第17話 ー『ルミエール・アーツ』
第17話 ー『ルミエール・アーツ』
2026年4月20日(月)——午前9時0分。
東京都港区青山·ルミエール青山スタジオ。
そのスタジオは、青山のヨーロッパ風の建物の二階にあった。白いレンガの壁、通りに面した大きな窓、そして入口にエレガントな看板。
株式会社ルミエール・アーツ
莉々香はスタジオの中央に立ち、スポットライト、反射板、三脚に設置された大きなカメラに囲まれていた。その前で、写真家——四十代の、薄い髭を生やした男性——が力強い声で指示を出している。
「橘さん、少し右に傾けて。もっとリラックスした表情で。自然な笑顔で。」
莉々香は微笑んだ。何年もかけて磨き上げたプロフェッショナルな微笑みだ。
カチッ。カチッ。カチッ。
「いいね。次はポーズを変えて。カメラを見て。もっとドラマチックに。」
莉々香は体勢を変え、首を傾げ、鋭い目でレンズを見つめた。
カチッ。カチッ。カチッ。
「素晴らしい。それじゃ——」
「すみません。」莉々香は手を下ろした。「少し休憩してもいいですか?」
写真家は眉をひそめた。「……始めてまだ三十分だぞ。」
「分かっています。でも……ちょっとクラッとしてしまって。」
写真家は息を吐き、そして頷いた。「わかった。十五分休憩だ。」
莉々香はスタジオの隅へ歩き、バッグからペットボトルの水を取り出し、ゆっくりと飲んだ。背後では、写真家のアシスタントが照明を再調整している。
彼女の心はさまよっていた。
如月樹。
くつろいだ表情と静かな目をした、あの奇妙な青年。何も聞かずに、見返りも求めず、パニックにもならずに莉々香を助けたやり方。
莉々香は人生で多くの男性に出会ってきた。俳優、モデル、実業家、ディレクター。彼らは皆、いつも彼女に何かを求めていた。写真、注目、関係、ステータス。しかし樹は……普通の人を助けるように、ただ莉々香を助けた。
そしてそれが莉々香の好奇心を刺激した。
「あなたは誰なの、如月さん……」
彼女は小声で呟いた。マネージャーの藤崎裕子——三十五歳の、短い髪と厳しい表情の女性——が近づいてきたことに気づかずに。
「莉々香、どうしたの?」
莉々香ははっとし、振り返った。「裕子さん!いえ、なんでもないです。」
裕子は眉をひそめた。「集中していないね。君らしくない。」
「……ちょっと疲れてるだけです。」
「君が撮影中に疲れるなんて、ありえない。何か気になることでもあるの?」
莉々香は沈黙した。樹のことを話したいと思ったが、どう説明すればいいのか分からなかった。
「……裕子さん。」
「うん?」
「如月樹という人を知っていますか?」
裕子はしばらく考え、そして首を振った。「いいや。誰だい?」
「昨日、私を助けてくれた人です。あの急な撮影から逃げた時の。」
裕子は眉を上げた。「……君を助けた男?」
「はい。彼は表参道のカフェにいました。私が入って行くと、すぐに裏口から連れ出してくれたんです。」
裕子はさらに深く眉をひそめた。「……君を助けた男がいるなんて、聞いてないよ。」
「私も彼が誰だか知らないからです。でも知りたいんです。」
裕子は読み解くのが難しい表情で莉々香を見つめた。「……彼に興味があるの?」
莉々香は顔を赤らめた。「違います!ただ……気になるだけです。彼は変わってて。」
「どう変わってるの?」
「彼は私を知らなかったんです。本当に私を認識していなかった。そして彼は……」莉々香は言葉を止め、適切な言葉を探した。「……彼は落ち着いているんです。印象付けようとしないし、何も求めない。」
裕子は真剣に聞いていた。
「……気をつけなきゃだめだよ、莉々香。君を知らないふりをして近づく人も多いんだから。」
「でも彼は違います。私には分かります。」
裕子は息を吐いた。「……わかった。彼が誰か調べてみる。でも今は、仕事に集中して。」
莉々香は頷いたが、心はまだ樹にあった。
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午前11時0分——スタジオ内。
撮影が再開された。莉々香は集中しようと努めた。ポーズを変え、表情を変え、服を着替える。しかし心はあのカフェの男に飛んでいた。
彼のくつろいだ笑顔。静かな目。彼が言った言葉。「あなたが助けを必要としているように見えたから。それだけだ。」
莉々香は今までそんな人に出会ったことがなかった。
「橘さん!表情!」
莉々香ははっとし、自分がカメラの前でぼんやりしていたことに気づいた。
「……すみません。私——」
「集中して。もうすぐ終わるから。」
莉々香は呼吸を整え、そして微笑んだ。完璧なプロフェッショナルな笑顔を。
カチッ。カチッ。カチッ。
心の中で、莉々香は再び樹に会うことを誓った。
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午後2時30分——楽屋。
莉々香は楽屋の椅子に座り、ゆっくりとメイクを落としていた。鏡の中には、疲れた自分の顔がある。しかし目はまだ輝いていた。
スマホが震えた。昨日保存したばかりの番号からのメッセージだ。
「こんにちは、橘さん。撮影はどうですか?」
莉々香はそのメッセージを見て微笑んだ。
彼女は返信した。
「疲れたよ。でも大丈夫。気にかけてくれてありがとう、如月さん。」
樹からの返信がすぐに来た。
「それは良かった。しっかり休んでね。」
莉々香はそのメッセージをしばらく見つめた。短い。シンプル。大げさじゃない。
それがもっと知りたくなった。
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午後9時10分——恵比寿のマンション。
樹が夕食を終えたばかりの時、ウィンドウが彼の前に現れた。
【QUEST 05 —— 発生】
【五億円を「不要だ」と感じるものへ使用してください。】
【リワード: 二十億円】
樹はそのウィンドウを見つめた。
「……五億。不要なものに。」
【はい。ホストが「必要ない」と感じるものに使用してください。】
樹はしばらく考えた。不要なもの……自分に何が必要ないだろう?
彼はもうマンションを持っている。旅館も持っている。車も持っている。服も時計も持っている。
「……他に何が買える?」
彼はスマホを開き、青山の物件を検索した。いくつかのリストが表示される。空きビル、閉店した店舗、使われていないスペース。
樹は青山の一つのビルを見つけた。三階建て、ガラス張りのモダンなデザイン。価格は四億八千万円。
「……莉々香のスタジオの近くだ。」
彼はさらに説明を読んだ。そのビルは二年間空き家だった。前の所有者は倒産したファッション会社。小売りには立地的に不向きで、誰も買いたがらなかった。
樹はそのビルの写真を見た。広い空間、大きな窓、アクセス可能な屋上。
「……いつか何かに使えるかもしれない。」
彼はそのビルを扱う不動産会社のリストを開き、メッセージを送った。
「このビルを買いたい。」
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午後10時0分——バーチャルな事務作業。
不動産会社からの返信がすぐに来た。
「如月様、こちらのビルは二年間空き家となっております。価格は四億八千万円です。本当にご購入なさいますか?」
樹は返信した。
「はい。明日の朝、見に行きたいです。」
「かしこまりました。日程を調整いたします。」
樹はスマホを閉じ、天井を見つめた。
青山のビル。ルミエール・アーツのスタジオの近く。莉々香と出会った場所の近く。
「……あのビルをどうするかは分からない。でも……いつか役に立つかもしれない。」
彼は目を閉じ、ゆっくりと眠りに落ちた。
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2026年4月21日(火)——午前9時0分。
青山——空きビルの前。
樹は三階建てのガラス張りのビルの前に立っていた。建築様式はモダンだ。シャープなライン、天井までの大きな窓、アクセス可能そうなフラットな屋上。周囲では、青山の通りが歩行者と車で賑わい始めている。
不動産会社の担当者——水野という若い女性——が彼の隣に立っていた。
「このビルは2015年に建てられました。延べ面積は五百平方メートル。以前はファッション企業のショールーム兼オフィスとして使用されていました。」
樹は中を覗いた。広い空間。何もない。濃い色の木の床と、真っ白な壁。
「……いいですね。」
「内部をご覧になりますか?」
「はい。」
水野が鍵を開け、彼らは中へ入った。メインルームは天井が高く、通りに面した大きな窓がある。太陽の光がたっぷりと差し込み、部屋全体を照らしている。
「三階建てです。一階はショールーム、二階はオフィス、三階は多目的スペースです。屋上へのアクセスもあります。」
樹は二階へ歩いていった。広いオフィススペースには、ガラス張りの壁で仕切られた部屋がある。そして三階へ。大きな円形の窓からは、青山の街並みが一望できる広い部屋だ。
「買います。」
水野が瞬いた。「……お客様、もう少しご検討なさるおつもりは?」
「いいえ。買います。」
「……かしこまりました。書類の手続きをいたします。」
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午前11時0分——不動産会社。
購入手続きには約一時間かかった。樹は全ての書類に署名した。合計四億八千万円、管理費込み。
【QUEST 05 —— 達成】
【五億円が使用されました。】
【リワード計算中...】
【二十億円が追加されました。】
【新しい残高: 二十五億六千四百八十万円】
樹はその数字を見つめた。
二十五億六千四百八十万円。
「……変な感じだ。」
彼はスマホをポケットにしまい、会社を出た。
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午後1時0分——青山、新しいビルの前。
樹は買ったばかりのビルの前に立っていた。今やこのビルは彼のものだ。青山の中心にある三階建てのビル。屋上からは素晴らしい街の景色が広がる。
彼はこのビルをどうするのか分からなかった。仕事場かもしれない。クリエイティブスペースかもしれない。くつろぎの場かもしれない。
スマホが震えた。莉々香からのメッセージだ。
「如月さん!お元気ですか?」
樹は小さく微笑み、返信した。
「元気だよ。さっき青山にビルを買ったところだ。」
莉々香からの返信がすぐに来た。絵文字がたくさんついている。
「えっ?!青山に?!どこ?!」
「ルミエール・アーツのスタジオの近く。三階建てで屋上があるビル。」
「あのビル知ってる!交差点近くの空きビルだよね!なんで買ったの?!」
樹は少し考え、そして返信した。
「分からない。いつか使えるかもしれないから。」
数秒間、莉々香からの返信はなかった。そしてスマホが着信で震えた。
莉々香からだ。
樹は電話に出た。
「如月さん!本当にあのビルを買ったの?!」
電話の向こうの莉々香の声は興奮していた。その声に、樹は思わず微笑んだ。
「……うん。」
「なんで教えてくれなかったの?!」
「さっき買ったばかりだから。」
「でも——でもスタジオのすぐ近くじゃん!窓から見えるよ!あなたって——」莉々香は一度止め、そして笑った。「——本当に予想外の人だね、如月さん。」
樹は目の前のビルを見つめた。遠くに、ルミエール・アーツのスタジオの屋根が見える。
「……これからよく会うかもしれないね。」
莉々香はまた笑った。「そうだといいな。」
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【次話 第18話——『偶然の隣人』】
翌日、莉々香は自分のスタジオの隣のビルの新しいオーナーが樹であることを知る。彼女は驚き、そして喜ぶ。彼らは一緒に昼食をとり、莉々香は樹が本当に自分を有名人として扱わないことに気づく——そしてそれが彼女の興味をさらに深める。
【第18話へ続く……】




