかわからずにいると、風兎香さんがそっと両手で私の手を包み込んだ。
「あのねましろん。ほんとに辛い時はね、誰かに助けてもらっていいの。自分一人で抱え込む必要なんて、この世界のどこにもないんだよ」
そのまま私の身体を抱き寄せ、優しく受け止めてくれる。
「誰かに助けてもらう時に、自分が何を差し出せるかなんて考える必要は無いんだよ。理由ばっかり探して、自分のことを責めないであげてね」
風兎香さんの髪と頬。柔らかくて、良い匂いがする。
誰かと触れ合うだけでこんなにも安心できるなんて、私、今この時まで知らなかった。安達屋さんと晴人が静かにラウンジから出て行ってくれる。涙で服を濡らしてしまっても、風兎香さんはじっと私を抱きしめてくれていた。
◯
夜の帳が落ちた都心は、地上に無数の星々が輝く。
天を貫くような超高層マンションの屋上。その隅に腰掛けながら、眼下の夜景を一望する影があった。住宅や商業施設、街灯、車のライト……眠らない街とさえ言われる東京の灯りは、一晩中決して消えることがない。
「……くだらない。目障りなだけ」
やがてその隣に並ぶように、上空から青い軌跡を描いて一人の少年が降り立った。両者はしばらく無言のまま佇んでいたが、やがて少年の方がゆっくりと口を開いた。
「真白は強い人間だ。あいつは戦うつもりでいる」
それを受けて、黒い影も吐き捨てるように語った。
「そう。身の程知らずの出来損ない。一人じゃ何もできないくせに」
月明かりがその姿を照らし出す。漆黒のドレスを纏った可憐な少女の姿を。
「私の邪魔をしたら、どうなるかわかってるよね?」
それだけ言い残すと、少女は瞬きする間に黒い血溜まりとなって夜闇に溶けていった。




