第48話 ー『初めての採用会議』
第48話 ー『初めての採用会議』
2026年5月17日(日)——午前8時30分。
東京都港区恵比寿——樹のマンション。
樹はクローゼットの前に立ち、今日にふさわしいシャツを選んでいた。今日は普通の日ではない。会社のオーナーとして初めての採用面接を行う日だ。志織がCFO、COO、人事部長の候補者リストをまとめており、樹はその選考プロセスに関与しなければならない。
彼はシンプルな白いシャツを選んだ。表参道で買った高級なシャツではなく、東都リンクスで働いていた時に着ていた古いシャツだ。襟の部分は少し擦り切れているが、まだきちんとしている。その上に、最初の頃に買った濃いネイビーのブレザーを羽織る。フォーマルすぎないが、プロフェッショナルに見える。濃いグレーのパンツ、丁寧に磨いた黒い革靴。
樹は鏡の前に立ち、自分自身を見つめた。
「……クビにされたサラリーマンが、自分の会社の面接をするのか。」
彼は鏡の中の自分に小さく微笑み、シャツの襟を整えた。
「変な気分だ。」
彼は机から車のキーを取った。Zeekr 9X Mansoryのキーだ。真珠のような白い大型SUVは、目立ちすぎるブガッティよりもビジネス向きだ。樹はマンションを出て、駐車場へ降り、いつもとは違う気持ちで運転席に座った。
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午前8時45分——丸の内へ向かう道。
Zeekr 9X Mansoryは、混み始めた朝の道を滑らかに走る。車内は快適な静けさだ。エンジン音もなく、プレミアムスピーカーから流れる静かなジャズだけが聞こえる。樹は片手でハンドルを握り、ゆったりと運転しながら、徐々に目覚めていく街並みを楽しんだ。
ダッシュボードのナビには、丸の内のビルへのルートが表示されている。樹は一瞥し、再び前方の道路に集中した。
「……今日は、自分のために働く人たちを選ぶ日だ。」
自分がこの立場にいるとは想像もしなかった。かつては、面接を受ける側だった。自分を証明し、雇われる価値があると上司に納得させなければならなかった。今は、テーブルの反対側にいる。
「……変な気分だ。」
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午前9時0分——丸の内·キサラギ・アセット・マネジメント本社ビル——十階。
樹は時間通りにオフィスに到着した。志織は既に小会議室で待っており、タブレットを手に、机の上に履歴書の山を置いている。
「おはようございます、如月さん。最初の候補者は十五分後に到着します。」
樹は志織の向かいの椅子に座り、息を吐いた。「……何を聞けばいいのか分からない。」
志織は小さく微笑んだ。「……質問リストを用意しました。このリストに従うだけで大丈夫です。」
樹はそのリストを見た。経験、志望動機、キャリア目標についての標準的な質問だ。
「……とてもシンプルだな。」
「ええ。なぜなら、重要なのは質問そのものではなく、候補者がどう答えるかだからです。」志織は優しい眼差しで樹を見た。「……そして、あなたがどう評価するかです。」
樹は頷き、自分を落ち着けようとした。
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午前9時15分——十階·小会議室。
最初の候補者が入ってきた。田中という男性、三十五歳、財務分野で十年の経験を持つ。スーツはきちんとしており、髪は完璧に整えられ、笑顔は自信に満ちている。
「おはようございます、如月様。田中宏と申します。お会いできて光栄です。」
樹は軽く一礼した。「……おはようございます、田中さん。お掛けください。」
田中は自信満々に座り、鞄を椅子の横に置いた。樹は目の前の履歴書を見た。三つの大企業での経験、MBAの学位、そして印象的な推薦状。
「……田中さん、なぜキサラギ・アセット・マネジメントで働きたいのですか?」
田中は満面の笑みを浮かべた。「この会社には大きな可能性を感じています。キサラギ・アセット・マネジメントは素晴らしい資産を持っており、私はこの会社が不動産と投資業界の主要プレーヤーへと成長するのを支援できると確信しています。」
樹は頷いた。「……当社について何をご存知ですか?」
田中は一瞬ためらった。「……丸の内、箱根、青山、神田、横浜に物件をお持ちだと伺っています。そしてデジタルブリッジを買収されたばかりだと。」
樹は再び頷いた。「……その通りです。」
「そして、この会社はまだ新しいと知っています。だからこそ興味があるのです——最初期の基盤作りの一部になりたい。」
樹は志織を見た。志織が小さく頷く。
「……田中さん、上司と意見が合わない場合、どう対処されますか?」
田中は瞬いた。「……意見の相違ですか?」
「ええ。もし上司の決定に同意できない場合、どうしますか?」
田中は微笑んだ。少し作り笑いのような笑顔だ。「……上司の決定を尊重します。彼らにはより広い経験とビジョンがありますから。」
樹はしばらく田中を見つめた。「……ありがとうございます、田中さん。またご連絡いたします。」
田中は立ち上がり、一礼して、自信に満ちた足取りで部屋を出ていった。
志織が樹を見た。「……どう思われますか?」
樹は息を吐いた。「……従順すぎる。何を言っても同意するだろう。たとえ間違っていても。」
志織は小さく微笑んだ。「……同意します。」
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午前10時0分——十階·小会議室。
二人目の候補者——鈴木という女性、三十二歳、人事と人材管理の経験を持つ。クリーム色のブレザーにペンシルスカート、親しみやすくも毅然とした表情。
「おはようございます、如月様。鈴木由紀と申します。お時間をいただきありがとうございます。」
樹は一礼した。「……おはようございます、鈴木さん。お掛けください。」
鈴木はプロフェッショナルな姿勢で座り、足をきちんと組んだ。樹は彼女の履歴書を見た。三社で八年の経験、採用と人材育成を専門としている。
「……鈴木さん、なぜキサラギ・アセット・マネジメントで働きたいのですか?」
鈴木は微笑んだ。心からの笑顔だ。「この会社には、他の会社とは違うビジョンがあると聞きました。利益だけを追うのではなく、健全な労働環境を築くことにも力を入れていると。私はその一員になりたいのです。」
樹は眉を上げた。「……『健全な労働環境』とは、具体的にどういう意味ですか?」
「従業員が率直に意見を言える会社。過ちが罰せられる理由ではなく、学びの一部とされる会社。そして……」鈴木は一旦止め、小さく微笑んだ。「……解雇を恐れずに『ノー』と言える会社。」
樹は心の中で何かが動くのを感じた。
「……鈴木さん、問題のある従業員にどう対処されますか?」
鈴木はしばらく考えた。「……個別に話し合います。問題の根本を探ります。罰するのではなく、理解しようと努めます。」
樹は頷いた。「……ありがとうございます、鈴木さん。またご連絡いたします。」
鈴木は立ち上がり、一礼して、落ち着いた足取りで部屋を出ていった。
志織が樹を見た。「……どう思われますか?」
樹は小さく微笑んだ。「……彼女は分かっている。」
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午前11時0分——十階·小会議室。
三人目の候補者——小林という男性、四十歳、オペレーションとプロジェクト管理の豊富な経験を持つ。スーツはきちんとしているが、シャツに皺があり、急いで来たことがうかがえる。
「おはようございます、如月様。小林健二と申します。少し遅れて申し訳ありません。」
樹は頷いた。「……大丈夫です。お掛けください。」
小林はやや緊張した様子で座り、鞄をしっかりと握りしめた。樹は彼の履歴書を見た。製造業と物流企業での十五年。
「……小林さん、なぜキサラギ・アセット・マネジメントで働きたいのですか?」
小林は息を吐いた。「……大企業にうんざりしています。内部政治、官僚主義。本当に違いを生み出せる場所で働きたいのです。」
樹は頷いた。「……当社について何をご存知ですか?」
「……まだ新しい会社だと知っています。でも可能性を感じています。あなたの物件は戦略的で、リソースも豊富です。」小林は正直な目で樹を見た。「……ゼロから何かを築くのを手伝いたいのです。」
樹はしばらく考えた。「……小林さん、失敗にどう対処されますか?」
小林は苦笑した。「……何度も失敗してきました。でも、どの失敗からも学びました。同じ過ちを繰り返さないようにしています。」
樹は頷いた。「……ありがとうございます、小林さん。またご連絡いたします。」
小林は立ち上がり、一礼して部屋を出ていった。
志織が樹を見た。「……どう思われますか?」
樹は小さく微笑んだ。「……彼は正直だ。それがいい。」
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午後0時0分——十階·小会議室。
三人の面接を終え、樹と志織は候補者について話し合った。
「田中は従順すぎる。」樹が言った。「何を言っても同意するだろう。それは嫌だ。」
志織は頷いた。「……同意します。」
「鈴木は俺のビジョンを理解している。健全な労働環境を築きたいと思っている。」樹は微笑んだ。「……彼女は適任だ。」
「小林はどうですか?」
樹はしばらく考えた。「……彼は正直だ。失敗を認めることを恐れない。それがいい。」
志織は優しい眼差しで樹を見た。「……では、鈴木さんと小林さんを採用しますか?」
樹は頷いた。「……ああ。そして、CFOに合う人を探そう。」
志織はタブレットにメモした。「……今日中に連絡します。」
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午後1時0分——十階·社長室。
樹は社長椅子に座り、目の前に広がる東京の景色を眺めていた。志織がタブレットを手に入ってきた。
「如月さん、一つお聞きしたいことがあります。」
「……どうぞ。」
「……あなたは従業員に何を求めていますか?」
樹はしばらく考えた。
「……彼らにノーと言える人間になってほしい。」
志織は眉を上げた。「……ノー?」
「ああ。ただ頷いて同意するだけの人間は欲しくない。俺が馬鹿なことをしたら、『ノー』と言える勇気のある人が欲しい。」樹は志織を見た。「……ただ機嫌を取ろうとするだけの人はもうたくさん見てきた。」
志織は微笑んだ。心からの、温かな笑顔だ。
「……それは良い原則ですね、如月さん。」
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午後2時0分——五階·ワークエリア。
樹と志織は五階に降り、改修の進捗を確認した。いくつかの新しい机が設置され、数人の作業員が会議室用のガラスパーティションを設置している。
「……この階は運営の中心になります。」志織が言う。「CFO、COO、人事、総務がここで働きます。」
樹は周囲を見渡した。「……いいね。」
「そして……」志織は微笑んだ。「……九階にはあなた専用の部屋を用意しました。」
樹は頷いた。「……静かに仕事ができる場所が欲しい。」
志織はタブレットにメモした。「……メモしました。」
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午後4時0分——十階·小会議室。
樹と志織はCFO候補について再び話し合った。志織は三人の候補者リストをまとめていた。
「一人目は中村さん、四十五歳、財務分野で二十年の経験。二人目は山本さん、三十八歳、投資会社で十二年。三人目は……」志織は言葉を止めた。「……佐藤さん、二十九歳、テクノロジースタートアップで六年。」
樹は眉を上げた。「……なぜ佐藤さんをリストに入れたんだ?」
志織は微笑んだ。「……彼女は若く、エネルギッシュで、古いやり方に縛られていません。あなたが目指す企業文化に合うかもしれません。」
樹はしばらく考えた。「……彼女を呼ぼう。」
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午後5時0分——十階·小会議室。
佐藤さん——二十九歳の女性——が自信に満ちた足取りで入ってきた。明るいブルーのブレザーに白いペンシルスカート、そして明るい笑顔。
「こんにちは、如月様。佐藤唯と申します。お時間をいただきありがとうございます。」
樹は一礼した。「……こんにちは、佐藤さん。お掛けください。」
佐藤はプロフェッショナルでありながらリラックスした姿勢で座った。樹は彼女の履歴書を見た。三つのスタートアップでの経験、財務管理と資金調達を専門としている。
「……佐藤さん、なぜキサラギ・アセット・マネジメントで働きたいのですか?」
佐藤は微笑んだ。「……可能性を感じたからです。あなたの会社はまだ新しいけれど、資産は既に非常に大きい。この旅の一部になりたいのです。」
「……当社について何をご存知ですか?」
「東京と横浜の至るところに物件をお持ちだと知っています。デジタルブリッジを買収されたばかりで、桜庭デジタルソリューションズとのジョイントベンチャーを始めたばかりだと。」佐藤は鋭い目で樹を見た。「……動きが速いですね、如月様。それがいい。」
樹は頷いた。「……佐藤さん、プレッシャーにどう対処されますか?」
佐藤は小さく笑った。「……プレッシャーの下でこそ成長します。全てが混乱している時にこそ、最もクリアに考えられます。」
樹は志織を見た。志織が頷く。
「……ありがとうございます、佐藤さん。またご連絡いたします。」
佐藤は立ち上がり、一礼して部屋を出ていった。
志織が樹を見た。「……どう思われますか?」
樹は微笑んだ。「……彼女はぴったりだ。」
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午後6時0分——十階·社長室。
樹は社長椅子に座り、色が変わり始めた夕方の空を見つめていた。手には、志織からのメッセージが表示されたスマホ。
「如月さん、全候補者に連絡を取りました。鈴木さん、小林さん、佐藤さんは来週から勤務開始です。」
樹は微笑み、返信した。
「いいだろう。楽しみにしている。」
彼はスマホを閉じ、目の前に広がる東京の景色を見つめた。
「ようやくチームができた。」
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【次話 第49話——『皇居の見える窓』】
樹は十階で朝食をとる。窓の外には皇居の景色が広がっている。冴が昼食に来る。彼らは幸福について語り合い、冴は何か重要なことを言いかける——しかし、それをやめる。
【第49話へ続く……】




