第87話 ー『家族が夏美に会う』
第87話 ー『家族が夏美に会う』
2026年6月19日(金)——午後4時0分。
世田谷·キサラギ家——玄関先。
午後の日が西に傾き始め、キサラギ家の前の庭に長い影を落としている。街路樹の木々が風に揺れ、鳥たちが葉の間でさえずっている。世田谷の午後は静かで穏やかだ。忙しい東京の喧騒とは無縁の場所。
樹はさっき丸の内からZeekrで戻ってきたばかりだった。真珠のような白いSUVを道路の端に停め、手に小さな箱を持って車を降りる。父に渡す書類が入っている。彼が玄関へ向かうと、思いがけない光景が目に飛び込んできた。
夏美が家の門の前に立っている。手に茶色い封筒を持って。白いブレザーにロングスカート——きちんとしているがカジュアルな装いだ。長い黒髪を下ろし、その笑顔はいつも通り明るい。
「夏美? どうしてここに?」
夏美が振り返り、大きく笑顔を見せた。「樹! 書類を届けに来たんだ。志織さんが、ちょうど近くを通るからって、代わりに届けてほしいって。」彼女は手に持った封筒を少し持ち上げた。「……でも、ここが君の家だとは知らなかったよ。」
樹は近づき、小さく微笑んだ。「……ここは実家だよ。今は恵比寿に住んでる。」
夏美は瞬いた。「……ああ! てっきり君の家かと思ったよ。」彼女は小さく笑った。「……ごめん、知らなくて。」
樹が答える前に、家のドアが開いた。千春がエプロン姿で現れ、温かい笑顔を浮かべている。その目はすぐに夏美に向けられた。
「あら! お客様ね!」千春が外に出て、親しみやすい好奇心で夏美を見つめた。「……樹、この方は?」
樹は静かに息を吐いたが、微笑んだ。「……母さん、この人は夏美だよ。橘夏美。俺の幼なじみ。」
千春は瞬きをし、そしてその笑顔がさらに広がった。「……夏美ちゃん? 橘夏美ちゃん? 昔、よく樹と一緒に遊んでいたあの子?」
夏美は丁寧に一礼した。「……はい、千春おばさん。久しぶりです。お邪魔してすみません。」
千春はすぐに近づき、温かく夏美の手を握った。「……全然お邪魔じゃないわ! 入って、入って! ちょうどお菓子を焼いたところなの。食べてみて!」
夏美は千春の温かい歓迎に少し驚いたが、微笑んだ。「……ありがとうございます、おばさん。お手数をおかけします。」
「……全然手間じゃないわ!」千春は夏美を家の中へ引っ張っていった。「……久しぶりに会ったわね! 最後に会った時は、まだ高校生だったでしょ!」
樹は後ろからついていき、そのやり取りを見て微笑んだ。母はいつも客に親切だが、昔から知っている人に会う時には特に温かさがある。
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午後4時15分——リビング·家族との対面。
リビングの雰囲気は温かく賑やかだった。千春は既にお茶とお菓子をコーヒーテーブルに用意し、夏美は少し照れくさそうだが明るい笑顔でソファに座っている。樹はその隣に座り、状況を説明しようとしていた。
正則が書斎から現れ、その目はすぐに夏美に向けられた。いつもは冷静なその表情が少し和らいだ。「……橘夏美? 物流会社の橘さんの娘さんか?」
夏美は頷き、丁寧に一礼した。「……はい、正則おじさん。父がよくあなたのことを話していました。」
正則は頷き、いつもの席に座った。「……お父さんはいい人だ。以前、いくつかのプロジェクトで一緒に仕事をしたことがある。」彼はより温かい眼差しで夏美を見た。「……大きくなったな。最後に会った時は、まだ小さかった。」
夏美は微笑んだ。「……随分経ちましたね、おじさん。でも、小さい頃に正則おじさんから飴をいただいたのを覚えています。」
正則は小さく微笑んだ。めったに見せない笑顔だ。「……あれを覚えているのか?」
「……はい。人の親切は決して忘れません。」
部屋の雰囲気はさらに温かくなった。千春は皆が快適に会話しているのを見て満足そうに微笑んだ。
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午後4時30分——リビング·留奈と美咲が降りてくる。
留奈が急ぎ足で階段を駆け下りてきて、その目はすぐに夏美に留まった。最後の一段で立ち止まり、見知らぬ客を好奇心旺盛に見つめた。
「……お兄ちゃん、この人は誰?」
樹は妹の方を見た。「……留奈、この人は夏美だよ。俺の幼なじみ。」
留奈は近づき、夏美を頭の先からつま先まで好奇心たっぷりに見つめた。「……幼なじみ? 全然聞いたことないよ!」
夏美は微笑んだ。留奈の率直さに気を悪くした様子はない。「……樹とは小学校からの友達なんだ。でも、高校卒業と同時に離ればなれになったんだ。」
留奈は夏美の近くのソファに座り、まだ好奇心を隠さない。「……じゃあ、お兄ちゃんの小さい頃を知ってるんだ?」
夏美は頷いた。「……うん。たくさん知ってるよ。」
留奈の目が輝いた。「……どんな話? 教えて!」
夏美が答える前に、美咲がよりゆったりとした足取りで階段を降りてきた。その目は素早く動く。夏美から樹へ、そして家族の温かい表情へ。彼女は向かいの椅子に座り、静かに観察した。
「……こんにちは。私は美咲、樹の妹です。」
夏美は丁寧に一礼した。「……橘夏美です。お会いできて嬉しいです、美咲さん。」
美咲は頷いたが、その目は注意深いままだ。「……で、君はお兄ちゃんの幼なじみなんだって?」
「……ええ。小学校から一緒でした。」
美咲は目を細めたが、その笑顔は変わらず親しみやすい。「……面白いね。お兄ちゃんの昔の話を聞いてみたいな。」
夏美は微笑んだ。自分が注目の的になることを分かっている笑顔だ。「……たくさんあるよ。」
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午後4時45分——リビング·小春が加わる。
小春が部屋の隅から静かに現れた。樹の近くのソファに座り、いつものように静かで観察力のある目で夏美を見つめた。
夏美は小春を見て、その少女の中に何か違うものを感じた。「……君が小春だね? 樹が君のことを話してたよ。」
小春は瞬きをし、少し驚いた。「……お兄ちゃんが私のことを?」
夏美は頷いた。「……一番静かな妹だけど、いつも小さなことに気づくって言ってたよ。」
小春は小さく微笑んだ。見知らぬ人の前ではめったに見せない笑顔だ。「……お兄ちゃんは大げさだよ。」
樹は小さく微笑み、否定しなかった。
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午後5時0分——リビング·樹の昔話。
千春がさらに茶菓子を運び、全員がくつろいだ雰囲気で座っていた。夏美は樹が子供の頃の話を始めた。真面目すぎた樹、いつも友達を助けていた樹、そして決して疲れたと認めなかった樹について。
「……中学の時ね。」夏美はいたずらっぽい笑顔で言った。「……樹が自転車から落ちて、膝が血だらけになったのに、平気なふりをして歩き続けたんだ。」
留奈は笑った。「……えっ? お兄ちゃんが?」
夏美は頷いた。「……結局、私が彼を保健室に連れて行って、無理矢理手当てしてもらったんだ。」
美咲は微笑んだ。意味深な笑顔だ。「……お兄ちゃんはいつもそうだよね。弱みを見せたがらない。」
樹は息を吐いたが、その笑顔は消えなかった。「……もう変わったよ。」
夏美は優しい眼差しで樹を見た。「……うん、変わったね。でも、いくつかは変わってない——まだ弱みを見せたがらないところ。」
小春が静かに聞いていたが、小さな声で付け加えた。「……お兄ちゃんは前よりはオープンになった。でも、まだ隠してることがある。」
皆が小春の方を見た。樹は末っ子の妹を、読み解くのが難しい表情で見つめた。
「……小春、どういう意味だ?」
小春は小さく微笑んだ。「……お兄ちゃんはたくさんのことを隠してる。でも……いつか教えてくれるって信じてる。」
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午後5時30分——リビング·美咲が直接尋ねる。
今までずっと聞いていた美咲が、より真剣な口調で質問した。
「……夏美さん、一つ聞いてもいい?」
夏美は頷いた。「……もちろん。」
「……お兄ちゃんは昔から本当にああだったの? いつも真面目で、心を閉ざして?」
夏美はしばらく考えた。「……うん。樹は昔からそうだった。いつも強くなろうと頑張ってた。弱みを見せたがらなかった。でも……」彼女は優しい眼差しで樹を見た。「……その裏側で、彼はとても優しい人間だった。いつも友達を助けてた。決して認めようとしなかったけど。」
美咲は頷いた。まるで自分が予想していたことの確認を得たかのように。「……やっぱり、お兄ちゃんは昔からそうだったんだ。」
樹は息を吐いた。「……俺はここにいるんだけどな。」
皆が笑った。
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午後6時0分——台所·千春と夏美。
千春は夏美を台所に呼び、料理の手伝いを頼んだ。夏美は喜んで従い、二人は温かく会話を交わした。
「……夏美ちゃん、来てくれて嬉しいわ。」千春は野菜を切りながら言った。「……久しぶりに会ったわね。」
夏美は微笑んだ。「……私もおばさんに会えて嬉しいです。おばさんは昔と同じで——優しくて温かい。」
千春は小さく笑った。「……君も昔と同じね、夏美ちゃん。いつも話し上手で。」
夏美は微笑んだ。「……いい人から学びましたから。」
千春は注意深い眼差しで夏美を見た。「……夏美ちゃん、樹と……まだ仲良くしてるの?」
夏美はしばらく考えた。「……何年かぶりに再会したばかりです。でも……また会えて良かったです。」
千春は微笑んだ。意味深な笑顔だ。「……樹は子供の頃、よく君の話をしてたよ。君はいい友達だって。」
夏美は胸に温かいものを感じた。「……樹も、私にとってずっと良い友達でした。」
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午後6時30分——リビング·全員集合。
全員がリビングに集まった。千春、正則、樹、夏美、美咲、留奈、小春。雰囲気は温かく、笑い声が絶えない。留奈は樹の過去について次々と質問し、夏美は辛抱強く面白おかしく答えた。
「……じゃあ、お兄ちゃんは数学のテストで泣いたことがあるの?」留奈は目を輝かせて尋ねた。
夏美は笑った。「……泣いたわけじゃないけど、すごく悔しがってたよ。二日間、誰とも話そうとしなかった。」
美咲は微笑んだ。「……お兄ちゃんは今もそうだよね。何か問題があると、黙り込んじゃう。」
樹は息を吐いた。「……俺はここにいるんだけどな。」
皆がまた笑った。
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午後7時0分——家の前·別れ。
夜が訪れ始め、夏美は帰る準備をした。千春が温かく抱きしめ、正則が親しみやすく頷いた。
「……夏美ちゃん、また来てね。」千春が言った。「……いつでもご飯を作るから。」
夏美は微笑んだ。「……ありがとうございます、おばさん。また来ます。」
留奈が熱心に手を振った。「……また来てね、夏美さん! お兄ちゃんの話をもっと聞かせて!」
美咲が親しみやすく頷いた。「……お会いできて嬉しかったです、夏美さん。」
小春が小さく微笑んだ。「……またね。」
樹が夏美を門まで見送った。二人は薄暗い街灯の下に立ち、夜の静けさに囲まれていた。
「……樹、君の家族はとても温かいね。」夏美は心から言った。「……会えて良かったよ。」
樹は微笑んだ。「……皆も君に会えて嬉しかったって言ってた。」
夏美は優しい眼差しで樹を見た。「……幸せ者だね、樹。こんな家族がいて。」
樹は頷いた。「……分かってる。」
夏美は微笑み、そして手を振った。「……じゃあね、樹。また連絡するよ。」
樹は夏美の後ろ姿を見送り、説明できない温かさを感じた。
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【次話 第88話——『昔の樹』】
夏美が樹の子供時代について家族に話す。彼らは今まで見たことのない樹の一面を知る。幼い頃から樹がいかに自立しすぎていて、自分に厳しすぎたかを。千春は、樹が大丈夫だと決めつけすぎていたかもしれないと気づく。正則は黙り込み、樹が仕事を始めてから本当に彼の苦労を理解していなかったかもしれないと考える。
【第88話へ続く……】




