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会社をクビになった俺、金を使うほど資産が増える神システムで人生をやり直す  作者: MagnusOps


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第07話 ー『秘書』

第07話 ー『秘書』


2026年4月10日(金)——午後2時0分。


箱根·月見荘——事務室。


月見荘の事務室は、とても事務室と呼べるような場所ではなかった。


玄関近くの六畳ほどの小さな部屋。古い木製の机には、前の持ち主が残した落書きや傷が無数に刻まれている。壁には、まだ交換されていない2024年のカレンダーが掛かっている。部屋の隅には、埃をかぶった書類の山が無秩序に積まれていた。


樹は部屋の中央に立ち、目の前の乱雑さを見つめていた。


「……山田さん、あまり几帳面じゃなかったんだな。」


冴がその隣に立ち、手にタブレットを持ち、変わらぬプロフェッショナルな表情で言った。「山田哲夫は七十八歳です。奥様を亡くされてからこの十年間、一人でこの旅館を切り盛りしてきました。スタッフはおりません。身体的な制約から、多くの事務作業が滞っていました。」


樹が振り返った。「……そこまでご存知なんですか?」


「来る前に、物件のバックグラウンドレポートを読んでいます。」


「ああ。」樹は半ば感心したように頷いた。「さすがに綿密ですね。」


冴はその褒め言葉には反応しなかった。机に向かい、タブレットを置き、積まれた書類の山を素早く規則正しい動きで整理し始めた。


「如月さん、新しいオーナーとして、いくつかの書類を処理する必要があります。リストを用意しました。」


「……リスト?」


冴がタブレットの画面をタップすると、長いリストが表示された。


1. 所有権変更——地方自治体での再登録

2. 屋号変更——旅館の名称を変更する場合

3. 営業許可——現在は山田哲夫名義のため

4. 温泉許可——天然温泉の源泉に関する特別許可

5. 飲食営業許可——旅館内の食堂用

6. 宿泊営業許可——安全・衛生基準の適合

7. 仕入れ先との契約——既存契約は間もなく失効

8. 税務——納税者情報の変更

9. 物件保険——新名義での更新

10. 従業員——スタッフを雇用する場合


樹はそのリストを読んだ。


目が1番から10番まで移動し、再び1番に戻り、そして10番で止まった。


「……従業員?」


冴が眉を上げた。「スタッフを雇用するおつもりはないのですか?」


「ああ。旅館の経営の仕方が分からない。」


「では、どのように運営されるおつもりですか?」


樹はしばらく考えた。「……運営しない。」


冴はタブレットへの入力の手を止めた。読み解くのが難しい表情で樹を見つめた。困惑と好奇心が入り混じった表情だ。


「すみません。旅館を買われたのに、運営しないおつもりですか?」


「うん。」


「……では、何のために?」


「休むため。静かな場所。東京から遠く離れた場所。」


冴はしばらく沈黙した。


それは昨夜と同じ答えだった。そして非合理的に聞こえるにもかかわらず、冴は樹の口調に嘘を見つけることができなかった。


「……わかりました。それがあなたの決断なら、私は追求しません。しかし、この旅館を運営しないとしても、署名すべき書類はあります。」


「もちろん。見せてください。」


樹は机の後ろの椅子に座った。古い椅子が軋む。冴は机の向かいに立ち、タブレットを手に、署名すべき書類を一つひとつ説明し始めた。


---


午後2時30分——事務室。


「こちらは所有権変更の書類です。ここにサインを。」


樹は署名した。


「こちらは温泉許可の確認書類です。こことここにサインを。」


樹は署名した。


「こちらは物件保険の更新書類です。ここ、ここ、そしてここにサインを。」


樹は署名した。


手続きは迅速に進んだ。樹は詳細を読まずに各書類に署名した。その姿勢に、冴は少し落ち着かなかった。


「如月さん。」


「はい?」


「契約書をお読みにならないのですか?」


樹は手元の書類を見た。「……あなたは読みましたか?」


「私が?はい、こちらにお持ちする前に全て読みました。」


「なら、あなたを信じます。」


冴はタブレットへの入力を止めた。


「……私を信じる?」


「ええ。私に不利益な書類を持ってきたりはしませんよね?」


冴は樹を見つめた。


この人物——二十三歳の元サラリーマン——は、ついさっき七千八百万円の物件を現金で買い、署名する契約書を読まず、二日前に会ったばかりの秘書を「信じる」と言ったのだ。


それは純粋さではない。冴は人を見る目がある——それが彼女が二十四歳でエグゼクティブ・セクレタリーになれた理由の一つだ。そして樹は純粋には見えなかった。


彼はただ……


ひどく落ち着いているのだ。


毎日を緊張と競争に囲まれて過ごすアステリア・ホールディングスの人間として、樹の態度は冴には異質に映った。


「……お褒めの言葉として受け取っておきます。」


樹は小さく微笑んだ。「あなたは有能な人だと思っています。それは心からの褒め言葉です。」


冴は何と答えればいいのか分からなかった。


ただ頷き、次の書類の説明を続けた。


---


午後3時30分——裏庭。


全ての書類が終わり、冴は本来なら帰るべきだった。しかし樹は彼女を裏庭の散歩に誘った。社交的な性格からではなく、誰かに休みなく働かせるのは気が引けたからだ。


「お茶でもいかがですか?」樹が言った。「隅の茶室を見つけたんです。」


冴はスマホで時刻を確認した。最終電車までまだ時間がある。


「……はい。」


彼らは庭を見渡す木製の縁側に座った。冴は形式的な姿勢で座った。膝を揃え、背筋を伸ばして。一方、樹は片膝を立て、肘を膝に乗せて、くつろいだ様子で座っている。


夕方の風が吹き、木々の香りと温泉の湯気を運んできた。


「如月さん。」


「はい?」


「お前の仕事についてお聞きしてもよろしいですか?」


樹はその質問に動じた様子を見せなかった。「東都リンクス。コーポレート・セールス・プランニング部門です。」


「……解雇されたと聞きました。」


「ええ。」


「理由を教えていただけますか?」


樹は遠くの池を見つめた。「濡れ衣を着せられました。後輩がミスをして、私のせいにしたんです。そして彼女が——」彼はそこで止まり、息を吐いた。「——それはまた別の話にしましょう。」


冴はそれ以上追求しなかった。


ただ頷き、樹の言葉を聞き、彼の線引きを受け入れたことを示した。


「お気の毒に。」


「謝らなくていいです。もうあまり考えていませんから。」


「……本当に?」


樹は振り返り、冴を見た。「嘘じゃない。本当にあまり考えていない。過ぎたことを考えて何になる?」


冴はしばらく考えた。


「大抵の人は怒ります。復讐したいと思うものです。」


「ああ。」樹はかすかに微笑んだ。「たぶん、怒るのに疲れてしまったんでしょう。」


その言葉はシンプルに聞こえた。しかし、東京のビジネス界で四年間働いてきた冴には分かっていた。「怒るのに疲れた」と言う人間は、大抵、あまりにも多くの失望を黙って抱え込んできた人間だということを。


樹は怒りっぽい人間には見えなかった。怒っても何も変わらないと学んだ人間のように見えた。


冴はそれを口にしなかった。ただお茶をすすり、沈黙に語らせた。


---


午後5時0分——月見荘の門の前。


日は傾き始めていた。空はオレンジとピンクに変わり、木々の影が庭に長く伸び始めている。


冴は門の前に立ち、手にタブレットを持ち、帰る準備をしていた。


「書類は全て完了しました、如月さん。デジタルコピーは今夜メールでお送りします。」


「ありがとうございます、久遠さん。」


「もう一つだけ。」冴はタブレットを開いた。「確認したいのですが——」彼女はそこで言葉を止めた。樹がスマホを取り出し、奇妙な表情で画面を見つめているのを見たからだ。


「何かありましたか?」


樹は顔を上げ、少し困惑した表情で言った。「……元同僚からメッセージが来ました。東都リンクスの人事部が、私を陥れた報告書の調査を始めたそうです。」


冴は眉をひそめた。「調査?」


「ええ。どうやらデータの不整合が見つかったようです。」樹はスマホをポケットにしまった。「でも、もうどうでもいいです。」


「……あそこに戻りたいとは思いませんか?」


樹ははっきりと首を振った。「いいえ。会社にはもううんざりです。あの世界には戻りたくない。」


冴は樹を見つめた。


あの世界——日本の企業社会。階層、プレッシャー、裏切り。冴はその世界をよく知っていた。あの世界に打ち砕かれる人々を見てきた。樹よりも弱い人々を。


しかし樹は打ち砕かれたようには見えなかった。


彼はただ……


解放されたように見えた。


「それなら——」冴はブレザーのポケットから何かを取り出した。金色の文字が印字された真っ白な名刺だ。


「——何かお困りのことがあれば、物件関連以外でも、ご連絡ください。」


樹はその名刺を受け取った。


久遠 冴

エグゼクティブ・セクレタリー

アステリア・ホールディングス株式会社

アステリア丸の内タワー 東京都千代田区丸の内


樹は名刺を見てから、冴を見た。


「……ありがとうございます、久遠さん。」


「お礼には及びません。」冴は軽く一礼した。「必要なことをしたまでです。」


彼女は振り返り、歩き去った。


その後ろで、樹はまだ門の前に立ち、手に名刺を持ち、冴の後ろ姿を読み解くのが難しい表情で見つめていた。


冴が十分に離れた時、彼女は一瞬立ち止まった。


振り返った。


樹はまだそこにいた。両手をポケットに入れ、今朝庭を掃いていた時と同じ、くつろいだ表情で。


彼らは数秒間、互いを見つめ合った。


そして冴は振り返り、再び歩き出した。


彼女の心の中で、何かが動いていた。自分でも認識できない、望んでもいない何かが。


しかし彼女はそれを無視できなかった。


---


【次話 第08話——『丸の内の女』】


東京に戻った冴は、CEOの高峰耕介に調査結果を報告する。しかし彼女の報告には物件データだけでなく、如月樹という名前も含まれていた。高峰は興味を持ち、冴に新たな任務を与える。あの男を監視しろ。冴は複雑な気持ちでその命令を受け入れる。


【第08話へ続く……】

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― 新着の感想 ―
誤字? 「如月さん。」 「はい?」 「お前の仕事についてお聞きしてもよろしいですか?」 お前→以前かな?
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