第86話 ー『幼なじみと秘書』
第86話 ー『幼なじみと秘書』
2026年6月18日(木)——午前10時0分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階·待合室。
その部屋は社長室よりは小さいが、それでもエレガントだった。濃い色の木の壁、クリーム色の革張りのソファ、清潔な大理石のコーヒーテーブル。天井の埋め込み式照明が温かくプロフェッショナルな雰囲気を作り出している。部屋の隅には、最新のビジネス誌が並んだ雑誌ラックがある。
夏美はソファに座り、手に緑茶の湯呑みを持ち、樹が社長室での電話を終えるのを待っていた。彼女はこのビルに一時間も滞在しており、見る場所ごとに、樹が本当に素晴らしいものを成し遂げたのだと確信を深めていた。
待合室の扉が開き、志織が優雅な足取りで入ってきた。白いブレザー、きちんと結わえた髪、そして温かいプロフェッショナルな微笑み。
「お待たせしました、夏美様。如月さんは大事な電話中ですが、もうすぐ終わります。」
夏美は微笑み、首を振った。「……大丈夫です、志織さん。この場所をもっと見られて嬉しいです。」
志織は向かいのソファに座り、膝の上にタブレットを置いた。「……このビルはいかがですか?」
夏美は部屋の中を見渡した。「……とても印象的です。樹が——」彼女は言葉を止め、他人の前で樹を名前で呼ぶことにまだ慣れていないことに気づいた。「——如月さんがこんなオフィスを持っているなんて、想像もしていませんでした。」
志織は微笑んだ。神秘的だが不審には思われない笑顔だ。「……彼はあまり話したがりませんが、これら全てを達成するために一生懸命働いてきました。」
夏美は頷き、好奇心を持って志織を観察した。この女性は樹のパーソナルアシスタントだ。日常生活で最も彼の近くにいる人。夏美は二人の関係がどの程度近いのか気になった。
「……志織さん、お聞きしてもよろしいですか?」
「……はい、どうぞ。」
「……如月さんと一緒に働いてどのくらいですか?」
志織はしばらく考えた。「……実は数週間です。でも、ずっと一緒にいるように感じます。毎日とても密に仕事をしていますから。」
夏美は頷き、胸に奇妙な感覚を覚えた。嫉妬ではない。ただ、樹がどう変わったのかについての好奇心だ。
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午前10時15分——待合室·会話は続く。
会話はより軽い話題に移った。夏美はフリーランスのジャーナリストとしての仕事、魅力的な記事を書くことの難しさ、そして言葉の世界がどれほど好きかについて語った。志織は注意深く聞き、時折微笑んだり頷いたりした。
「……ビジネスとライフスタイルについて書かれているのですか?」志織が尋ねた。
「……ええ。面白いストーリーを持つ人々について書くのが好きなんです。彼らの旅、彼らが直面した課題、そしてどうやって成功したかについて。」夏美は微笑んだ。「……如月さんはとても面白いストーリーをお持ちです。」
志織は微笑んだ。「……ええ。彼は確かにユニークなストーリーを持っています。」
夏美は好奇心を持って志織を見た。「……志織さん、如月さんと最初にどうやって出会ったのですか?」
志織は銀座での出会いを思い出した。「……銀座のデパートででした。私は当時カスタマーサービスで働いていて、彼が商品を買いに来たんです。少し話をして……彼は私にパーソナルアシスタントとしての仕事をオファーしてくれました。」
夏美は眉を上げた。「……いきなりですか?」
志織は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……いきなりです。その時は彼が頭がおかしいんじゃないかと思いました。でも……今では彼がとても善良な人だと分かっています。」
夏美は胸に温かいものを感じた。かつて知っていた樹——いつも真面目で心を閉ざしていた樹——が、今ではデパートの見知らぬ人に仕事をオファーできるほど自信を持った人間になっている。
「……本当に変わったんだね、樹。」
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午前10時30分——待合室·夏美が志織の持ち物を見る。
夏美がさらに質問しようとした時、彼女の目はあるものに留まった。志織の脇のテーブルの上に、エレガントなポルシェのロゴが付いた車のキーがある。普通のキーではない。特別なデザインのキーで、その車が普通の車ではないことを示している。
「……志織さん、この車、あなたのですか?」夏美はそのキーを指さしながら何気なく尋ねた。
志織はそのキーを見て、小さく微笑んだ。「……はい。ポルシェ・パナメーラ・エグゼクティブです。」
夏美は瞬いた。「……ポルシェ・パナメーラ・エグゼクティブ? それはとても高価な車ですね。」
志織は頷いた。誇らしげではなく、心からの感謝の気持ちを込めて。「……如月さんからの贈り物です。」
夏美は固まった。「……樹があなたに車を?」
志織は微笑んだ。「……ええ。私の仕事への感謝の気持ちとして。」
夏美は言葉を失った。彼女は志織を見た。エレガントでプロフェッショナルな女性。今や幼なじみからポルシェを贈り物として受け取っている。かつてはいつも倹約し、出費を計算していた樹が、今やアシスタントに高級車を贈っている。
「……わあ……」
志織は夏美の表情を見て、すぐに謙虚な口調で付け加えた。「……彼にはとても感謝しています。でも、あの車だけが彼からいただいた贈り物ではありません。」
夏美はさらに興味を持った。「……他には?」
志織は手を差し出し、夏美はその手首に巻かれたエレガントな時計を見た。ジャガー・ルクルト·レベルソ。白い文字盤に茶色のレザーストラップ。裏側には、はっきりとは読めない彫刻が見える。
「……これも彼からの贈り物です。ジャガー・ルクルト·レベルソです。」
夏美は近づき、その時計の細部を見た。「……とても美しいですね。」
志織は微笑んだ。「……彼はいつも細かいところに気を配ります。これを贈ってくれた時、裏側に私の名前を日本語と中国語で刻んでくれたと言っていました。なぜなら、私は二つの文化をつなぐ人間だからと。」
夏美は胸に奇妙な感覚を覚えた。感嘆と驚きが入り混じった感覚だ。かつて知っていた樹は、そんなに気を配る人間ではなかった。かつて知っていた樹は、そんなに……ロマンチックではなかった。
「……わあ……」
志織は夏美の表情を見て、微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……彼はとても善良な人です、夏美さん。私は彼と一緒に働けて本当に幸運です。」
夏美は頷き、今聞いた全てをまだ消化しようとしていた。「……それがよく分かるよ。」
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午前10時45分——待合室·夏美が志織のブレスレットを見る。
夏美は志織のもう一方の手首を見て、エレガントなローズゴールドのブレスレットに目を留めた。繊細な彫刻が施されたカルティエのラブブレスレットだ。
「……それもカルティエですよね?」
志織は頷き、夏美がもっとよく見えるように手を少し上げた。「……ええ。カルティエのラブブレスレットです。これも如月さんからの贈り物です。」
夏美は首を振り、半ば信じられない思いで言った。「……樹がアシスタントにカルティエにポルシェにジャガー・ルクルトを贈るなんて?」
志織は微笑んだ。「……彼は、私に認められていると感じてほしいと言っていました。」
夏美は言葉を失った。彼女は志織を見た。エレガントでプロフェッショナルな女性。今や樹からポルシェ、カルティエ、ジャガー・ルクルトを贈り物として受け取っている。夏美は、樹が根本的に変わったことに気づき始めていた。富だけでなく、周囲の人々への接し方も。
「……樹、本当に変わったんだね。」
志織は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……ええ。でも、その変化は良いものです。」
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午前11時0分——社長室·樹が合流。
社長室の扉が開き、樹がゆったりとした足取りで入ってきた。彼は温かく話し合っている夏美と志織を見て、小さく微笑んだ。
「……待たせてごめん。電話が思ったより長くなってしまった。」
夏美は新たな表情で樹を見つめた。感嘆と好奇心が入り混じった表情だ。「……樹、さっき志織さんがもらったものを見せてもらったよ。」
樹は瞬きをし、少し驚いた。「……ああ?」
「……ポルシェにカルティエにジャガー・ルクルト……」夏美は首を振った。「……本当に変わったね、樹。」
樹は小さく微笑み、彼らの向かいの椅子に座った。「……ただ、周りの人に認められていると感じてほしかっただけだ。」
夏美は優しい眼差しで樹を見た。「……成功してるよ、樹。」
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午前11時30分——社長室·くつろいだ会話。
三人は様々なことについてくつろいだ会話をした。仕事、人生、未来について。夏美は書く予定の記事について話し、志織は興味深い視点についてアドバイスをした。
「……この話の人間的な側面に焦点を当てるべきだと思います。」志織が言った。「……数字や物件だけでなく、この成功の背後にいる人々について。」
夏美は頷き、そのアドバイスをメモした。「……良いアイデアですね、志織さん。」
樹は全てを小さな微笑みを浮かべて聞いていた。心の中に温かい何かがあった。夏美と志織が緊張や競争もなく、快適に話しているのを見て。
「……君たちが会えて良かったよ。」
夏美はいたずらっぽい笑顔で樹を見た。「……私たちが君のことを話し合っても怖くないの?」
樹は眉を上げた。「……何の話だ?」
志織は微笑んだ。謎めいた笑顔だ。「……夏美さんには、あなたの子供時代についての面白い話がたくさんあるでしょうね、如月さん。」
樹は胸に奇妙な感覚を覚えた。「……やめてくれよ。」
夏美は声を出して笑った。陽気で温かな笑い声だ。「……遅かったよ、樹。もう材料を集め始めてるんだから。」
樹は息を吐いたが、その笑顔は消えなかった。「……俺はまずいことになったな。」
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午後0時0分——社長室の外·夏美と志織。
夏美と志織は社長室の外に立ち、小声で話していた。
「……夏美さん、お会いできて嬉しいです。」志織は心から言った。「……あなたは良い方ですね。」
夏美は微笑んだ。「……私も会えて嬉しいよ、志織さん。あなた……本当に樹のことを大事に思ってるんだね?」
志織は躊躇なく頷いた。「……ええ。彼はとても善良な人です。彼と一緒に働けることを光栄に思っています。」
夏美は深い眼差しで志織を見た。「……それがよく分かるよ。そして……彼のそばにあなたのような人がいてくれて嬉しい。」
志織は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……ありがとうございます、夏美さん。」
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【次話 第87話——『家族が夏美に会う』】
夏美が樹に何かを届けた後、偶然キサラギ家と出会う。千春はすぐに夏美を気に入る。美咲は好奇心旺盛で、留奈は非常に熱心で、小春は静かに観察する。正則は橘家のことを知っている。雰囲気は温かい家族コメディとなり、美咲は夏美に過去の樹について尋ねる。
【第87話へ続く……】




