第53話 ー『芸能界からの電話』
第53話 ー『芸能界からの電話』
2026年5月21日(木)——午前8時0分。
丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階。
樹は重い気持ちでオフィスに到着した。昨夜はほとんど眠れなかった。突然訪れた知名度のこと、SNSに拡散された自分の写真のこと、そして二度と元には戻らない自分の人生のことばかり考えていた。
彼が社長室の扉を開けると、志織が既にタブレットを手に待っていた。滅多に見せない真剣な表情だ。
「おはようございます、如月さん。メディア状況の報告書をまとめました。」
樹は社長椅子に座り、長い息を吐いた。「……見せてくれ。」
志織がタブレットを開いた。「昨夜以降、あなたの名前は四十七件のオンライン記事に掲載されました。三つの全国テレビ局が朝の番組であなたを取り上げました。そして……」志織は言葉を止め、優しい眼差しで樹を見た。「……私たちは二十三件の電話を受けています。芸能プロダクション、テレビ局、雑誌、制作会社からです。」
樹は一瞬目を閉じた。「……二十三件?」
「ええ。全てインタビューを希望し、番組に出演させたい、あるいはコラボレーションを提案してきています。」
樹は目を開け、天井を見上げた。「……有名人になりたいわけじゃない。」
「分かっています。しかし……」志織は言葉を止め、慎重に言葉を選んだ。「……彼らは電話をやめません。」
社長室の扉が開き、莉々香が速足で入ってきた。クリーム色のカジュアルワンピース、頭の上に大きなサングラス、そしてパニックと決意が入り混じった表情。
「樹! 急いで来たよ!」
樹は彼女を見て小さく微笑んだ。莉々香の存在はいつも少しだけ雰囲気を和らげてくれる。「……毎日来なくてもいいんだぞ、莉々香。」
「来なきゃ!」莉々香は彼の前の椅子に座り、真剣な目で樹を見た。「君が今どんな気持ちか分かるんだ。僕も経験したことがある。メディアに追われ、パパラッチに付きまとわれ、いつも写真を撮られようとする。これは……本当に疲れることなんだ。」
樹は頷いた。「……想像できるよ。」
莉々香は彼の手を握った。自然で温かい動作だ。「でも、君は一人じゃない。僕がいる。志織さんもいる。みんながいる。」
樹は胸に温かいものを感じた。「……ありがとう、莉々香。」
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午前9時0分——十階·小会議室。
莉々香、志織、そして樹は小会議室に座り、メディア対応の戦略について話し合った。莉々香は有名人としての経験を活かし、貴重なアドバイスを提供した。
「まず、君は決断しなきゃいけない。メディアと話したいのか、それとも話したくないのか?」と莉々香が尋ねた。
樹ははっきりと首を振った。「……話したくない。」
「わかった。じゃあ、明確な公式声明を出そう。君は仕事に専念する実業家であり、公衆の注目には興味がないと伝えるんだ。」莉々香は真剣な目で樹を見た。「……でも、覚悟しておいて。君が『ノー』と言っただけでは、彼らは諦めない。」
樹は頷いた。「……分かっている。」
志織はタブレットにメモした。「……本日中に公式声明を準備します。」
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午前10時0分——十階·社長室。
樹のスマホが鳴った。また知らない番号だ。
樹は慎重に電話に出た。
「もしもし?」
「おはようございます、如月様! TBSテレビの者です。朝の情報番組にゲストとしてご出演いただけませんか? 視聴者の皆様はあなたのことをもっと知りたいとおっしゃっています。」
樹は息を吐いた。「……すみません、興味がありません。」
「しかし——」
「興味がありません。お電話ありがとうございました。」
電話を切った。
樹は疲れた表情でスマホを見つめた。「……これはまだ始まりに過ぎない。」
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午前10時30分——十階·社長室。
樹のスマホが再び鳴った。別の番号だ。
樹は電話に出た。
「もしもし?」
「おはようございます、如月様。フォーブス・ジャパン誌の者です。若手起業家特集のため、インタビューをさせていただきたく。」
樹は一瞬目を閉じた。「……すみません、興味がありません。」
「しかし、あなたのストーリーは非常に感動的で——」
「興味がありません。お電話ありがとうございました。」
電話を切った。
樹はスマホを机の上に置き、無表情で見つめた。「……長い一日になりそうだ。」
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午前11時0分——十階·社長室。
樹のスマホが再び鳴った。今度は志織が取った。
「はい、如月様のパーソナルアシスタント、林志織です。何かご用でしょうか?」彼女はしばらく聞き、そしてプロフェッショナルな口調で言った。「……申し訳ございませんが、如月様はインタビューにご興味がありません。お電話ありがとうございました。」
彼女は電話を切り、樹を見た。「……広告代理店からです。高級時計ブランドのキャンペーンモデルを依頼したいとのことです。」
樹は首を振った。「……断ってくれ。」
「既に断りました。」
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午後0時0分——十階·小会議室。
莉々香は真剣な目で樹を見た。
「樹、分かっておいてほしい——これは止まらない。メディアは電話を続けるだろう。パパラッチも追い続けるだろう。君は……」莉々香は言葉を止め、慎重に言葉を選んだ。「……君は、好むと好まざるとにかかわらず、有名人になるんだ。」
樹は莉々香を見た。「……有名人になりたいわけじゃない。」
「分かってる。でも……」莉々香は微笑んだ。優しく、理解に満ちた笑顔だ。「……時には、自分に起こることを選べないこともある。選べるのは、どう対応するかだけだ。」
樹は答えなかった。しかし心の中で、莉々香の言う通りだと分かっていた。
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午後1時0分——十階·社長室。
ウィンドウが彼の前に現れた。
【━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━】
【⚠ システム警告 —— 永続的な人気 ⚠】
【━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━】
樹は無表情でそのウィンドウを見つめた。
「……何だ?」
【ホストは取り消し不可能なレベルの人気に達しました。メディアはホストを認識しています。公衆はホストを認識しています。この知名度は永続的なものとなります。】
樹は長い息を吐いた。「……もう分かってる。」
【しかしホストはまだその結果を完全には理解していません。この知名度はホストの人生のあらゆる側面に影響を与えます——仕事、人間関係、そして自由。ホストはもう、誰にも認識されずに街を歩くことはできません。】
樹は虚ろな表情でそのウィンドウを見つめた。
「……どうすればいいんだ?」
【ホストはこの現実を受け入れなければなりません。ホストは知名度と共に生きることを学ばなければなりません。ホストは……適応しなければなりません。】
ウィンドウが消えた。
樹は椅子に座り、虚ろな表情で天井を見つめた。
もう静かに暮らすことはできない。
知名度が彼の自由を奪ってしまった。
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午後2時0分——十階·小会議室。
莉々香は樹の向かいに座り、優しい眼差しで彼を見つめた。
「樹。」
「……うん?」
「僕も経験したんだ。最初に有名になった時、自分の人生のコントロールを失ったように感じた。いつも誰かに見られて、いつも写真を撮られて、いつも誰かが何かを求めてくる。」
樹は注意深く聞いていた。
「……でも、一つ学んだんだ。」
「……何を?」
「知名度は、自分を支配させなければ、ただの知名度でしかないってこと。」莉々香は微笑んだ。「……僕は自分自身でいることを選んだ。他人が僕を知っているからといって、変わる必要はない。」
樹はしばらく考えた。
「……どうやってそれを続けているんだ?」
莉々香は小さく笑った。「……自分を気にかけてくれる人々を持つことでね。自分自身でいられる場所を持つことで。」彼女は深い眼差しで樹を見た。「……君にはそれがある、樹。君には僕たちがいる。」
樹は胸に温かいものを感じた。
「……ありがとう、莉々香。」
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午後4時0分——十階·社長室。
樹は社長椅子に座り、目の前に広がる東京の街並みを眺めていた。彼は起きた全てのことを考えていた。SNSに拡散された自分の写真、芸能プロダクションからの電話、そして永続的な知名度についてのシステムの警告。
彼は何かに気づいた。
この知名度は消えない。
彼はそれと共に生きることを学ばなければならない。
樹は深く息を吸い込み、そして静かに吐き出した。
「……やれる。」
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午後6時0分——ブガッティ·ミストラル·ヴィンチェロの中。
樹はブガッティ·ミストラル·ヴィンチェロに座り、色が変わり始めた夕方の空を見つめていた。手には、志織からのメッセージが表示されたスマホ。
「如月さん、公式声明の準備が整いました。明日の朝に発表します。」
樹は小さく微笑み、返信した。
「いいだろう。ありがとう、志織さん。」
彼はエンジンを始動し、濃いグリーンのスーパーカーがW16の轟音と共に滑り出した。
窓の外では、街の灯りが一つまた一つと点り始めていた。
樹はそれらを見つめ、そして初めて、何が来ようと立ち向かえると感じた。
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【次話 第54話——『三十億円、残り六時間』】
翌日、残り目標額は百九十五億円。樹は青山で高級ショッピングを始める。ロロ・ピアーナ、ブルネロ・クチネリ、エルメス、シャネル、カルティエ。彼は過剰にならない程度に買う。システムが目標を変更し、京都の物件が推薦リストに加わる。
【第54話へ続く……】




