第76話 ー『留奈とお兄ちゃんの新しい世界』
第76話 ー『留奈とお兄ちゃんの新しい世界』
2026年6月8日(月)——午前10時0分。
世田谷·キサラギ家——リビング。
留奈はリビングのソファに座り、スマホを手に、さっき樹から届いたばかりのメッセージを読んでいた。兄は恵比寿のマンションの住所を送り、いつでも遊びに来ていいと書いてきた。留奈は満面の笑みを浮かべた。ずっと兄の新しい住まいを見たかったのだ。
「……今日、恵比寿に行く!」
留奈がリビングから叫ぶと、千春が台所から心配そうな声を返した。「……恵比寿? 一人で?」
「うん、お母さん! お兄ちゃんが招待してくれたの!」留奈はもう着替えのために階段を駆け上がっていた。「夕方には帰るから!」
千春は反論する間もなかった。留奈は既に自分の部屋のドアの向こうに消えていた。部屋の隅に座っていた美咲は、興味深そうに眉を上げた。何も言わなかったが、留奈が樹のマンションで何を見つけるのか気になっていた。
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午前10時30分——恵比寿への道。
留奈は世田谷から恵比寿へ向かう電車に乗り、ワクワクした気持ちでいっぱいだった。兄のマンションに行くのは初めてだ。今まで樹はいつも中野の狭くて古いワンルームアパートに住んでいた。留奈は新しいマンションも少しはマシになっているだろうと思っていたが、何か特別なものを想像していたわけではなかった。
電車が恵比寿駅に到着し、留奈は明るい足取りで降りた。スマホのナビに従い、高級マンションや有名レストランが立ち並ぶエレガントな恵比寿の街を歩いた。
「……わあ、この辺りおしゃれだな……」
留奈は小声で呟き、周囲の現代的な高層マンションを見渡した。兄がどこに住んでいるのか、ますます気になり始めた。ナビによると、樹のマンションは駅の近くで、徒歩数分の距離だった。
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午前10時45分——樹のマンションの前·外観。
留奈は一棟の高級マンションの前に立ち止まった。ガラスと白い大理石のファサードで、大きなガラス扉の向こうにはエレガントなロビーが見える。外には高級車が何台か専用駐車場にきれいに停められている。ロールス・ロイス、メルセデス、そして留奈が雑誌でしか見たことのないような車たち。
「……ここが……お兄ちゃんのマンション?」
留奈はその建物を目を見開いて見つめた。兄がこんな場所に住んでいるなんて想像もしていなかった。彼女は近づき、入口に金色の文字で書かれた建物の名前を読んだ。
「恵比寿レジデンス——プレミアムタワー」
留奈が大きなガラス扉を開けると、きちんとした制服の警備員がプロフェッショナルな微笑みで迎えた。
「こんにちは、お嬢様。何かお手伝いできますか?」
「……あの……如月樹を探しているんです。私の兄なんです。」
警備員はタブレットを確認し、頷いた。「……かしこまりました、お嬢様。どうぞお入りください。二十五階の二五〇一号室です。」
留奈は礼を言い、エレベーターへ向かった。二十五階のボタンを押すと、エレベーターは速く滑らかに上昇した。
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午前11時0分——二十五階·廊下。
エレベーターの扉が開き、留奈は広くエレガントな廊下に足を踏み入れた。壁は濃い色の木で覆われ、埋め込み式の照明が温かな雰囲気を作り出している。分厚いカーペットが床を覆い、廊下の突き当たりには一つのドアだけがあった。二五〇一号室のドアだ。
留奈は近づき、心臓の鼓動が速くなるのを感じた。インターホンを押すと、数秒後、ドアが開いた。
樹が温かい微笑みを浮かべて立っていた。グレーのカジュアルシャツにジーンズ姿だ。「……留奈! 入っておいで。」
留奈は目を見開いて兄を見つめた。「……お兄ちゃん……ここ……ここが君のマンション?」
樹は小さく微笑んだ。「……そうだよ。入って。」
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午前11時10分——マンションの中·リビング。
留奈が足を踏み入れると、目を見張った。リビングは広い。かつて樹が中野に住んでいたワンルームアパート全体よりもずっと広い。天井までの大きなガラス窓からは壮観な東京の景色が広がっている。エレガントな白い革張りのソファ、大理石のコーヒーテーブル、そして壁には高価な絵画が飾られている。
「……お兄ちゃん……これ……」
樹はキッチンへ歩き、冷蔵庫を開けてミネラルウォーターのボトルを二本取り出した。「……何か飲む?」
留奈は答えなかった。まだゆっくりと部屋の中を歩き回り、自分の目を信じられなかった。彼女は大きなガラス窓へ歩き、眼下に広がる東京の街並みを見つめた。
「……お兄ちゃん……ここ……普通のマンションじゃないよね……」
樹は微笑み、ソファに座った。「……そうだね。でも、ここは落ち着くんだ。」
留奈は振り返り、驚きと困惑が入り混じった表情で樹を見つめた。「……不動産と投資の仕事をしてるって言ってたけど……でも、これ……」
樹は頷いた。「……ああ。うまくいってるんだ。」
留奈は兄の向かいのソファに座り、今見たものをまだ消化しようとしていた。「……お兄ちゃん……本当に成功したんだね?」
樹は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。「……ああ。成功したよ。」
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午前11時30分——マンションの中·簡単な見学。
樹は留奈をマンションの中へ案内した。広い二つの寝室、設備の整ったモダンなキッチン、そして街の景色を望む大きなバスタブのあるバスルーム。留奈は部屋を見るたびにますます驚いた。
「……お兄ちゃん……これ、豪華すぎるよ……」
樹は小さく笑った。「……もう慣れたよ。でも、中野のワンルームに住んでいた時のことはまだ覚えてる。」
留奈は誇らしげな眼差しで兄を見つめた。「……本当に変わったね、お兄ちゃん。」
樹は答えなかった。ただ微笑んだ。
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午後0時0分——マンションの中·会話。
彼らはソファに座り、樹が入れてくれたお茶を楽しんだ。留奈はまだ周囲を見回すのをやめられず、周りの豪華さを全て吸収しようとしていた。
「……お兄ちゃん、どうやってここまで成功したの?」
樹はしばらく考え、適切な言葉を選んだ。「……運が良かったんだ、留奈。適切な人に出会って、たくさん学んだ。でも……まだ全部を説明する準備はできていない。」
留奈は頷いた。無理に聞き出そうとは思わなかった。「……でも、元気なんだよね?」
樹は微笑んだ。「……ああ。元気だよ。」
留奈は優しい眼差しで兄を見つめた。「……それを聞いて安心したよ、お兄ちゃん。」
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午後1時0分——マンションの中·黒いカード。
留奈は部屋の隅のテーブルへ歩き、その上に置かれた一枚の黒いカードに目を留めた。金属製のカードで、表面には「CENTURION」と書かれ、その下には「KISARAGI ITSUKI」という名前が刻まれている。
「……お兄ちゃん、このカードは何?」
樹は近づき、そのカードを見て、小さく微笑んだ。「……特別なカードだよ。」
留奈はそのカードを手に取り、手の中の重みを確かめた。「……これ、クレジットカード?」
樹は頷いた。「……ああ。でも、このカードは……ちょっと特別なんだ。」
留奈は好奇心を持ってそのカードを見つめたが、それ以上は尋ねなかった。テーブルの上に戻したが、そのカードを手にした時の奇妙な感覚を忘れることはできなかった。
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午後2時0分——マンションの前·ロビーへ下りる。
留奈は帰ることにしたが、樹はロビーまで見送ると言った。彼らが下りると、留奈は足を止める何かを見た。ロビーの前の専用駐車場に並ぶ高級車の数々。それらの車は日差しの下で輝いている。黒いロールス・ロイス・スペクター、白いZeekr 9X Mansory、そして緑のブガッティ・ミストラル・ヴィンチェロ。
「……お兄ちゃん……あの車たち……」
樹は小さく微笑んだ。「……俺のものだよ。」
留奈は目を見開いて兄を見つめた。「……全部?」
「……ああ。」
留奈は言葉を失った。ただそれらの車を見つめ、胸に奇妙な誇りを感じていた。
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午後3時0分——帰宅。
留奈は複雑な気持ちで電車に乗って帰った。兄の新しい世界を見てきた。彼女が知っている質素な生活とはかけ離れた世界だ。何を感じればいいのか分からなかった。誇りか、驚きか、それとも困惑か。
彼女はまだ家族には何も言わないことに決めた。今日見た全てをまずは自分の中で整理したかった。
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【次話 第77話——『黒いカード』】
留奈が帰宅し、うっかり樹のマンションのテーブルの写真を美咲に送ってしまう。写真の隅にはCENTURIONの黒いカードがはっきりと写っている。美咲はすぐにそれが普通のカードではないと見抜く。既に抱いていた疑念はさらに強まり、彼女は見つけた全ての手がかりを結びつけ始める。
【第77話へ続く……】




