第67話 作戦会議、そして聖樹連邦の事情
アルヴェニア王国の軍事の中枢を担うといっても過言ではない名門・スプレンディアス侯爵家。その邸宅は、質実剛健を絵に描いたような威厳に満ちていた。
僕とエマ、そしてクレアは、スプレンディアス家内にある会議室にいた。正面には、聖樹連邦ルミナリスのカシム大使が、深い疲弊を滲ませて座っている。
「我が国、ルミナリスの抱える根本的な問題は、あの巨竜ではないのです・・・・・・これから、事情をお話しましょう」
カシム大使は震える手で、一枚の魔導写真をテーブルに広げた。そこに映っていたのは、紫黒色の霧を纏い、山一つを飲み込もうとするほど巨大なドラゴンの姿だった。
「我が国は代々、霊峰にある聖樹ルミナーゼの浄化を、聖女たちに委ねてきました。その聖女たちを束ねるリーダーがいました。名はエリゼ。聖女たちが集めた国中の魔毒を、最後はエリゼが世界樹の根へと還す、そういう形で、連邦の繁栄を支えてきたのです」
そのシステムは少し我が国のノルディアス家を使役するものと酷似しているな。そう僕は思った。
「しかし一ヶ月前、エリゼが突如として反旗を翻しました。彼女はもう魔毒の処理は行わないと宣言して、霊峰に眠っていた巨竜に魔毒を強制注入・・・・・・自らの操り人形へと変えてしまったのです」
「・・・・・・聖女が、自分の国を毒で滅ぼそうとしているっていうことですか?」
僕が問いかけると、カシム大使は無念そうに頷いた。
「エリゼは言いました。『私はもう、この国のゴミ箱であることを辞める』と。・・・・・・今や霊峰は彼女の支配下にあり、誰も近寄ることが出来ません。差し出がましいのは承知の上ですが・・・・・・ミト殿。どうか、巨竜の無力化そしてエリゼの説得をお願いしたいのです」
会議室に重苦しい沈黙が流れる。
「聖女の裏切り」という言葉が、どこか他人事とは思えなかった。僕だって、もしエマや家族がいなかったら、溜め込んだ毒の重さに耐えかねて、世界を呪って、似たようなことをしていたかもしれない。
「・・・・・・分かりました。引き受けます」
「ミト・・・・・・!」
エマが心配そうに僕を見る。けれど、僕は彼女の手を優しく握り返した。
「エマ、大丈夫だよ。そのエリゼっていう人がどれだけ強い毒を持っていても、今の僕にはそれを支えてくれる君がいる。・・・・・・それに、似たような境遇で苦しんできた彼女を、放っておけないんだ」
「そうと決まったら、リサとシエラにも連絡を入れましょう。彼女たちなら、力になってくれるはず」
クレアの提案に、僕は思わず笑みが溢れた。 確かに、あの二人なら、どんな複雑な巨竜の構造も、どんな強力な魔毒の成分も、あっという間に解剖して解決策を見出してくれるだろう。
「・・・・・・カシム大使。交通費その他、今回の件にかかる費用は、聖樹連邦が全額負担ということでよろしいですわね?」
「は、はい! もちろんです! 国の命運に比べれば安いものです!」
こういうときでも、金銭についてめざといのが、クレアらしいといえばクレアらしい。
「なら決まりよ。リサとシエラ、そしてわたしとエマとミト、この五人なら恐いものはないわね」
作戦会議を終え、夕暮れのスプレンディアス邸の庭に出ると、冷たい風が僕の頬を撫でた。
隣には、腰に銀の剣を佩き、凛とした瞳で遠くを見つめるエマがいる。
「ミト・・・・・・今回の敵は、あんたと同じ境遇の聖女。色々と、一筋縄じゃいかなそうね」
「うん。でも、きっと大丈夫だよ」
「・・・・・・ええ。あんたが毒を全部吸い込めるように、私がその道にある障害を全部斬り伏せてあげる」
エマが僕の腕を抱きしめてくる。僕の体内が、彼女の想いを受けて黄金に脈打つ。
待っているのは、裏切りの聖女エリゼと、猛毒を纏った伝説の巨竜。だけれどきっと大丈夫だという確信があった。




