第21話 ー 『十億円の使い道』
第21話 ー 『十億円の使い道』
2026年4月24日(金)——午前7時45分。
恵比寿のマンション。
樹が朝食を終えたばかりの時だった。トーストにジャム、ブラックコーヒー。その時、いつものようにウィンドウが彼の前に現れた。
【QUEST 06 —— 発生】
【十億円を72時間以内に使用してください。】
【リワード: 五十億円】
樹は無表情でその数字を見つめた。
「……十億か。」
【はい。72時間以内に使用してください。】
樹は長い息を吐いた。「……そんなに、何を買えばいいんだ。」
彼はもうマンションを持っている。旅館も持っている。改装中の青山のビルもある。他に何が買えるというのか。
樹はソファに座り、可能性を考えた。十億円という金額は膨大だ。高級物件を何軒か買うのに十分だし、小さな会社を買うこともできる。あるいは……別の何かを。
「……ねえ、システム。」
【はい、ホスト。】
「他人にプレゼントするために買ってもいいのか?」
【ホストの個人的な使用に限らず、贈り物としての購入も許可されています。ただし、贈り物が利益を生む目的で使用される場合や、贈り物を受け取った人物がそれを転売する場合はルール違反となります。】
「……じゃあ、誰かに車を買ってもいいんだな?」
【はい。ただし、その人物がその車両を事業目的で使用する場合や転売する場合は違反となります。】
樹はしばらく考えた。莉々香——彼女はいつもパパラッチやカメラマンに追われると愚痴っていた。快適でプライベートな車があれば、彼女の助けになるかもしれない。
「……レクサスLM。」
樹はその車を思い出した。レクサスLM——広くてプライベートなキャビンを持つ高級MPV。芸能人やエグゼクティブが公衆の目を避けるために使うことで知られている。暗い窓、前席と後席を仕切るプライベートパーティション、そして非常に快適な内装。
「莉々香にこれを買ったら……」
樹はスマホを開き、東京のレクサスディーラーを検索した。新宿に一軒見つけ、今日行くことに決めた。
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午前9時0分——レクサスショールーム、新宿。
樹はロールス・ロイスをレクサスショールームの前に停めた。ガラス張りのモダンな建物で、エレガントなレクサスのロゴが掲げられている。彼が入ると、スーツを着たスタッフがすぐに迎えた。
「いらっしゃいませ、お客様。何かお手伝いできますか?」
「レクサスLMを見たい。」
「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
スタッフは彼をショールームの隅へ案内した。そこにはパールホワイトのレクサスLMがエレガントに停められている。大きな車だが、目立ちすぎない。滑らかなライン、特徴的なフロントグリル、そして暗いサイドウィンドウ。
「こちらが最新のレクサスLM500hでございます。ハイブリッドエンジン、プライベートパーティション付きの四座キャビン、電動調光ガラス、そしてマークレビンソンのプレミアムオーディオシステム。内装はセミアニリン革と本革を使用しております。」
樹は後部座席のドアを開けた。キャビンは豪華だ。リクライニング可能な大きなシート、各席の前のエンターテインメントスクリーン、そして乗客エリアと運転席を仕切るガラスのパーティション。
「……お値段は?」
「こちらの仕様で、千八百五十万円でございます。」
「買います。ただし、カスタマイズしたい。」
スタッフが瞬いた。「……カスタマイズでございますか?」
「はい。より暗い窓が欲しい。完全なプライバシーを。パーティションの遮音性を高めたい。それから……」樹は少し考えた。「……内装はクリーム色に、濃いウッドのアクセントを。そしてオーディオシステムのグレードアップも。」
スタッフはタブレットを取り出し、樹の要望を全てメモした。
「カスタマイズには約二週間ほどお時間をいただきます。追加費用は約四百五十万円ほどになります。」
「構いません。今払います。」
スタッフは満面の笑みを浮かべた。「かしこまりました。こちらへどうぞ。」
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午前10時30分——ショールームの事務室。
樹はカスタム仕様のレクサスLMの書類に署名した。全てのカスタマイズを含めた総額は二千三百万円。車は二週間後に指定された住所に届けられる。
樹は黒いカードを取り出し、取引は数秒で完了した。
「ありがとうございます、お客様。準備が整い次第、ご連絡いたします。」
樹は頷き、ショールームを出た。
彼はロールス・ロイスに座り、晴れた東京の空を見上げた。
「……莉々香が喜んでくれるといいな。」
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午前11時30分——青山、樹の新しいビル。
樹は青山のビルに到着した。業者たちはもう作業を始めている。数人の作業員が天井に照明システムを設置しており、大きな箱に入った機材が次々と届き始めている。
彼は二階へ上がった。スタジオの準備が進められている。Auralis Reference Seriesのモニターが入った箱のいくつかは既に開けられており、技術者が慎重にケーブルを配線している。
樹は満足そうにそれらを見守った。この場所が徐々に現実のものになっていく。
スマホが震えた。莉々香からのメッセージだ。
「如月さん!改装が始まったって聞いた!見に行ってもいい?」
樹は微笑み、返信した。
「いいよ。今ここにいる。」
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午後0時0分——ビルの中。
莉々香が到着した。明るいブルーのカジュアルワンピースに、髪は下ろしている。ビルの変化を見て目を輝かせた。
「わあ……もう何かになり始めてるね!」
樹は頷いた。「ああ。機材が届き始めてる。」
彼らは二階へ上がり、音楽スタジオの準備が進められているのを見た。莉々香は荘厳なAuralisモニターを見て、目を見開いた。
「……これ、ロンドンのアビーロードスタジオにあるのと同じモニターだ!」
樹は眉を上げた。「……知ってるのか?」
「一度アビーロードで撮影したことがあるんだ。あのスタジオでこのモニターを見たよ。値段は……一組二千四百万円くらいだよね?」
「ああ。」
莉々香は信じられないという表情で樹の方を向いた。「……それを二組も買ったの?」
「サラウンドシステム用だ。」
莉々香は長い息を吐いたが、微笑んでいた。「……本当に狂ってるね。」
「かもしれない。」
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午後1時0分——三階ラウンジ。
彼らは三階へ上がり、ラウンジの準備が進められているのを見た。B&B Italia Harry & Coのソファが既に設置されている。クリーム色の柔らかな革と濃い色の木製フレーム。中央にはカッシーナのトラバーチンのホワイトマーブル製ローテーブル。
莉々香はソファに座り、その快適さを味わった。
「……今まで座った中で一番快適なソファだよ。」
「よかった。ここに来る人がくつろげるようにしたかったんだ。」
莉々香は優しい目で樹を見つめた。「……いつも人のことを考えてるんだね。」
樹は肩をすくめた。「ただ、この場所を無駄にしたくなかっただけだ。」
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午後2時0分——屋上。
彼らは屋上に上がり、午後の風を楽しんだ。眼下には美しい青山の街並みが広がり、遠くには東京タワーがビルの間にかすかに見える。
「如月さん。」
「うん?」
「一つ聞いてもいい?」
「どうぞ。」
「……どうして私を助けてくれるの?私はただの、カフェで出会った見知らぬ人だよ。」
樹はしばらく考えた。「……君が助けを必要としていたから。そして僕には助けることができた。それだけだ。」
莉々香は深い眼差しで樹を見つめた。
「……君は本当に、私が知っている誰とも違う。」
「ただの普通の人間だよ。」
「違う。君は普通じゃない。」莉々香は微笑んだ。「そして、君が普通じゃなくて良かった。」
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午後3時0分——ビルの中。
彼らが一階に戻った時、樹はふと何かを思い出した。
「橘さん。」
「うん?」
「君に……プレゼントを買ったんだ。」
莉々香は瞬いた。「……私に?」
「ああ。でも届くのは二週間後だ。」
「何を買ったの?」
樹はかすかに微笑んだ。「秘密だ。」
莉々香は大きな好奇心で樹を見つめた。「……教えてくれないの?」
「今は。あとで。」
莉々香は眉をひそめたが、微笑んだ。「……わかった。待ってるね。」
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午後4時0分——ビルの前。
莉々香は帰る準備をしていた。彼女は歩道に立ち、何かを秘めたような目で樹を見つめた。
「如月さん。」
「うん?」
「……今日は本当に楽しかった。」
「僕もだよ。」
莉々香は明るく笑い、振り返ってマネージャーの車へと歩いていった。車の中で、彼女は窓越しに樹に手を振った。
樹も手を振り返し、そして両手をポケットに入れて自分のビルを見つめた。
心の中に、説明できない感覚があった。自分が思っていた以上に誰かを気にかけているという感覚だ。
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午後5時0分——一階。
樹のスマホが震えた。業者からのメッセージだ。
「如月様、全ての機材を発注いたしました。三~五営業日以内に到着予定です。青山プロジェクトの総費用は九億八千七百万円となります。」
樹はそのメッセージを読み、返信した。
「ありがとうございます。本日中に振込いたします。」
彼はスマホの画面を見た。九億八千七百万円——クエストの目標である十億円にほぼ達している。
【QUEST 06 —— 進行中】
【現在の使用額: 九億八千七百万円】
【残り目標額: 千三百万円】
樹は頷いた。あと千三百万円だ。
千三百万円で何が買えるか考えた。スタジオ用の追加機材かもしれない。ラウンジ用の小さな家具かもしれない。あるいは——
彼は窓の外を見た。通りの向こうに、小さな花屋がある。
樹は微笑んだ。
「……それだ。」
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午後5時30分——青山の花屋。
樹はビルの向かいにある小さな花屋に入った。店内には、様々な色と香りの何千もの花が並んでいる。
「こんにちは、お客様。」年配の女性が微笑んだ。「何かお探しですか?」
「……リビング用の花を買いたいんです。たくさん。」
「たくさん?」
「ええ。一つの大きな部屋用に。たぶん……千三百万円分。」
老婦人は瞬いた。「……千三百万円?」
「はい。生花です。最高のものを。三階のラウンジに飾りたいんです。」
老婦人は驚いた様子だったが、すぐに微笑んだ。「……かしこまりました。毎週、生花をあなたの住所にお届けいたします。」
「いいですね。今払います。」
樹は黒いカードを取り出し、取引が完了した。
【QUEST 06 —— 達成】
【十億円が使用されました。】
【リワード計算中...】
【五十億円が追加されました。】
【新しい残高: 六十五億六千四百八十万円】
樹はその数字を見つめた。
六十五億六千四百八十万円。
「……変な感じだ。」
彼はスマホをポケットにしまい、小さな笑みを浮かべて花屋を出た。
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午後6時0分——ビルの前。
日が西に傾き始め、空はオレンジとピンクに染まり始めていた。樹は自分のビルの前に立ち、徐々に命を吹き込まれていく建物を見つめた。
中では、超高性能機材が次々と設置され始めている。Auralisモニター。スタインウェイのピアノ。B&B Italiaのソファ。全てが使われるのを待っている。
そして東京のどこかで、莉々香は二週間後に届くサプライズを思い浮かべて微笑んでいた。
樹は深く息を吸い込み、吹き抜ける夕方の風を感じた。
「……これはまだ始まりに過ぎない。」
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【次話 第22話——『五十億円』】
クエスト06が完了し、樹は五十億円を受け取る。初めて、彼は金額が馬鹿げてきたと感じ始める。システムは新機能「資産管理」を開放し、樹は自分の財産が単に大きいだけでなく、構造を持ち始めていることに気づく。一方、彼の青山プロジェクトはメディアの注目を集め始める。
【第22話へ続く……】




