第69話 連邦の聖女たち
巨竜を討伐した直後、僕たちはカシム大使の案内で、聖樹連邦ルミナリスの中枢のルミアス聖堂へと急行した。
聖堂の重厚な扉が開かれた瞬間、鼻を突いたのは、むせ返るような腐敗臭と、肌を刺すような高濃度の魔毒の気配。かつては聖樹の加護が満ちていたはずの広間には、紫黒色の澱みが霧のように立ち込め、視界さえも遮っている。
「・・・・・・ひどい。これが、聖なる場所だっていうの?」
エマが思わず口元を覆った。
広間の隅々には、数十人の聖女たちが力なく座り込み、あるいは倒れ伏していた。
カシム大使の説明によると、反乱を起こした聖女エリザの穴を埋めるため、残された聖女たちは、不眠不休で国中の魔毒を一身に引き受け、浄化を試みている。
だが、その姿はあまりに痛ましい。
頬はこけ、眼窩は黒ずみ、肌は生気を失って灰褐色に変色している。震える手で祈りを捧げているものの、彼女たちから放出される浄化の光は、今にも消え入りそうなほど細く、頼りなかった。
「・・・・・・どなた、ですか・・・・・・? 今は・・・・・・入っては、いけません・・・・・・毒が、移って・・・・・・」
かろうじて意識を保っていた一人の年若き聖女が、虚ろな瞳を僕たちに向けた。彼女の指先からは、浄化しきれなかった毒が黒い筋となって浮き出ている。
「アルヴェニア王国より、救世主を連れて参りました!」
カシム大使が叫ぶが、聖女たちはもう、その言葉に返事をする気力さえ残っていないようだった。
エリザが反乱を起こしたことで、連邦の魔毒処理システムは崩壊寸前だ。残された彼女たちは、いわば溢れ出したゴミ箱を素手で抑え込んでいる状態。このままでは数日もしないうちに、彼女たちの魂の器は毒に耐えかねて砕け散るだろう。
「・・・・・・リサ、解析は?」
「終わっているわよ。彼女たちが抱えている毒の総量は、そりゃあとんでもないわよ」
リサの言葉に、僕は頷いた。
「ミト、無理はしないで。・・・・・・私たちが繋がっているのを、忘れないでね」
エマが僕の背中に手を添えた。
瞬間、僕の体内の黄金のマナと彼女の白銀のマナが共鳴し、眩いばかりの光を放ち始めた。
僕は、両手を広げた。
「――全部、僕が引き受けます」
シュォォォォォォッ!!
聖堂内に、暴風のような吸気音が響き渡った。
聖堂を満たしていた毒が、僕の胸元へと吸い込まれていく。
聖女たちの身体から、その身体を蝕んでいた黒い筋が剥ぎ取られ、光の粒子となって僕の中へと消えていく。
「・・・・・・あ、ああっ・・・・・・体が・・・・・・軽い・・・・・・?」
一人、また一人と、聖女たちが驚きに目を見開く。
数十秒後。
聖女たちを苦しめていた魔毒は、最後の一欠片まで僕の器へと収められ、聖堂には清浄な、そしてどこか懐かしい香りが戻ってきた。 霧が晴れた聖堂に、窓から柔らかな陽光が差し込む。
僕は大きく息を吐き、体内に溜まったエネルギーをエマのマナで優しく鎮めた。
「ミト様・・・・・・! あなたは、一体・・・・・・」
先ほど声をかけてきた聖女が、よろよろと立ち上がった。
彼女の肌には血色が戻り、瞳には確かな生気が宿っている。周囲の聖女たちも、信じられないものを見るような表情で、自分たちの白く清らかな手を見つめていた。
「・・・・・・奇跡だ・・・・・・本物の、奇跡が起きた・・・・・・!」
聖女たちが次々と膝をつき、僕に向かって祈りを捧げ始めた。
「ありがとうございます、救世主様・・・・・・。私たちの絶望を、あの魔毒を一瞬で消し去ってくださるなんて・・・・・・」
口々に寄せられる感謝の言葉。
けれど、僕は少し照れくさくなって、隣で誇らしげに胸を張るエマの肩を叩いた。
「・・・・・・いや。僕一人じゃ、あんなに一気には吸い込めなかったよ・・・・・・エマが、僕を支えてくれたからなんだ」
「ふふ、そうね・・・・・・でも、今のミトは本当にすごかったわ・・・・・・ちょっと、格好よすぎて見惚れちゃったじゃない」
エマが耳元でそう囁き、僕の腕にぎゅっと抱きついた。その仕草に、周囲の聖女たちが少しだけ頬を赤らめ、聖堂には数分前までの地獄が嘘のような、穏やかな笑い声が湧き起こった。
しかし、そんな感動的な場面なんて意に介さず、僕たちの仲間たちは相変わらずだった。
「ふむ・・・・・・聖女たちの細胞修復速度は向上。ミトの吸引プロセスにおける周囲の生命力への干渉は、新しい論文のテーマになりそうね」
リサはすでに、回復した聖女たちを観察対象として(失礼なことに)じっくりとスキャンし始めている。
「さっきの聖女さんたちの魔毒処理の際に放たれたマナ・・・・・・これを希釈すれば、最高の精神安定剤が作れそう・・・・・・ねえ、聖女の皆さん、あとでちょっとだけ採血させてもらってもいい?」
シエラは怪しい注射器をカチカチと鳴らしながら、聖女たちを追いかけ回そうとしてエマに首根っこを掴まれている。
「・・・・・・さて。カシム大使。これにて連邦中枢の緊急浄化は完了ですね」
クレアは一人、優雅に手帳を閉じ、カシムに向かって微笑んだ。
「ですが、これはあくまでです応急処置・・・・・・反乱を起こした聖女エリザを止め、連邦の魔毒処理システムを根本から再構築しない限り、この平穏は長くは続きません」
クレアの言葉に、カシム大使は背筋を伸ばし、深く頷いた。
「・・・・・・承知しております・・・・・・ミト殿、皆様・・・・・・どうか、我らと共に・・・・・・この国の呪いを、そしてエリザを・・・・・・救ってやってはいただけないでしょうか」
僕は、エマ、クレア、リサ、シエラと視線を交わし、そして深くうなずく。
「任せておいてください。必ず、聖女エルザを救ってみせます」
「ありがとうございます、ミト様、エマ様・・・・・・!!」
「大使。お礼は、すべてが片付いてからにしましょう」
僕は大使を励ますように、そう言うのだった。




