第9話 宴だ!戦勝会だ!
宮殿での騒乱から数時間後。僕はエマ、クレアと共に、住み慣れたノルディアスの我が家へと帰還した。
家の中には、父さん、母さん、ユナ、そして護衛に就いてくれていたウォルスさんが待っていた。
「ミト・・・・・・!本当にお疲れ様・・・・・・お前が成し遂げたことは、もはや言葉では語り尽くせんよ」
話を聞いた父さんが僕の手を固く握りしめる。母さんは豪華な料理を次々と食卓に並べ、ユナは僕の周りを楽しそうに飛び跳ねていた。 ノルディアス家の長い歴史の中で、これほど晴れやかで、心の底から笑い合える夜があっただろうか。
「さあ、みんな!今日は王都の英雄、ミトの帰還祝いよ!飲んで食べて、最高の夜にしましょう!」
エマが音頭を取り、宴が始まった。スプレンディアス家から運ばれた極上のワインや料理が並び、質素だった我が家が宮廷の晩餐会のような賑わいを見せる。
そんな中、クレアが肉料理を頬張りながら、唐突に言い放った。
「ねえ、決めたわ。私、今日からここに住む。ミトの観察日記、二十四時間体制でつけなきゃいけないし」
「・・・・・・ぶふぉっ!?」
隣でスープを飲んでいたエマが、盛大に吹き出した。
「な、ななな・・・・・・何を言っているのよ、この小娘!ここにはミトの家族もいるのよ!?あなたみたいな得体の知れない子が、ずうずうしく居座るなんて許さないわ!」
「いいじゃない、部屋なんてどこでも。私はゴミ山の上でも寝られる女よ。ミトの寝室の隅っこでも空いてれば――」
「絶対ダメ――ッ!!!」
エマの絶叫が屋敷を揺らす。彼女は顔を真っ赤にして立ち上がり、クレアの襟首を掴もうとした。
「いい?聞きなさいクレア!どうしても住む場所がないって言うなら・・・・・・我が家、スプレンディアス家の屋敷に住まわせてあげるわっ!あそこなら部屋も余ってるし、私が見張っておけるもの!」
「えー・・・・・・でも、ま、ミトと頻繁に会える環境を整えてくれるなら、妥協してあげてもいいけど?」
「な、なによその態度は・・・・・・!お兄様、いいわよね!?この子をしばらく預かっても!」
話を振られたウォルスさんは、苦笑いしながら頷いた。
「ああ、スプレンディアス家としても、この『万能鑑定士』殿の知見には興味があるしな・・・・・・ミト殿、彼女のことは我々が責任を持って預かろう。エマの教育係にも丁度いいかもしれんしな」
「ちょっとお兄様!教育されるのは私の方!?・・・・・・まあいいわ。ミト、これなら安心でしょ?」
エマは得意げに胸を張ったが、クレアは既にデザートに手を伸ばし「市場価値の高い味ね」とかのの独り言を言っている。
この二人、案外いいコンビになるかもしれない・・・・・・僕はそう思いながら、賑やかな食卓を眺めていた。
「・・・・・・しかし、今日はもう遅いからな。ミトの家に泊まることにしよう?」
「ちょ、ちょっとあなた何言ってるの!?・・・・・・だったら私も泊まるわよ」
「好きにすれば良い」
「もうっ、なんなのこの小娘!?私の方が、ミトのこと何倍も何十倍も何百倍も知っているんだからね!!」
騒々しくも心の底から落ち着ける、そんな夕食の席だった。
♢ ♢ ♢
宴が終わり、深夜。
家族が寝静まった後、僕は一人、自室の窓辺で月を眺めていた。
体の中は、かつてないほど静かだった。けれど、ただ静かなだけではない。
魔毒を吸収する際、僕の中に流れ込んできたのは、単なる負のエネルギーだけではなかった。
目を閉じると、僕の脳裏に膨大な記憶の断片が浮かび上がる。
宮殿の高位魔導士たちが長年研究してきた秘匿魔術の術式。
騎士団長が培ってきた、戦場を支配するための戦略と武技。
そして、腐敗した役人たちが交わしてきた、この国の裏側を動かす政治的な取引や秘密のルート。
魔毒という澱を喰らうことで、無意識のうちに彼らの知識や経験さえも摂取し、自分の一部として蓄積していた。命の危険にさらされることによって、その蓄積が一気に花開いた。
クレアにそう告げられた事実は、未だに実感が湧かない。
これまでの僕は、ただのゴミ箱だった。
けれど、これからの僕は違う。
この知識や経験があれば・・・・・・ひょっとしたら、この王国を、この世界を根本から変えることができるかもしれない。目の前に広がったそんな可能性に、ちょっとだけ身震いがしてくる。
「・・・・・・ミト?」
扉が僅かに開き、パジャマ姿のエマが顔を覗かせた。
「まだ起きてたのね。・・・・・・なんだか、今のあなた、すごく大きなことを考えているような顔をしてる」
「・・・・・・ああ。エマ、僕は決めたんだ。この力を、もっと人の役に立てるために使おうって」
僕は彼女の手を取り、窓の外に広がる王都の景色を指差した。
「もうリリアニアたちに怯える必要はない。僕には、沢山の知恵がある。これから、僕と、エマと・・・・・・みんなで、理想の世界を創ろう」
エマは驚いたように目を見開いたが、すぐに僕のそばに寄ってくる。彼女の暖かな手が、僕の手を力強く握ってくる。
エマは太陽のような笑みを浮かべた。
「ええ!どこまでも付いていくわ。私の旦那様は、世界で一番の王様になるんだもの!」
不浄のゴミ箱としてさげすまれ続けた僕の人生。そして、どうなるかは分からないこれからの人生。
その両方に、エマはいつもいてくれる。そう思えるだけで、僕の心の中はどうしようもなく暖かくなっていった。




