第71話 最終決戦
霊峰ルミナリスの頂上。俗に世界樹の心臓とか呼ばれているそうだ。
かつては純白の輝きで連邦を照らしていたその場所は、今や裏切りの聖女、エリザが放つ紫黒色の瘴気によって、見るも無惨な光景へと変貌していた。
巨大な聖樹の根が脈動する中心、そこに彼女はいた。
かつては透き通るような銀色だった髪は、毒の影響で紫に染まり、その瞳からは、この国が長年にわたって彼女に押し付けてきた魔毒の澱が、涙のように溢れ出している。
「・・・・・・来たのね、黄金の器。私と同じ、世界の『ゴミ箱』と呼ばれた可哀想な子供」
エリザが静かに手をかざす。それだけで、周囲の空間がミリミリと音を立てて削り取られていった。
「でも、あなたのその輝き、癪に障るわ。私がどれほどの泥を啜って生きてきたか・・・・・・その身に刻んであげましょう!」
エリザが指先を弾くと同時に、空間が爆発した。
「喰らいなさい! 『万毒壊死の洗礼』!」
数千、数万という毒の棘が、追尾弾となって僕を襲う。一本でも掠れば即座に細胞が壊死し、魂まで腐食させる必殺の魔術。
だが、僕は一歩も動かなかった。
「・・・・・・吸入、開始」
金色のオーラが僕の周囲に渦を巻く。僕に向かって飛来した毒の棘は、僕の肌に触れた瞬間、分解されて、煙のように僕の胸元へと吸い込まれていった。
「何っ・・・・・・!? 直撃したはずよ!」
「エリザさん・・・・・・あなたの毒は、確かに重い。でも、僕の器は今、仲間の想いで満たされているんだ。この程度なんてことないよ」
エリザは顔を歪ませ、次々と大技を繰り出した。
大地を溶かす腐食の奔流、大気を汚染する窒息の霧、精神を破壊する呪詛の絶叫。
しかし、そのすべてが僕というブラックホールに飲み込まれ、消えていく。
シエラの薬で活性化した僕の細胞は、毒を喰らうたびにむしろ輝きを増していた。
「バカな・・・・・・! 私が数十年かけて溜め込んだ呪いを、ただの食事だとでも言うの!?」
追い詰められたエリザの髪が、怒りと悲しみで逆立った。
彼女は聖樹の幹に背を預ける。周囲の空間が紫色の炎に包まれ、重力が逆転する。
「認めたくない・・・・・・私の苦しみが、たかが一人の少年に飲み干せるはずがないわ! これが最後よ! 私の魂ごと、この世界を灰に帰してあげる!!」
彼女の背後に、巨大な漆黒の太陽が出現した。
「究極奥義――『終焉の聖告・灰燼世界』!!」
放たれたのは、物質の結合そのものを解除し、あらゆる存在を灰にする究極の奥義。霊峰全体が震えた。
だが、僕は隣にいたエマの手を強く握った。
「エマ・・・・・・行くよ」
「ええ。あんたの器は、私が絶対に壊させない!」
エマの白銀のマナが僕の器を外側から補強する。
僕は両手を大きく広げ、世界を滅ぼす漆黒の太陽へと正面から飛び込んだ。
「『黄金の神域・万象捕食』!!」
ドォォォォォォォォォォンッ!!
衝撃波が一帯を駆け抜けた。
だが、爆発は起きなかった。
巨大な漆黒の太陽は、僕の胸元に形成された一点の輝きに向かって、信じられないほどの圧力で圧縮・吸入されていったのだ。
エリザが放った絶望の全てが、僕の器の中で、浄化されていく。
数秒後、霊峰の頂上には、静寂と・・・・・・雲の間から差し込む、柔らかな陽光だけが残された。
魔力を使い果たし、膝をついたエリザ。
その姿は、先ほどまでの威厳はどこへやら、ただの疲れ果てた少女のようだった。
「・・・・・・あ・・・・・・ああ・・・・・・。私の、すべてが・・・・・・消えた・・・・・・」
放心状態で虚空を見つめる彼女の前に、僕はゆっくりと歩み寄った。
エマたちは、僕の意志を尊重して、少し離れた場所で静かに見守ってくれている。
僕は、エリザの隣に腰を下ろした。
「・・・・・・お疲れ様。エリザさん」
「・・・・・・あざ笑いに来たの? あなたのような選ばれた者に、何がわかるっていうのよ・・・・・・」
「わかるよ」
僕は彼女の震える手に、自分の手を重ねた。
「僕も君と同じだったんだよ。代々「ゴミ箱」として蔑まれて、汚物や、呪いや、みんなが嫌がるものを引き受けて、世界を綺麗にしてきた・・・・・・」
エリザの瞳が、微かに揺れた。
「あなたも・・・・・・ゴミ箱だったの?」
「そう。でもね、あるとき僕は目覚めたんだ。そしたら、ゴミ箱っていうのは、裏を返せば『世界で一番、汚いものを宝物に変えられる場所』だってことに気づけた」
あのゴミ処理場で覚醒したとき。思えば、あのときから、僕の人生は始まった。
目の前の聖女エリザ――いまや、ただの小柄な少女だ――を僕はじっと見つめる。
多分、これはもう一人の僕の姿だ。僕は上手い具合に覚醒できた。だけれど、彼女はその覚醒が、よりマイナスな方向に働き、そしてこれだけの惨事を引き起こすに至った。
僕は、エリザに言う。
「あなたが一人で抱えてきたこの数十年分の毒、僕が全部食べたよ・・・・・・とっても苦くて、悲しい味がした。あなたは、ずっとこの味を一人で耐えてきたんだね」
エリザの目から、本物の涙が溢れ出した。
彼女の中に培われてきた長い長い年月の孤独が、溶けていく。
「もう、いいんだよ。エリザさん。もう、頑張らなくても。ゆっくり休んだ方がいいよ」
「え? でも、魔毒は常に発生するでしょ・・・・・・この聖樹連邦の住民の魔毒は、どうすればいいのよ?」
僕は立ち上がり、聖樹の心臓を見上げた。
「これからの聖樹連邦の魔毒は、全部僕が引き受ける・・・・・・もちろん、タダじゃないよ?我が家は商売人だからね。連邦には相応の報酬を請求させてもらう。でも、あなたはもう、一人で泣きながら毒を飲む必要はない」
「そんなこと・・・・・・できるはずがないわ」
「いいや。僕には出来る。僕には、世界一の解析者と、世界一の薬師と、世界一の鑑定士・・・・・・そして、僕の魂を支えてくれる、世界一の騎士がついているんだ」
僕はエマを振り返った。エマは眩しい笑顔で頷き、僕の隣に立った。
「そうよ、エリザ。これからはミトがすべてやってくれるのよ。あんたは、自分の人生を生きていけばいいじゃない」
エマの言葉に、エリザは一瞬呆然とし・・・・・・それから、小さく、本当に小さく吹き出した。
「ふふ・・・・・・あなたたち、本当に・・・・・・バカなんじゃないの? 底抜けのお人好しね・・・・・・」
エリザの身体から、不吉な紫の光が完全に消えた。
そこには裏切りの聖女はもうどこにもいなかった。ただ一人の少女がいるだけだった。
「・・・・・・ミト。ありがとう。あなたの黄金の器・・・・・・少しだけ、温かかったわ」
聖樹連邦に、本物の平和が訪れた。




