第65話 これから
二日間にわたる王立学院祭が幕を閉じ、日常の喧騒が戻ってきた。
ノルディアス家の屋敷は、柔らかく温かな光に包まれていた。
リビングには、家族全員が揃っていた。
大きな円卓の上には、商会の帳簿と、数え切れないほどの金貨が詰まった革袋、そして市民たちから寄せられた感謝の手紙の束が山積みになっている。
「・・・・・・信じられん。これほどまでの結果になるとは」
父様が、震える手で集計用紙を見つめていた。その瞳には、かつて「ゴミ箱」と蔑まれ、家門の没落をただ見守るしかなかった頃の暗い影は、もうどこにもなかった。
「ミト、エマちゃん。改めて、今回の功績は全てお前たちのおかげだ・・・・・・学院祭二日間の売上と、その後に頂いた寄付金を合わせると・・・・・・我々の商会の二ヶ月分の予算を、たった二日で稼ぎ出してしまったよ」
父様の報告を聞きながら、クレアは優雅に紅茶を啜り、いつものように無表情で帳簿を捲っていた。けれど、その金色の瞳には、隠しきれない満足の色が浮かんでいる。
「・・・・・・ふむ。初めての対外的な大規模出店としては、上出来と言わざるを得ないわね。特に、後半の巨大ケーキによる試食と、炎の浄化によるパフォーマンス・・・・・・いえ、人命救助がもたらした広告効果は、相当なものよね」
クレアは素早くペンを走らせ、空中に利益やらなんやらの計算を書いていく。
「財務副大臣閣下も言っていたわね。『数字は嘘をつかないが、嘘つきは数字を使う。しかし、信頼は数字を作る』と。それがまさにこういう形で現れた、てところかしらね」
僕は、積まれた金貨の山を眺めながら、静かに首を振った。
「・・・・・・父様。もちろん、お金が稼げたことは商会として嬉しいけど。・・・・・・僕は、それ以上に嬉しいことがあるんだ」
僕は隣に座るエマの手を、テーブルの下でそっと握った。
彼女の指先からは、今も温かな、そして力強い白銀のマナが流れ込んでくる。
「何、ミト?」
「・・・・・・『ノルディアス』という名前が、王都の人たちの口から、恐怖や蔑みじゃなく、『助けてくれた』とか『ありがとう』っていう言葉と一緒に語られるようになったこと・・・・・・それが、僕にとってはどんな宝物よりも価値があるんだ。僕たちは、もう立派なこの王国の一員なんだって、証明できた気がするから」
僕の言葉に、エマが深く頷いた。彼女の表情には、一人の騎士としての矜持と、そして僕を支え続けたという誇らしさが満ち溢れている。
「・・・・・・ミトの言う通りよ。昨日、生徒たちが言ってたわ。『ノルディアスがいれば、どんなことが起きても大丈夫だ』って・・・・・・そういう賛辞は、これまでどんな名門貴族も手に入れられなかった、最高の称号だと思うわ」
エマの言葉に、母様が目元を拭い、父様も深く頷いた。
「・・・・・・さて。お喋りはこれくらいにしましょう。ミト、エマ」
クレアが、少しだけ口角を上げて立ち上がった。
「学院祭での成功は、あくまでスタートライン。これからどれだけ商会が繁栄していき、ノルディアスの名を立派なものにしていくのか、すべてあなたたちに懸かっているのよ」
クレアの言葉に、その場にいた全員が深くうなずく。
リビングを後にし、僕とエマは屋敷のバルコニーに出た。
遠くに見える王立学院の時計塔が、新しい一日の始まりを告げている。
「ミト。・・・・・・これから、もっと大変なことが起きるかもしれない。でも、私はずっとあなたの隣にいる。あんたの器がどれだけ大きくなっても、私がそれを抱きしめてあげるわ」
「ありがとう、エマ。・・・・・・僕も、君を守り抜くよ。・・・・・・いや、僕たちが、この世界を浄化していくんだ」
僕たち二人の背中に、眩い朝陽が降り注ぐ。




