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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第63話 夜のファイアー


 広場の中央には、天を突くほど巨大な薪の塔が組み上げられていた。魔導工学科と精霊魔法科が共同で管理する、魔導共鳴焔レゾナンス・フレアというらしい。つまりは焚き火だ。


 炎は薪の燃焼だけでなく、空間に漂う余剰マナも燃料として、青、白、そして鮮やかな朱色へと刻一刻とその色を変えていく。


 火の粉はまるで意志を持つ精霊のように夜空へと舞い上がり、天の川と混ざり合っていた。


「・・・・・・綺麗ね。こうして見ていると、今日一日の騒動が全部嘘みたいだわ」


 隣に立つエマが、炎に照らされて赤く染まった横顔をほころばせる。

 彼女の瞳には揺らめく火が映り込んでいる。


「そうだね。・・・・・・いろいろあったけど、今日は楽しかったよ」

「わたしもよ」


 僕たちは、熱気に包まれた広場の喧騒から少しだけ離れた、小高い丘の縁に腰を下ろした。


 二日間、多くのものを飲み込んできた。心地よい疲労感と共に、隣にいるエマの肩が触れる距離感に、僕はこれまでにない安らぎを感じていた。


「ミト。・・・・・・あんた、今日一日でまた少し背が伸びたんじゃない?」

「え? そんなことないと思うけど・・・・・・」

「ううん、伸びたわよ。物理的なことじゃなくて・・・・・・なんて言うのかしら、あんたの後ろ姿が、前よりずっと大きく見えるの。私が守らなきゃいけない背中が、いつの間にか私を導いてくれる背中になってる気がして・・・・・・」


 エマの声は、焚き火が爆ぜる音に混じって、しっとりと僕の心に染み込んでくる。

 彼女は僕の右手をそっと取り、自分の両手で包み込んだ。


「・・・・・・少しだけ、寂しいわね。あんたが立派になればなるほど、私はあんたの手を引いて歩く必要がなくなっちゃうから」

「そんなことないよ、エマ。・・・・・・僕がどれだけ強くなっても、君がいなきゃ僕はどこへも行けない。僕の器を黄金に輝かせてくれるのは、君の存在そのものなんだから」


 僕は勇気を出して、エマの指に自分の指を絡めた。


 エマの身体が微かに震え、それから、彼女は僕の肩にゆっくりと頭を預けてきた。

 炎の熱さとは違う穏やかで絶対的な愛のぬくもり。


 この瞬間が永遠に続けばいい――そう願った、その時だった。


 ――ズズズッ、という地響きが、丘の地面を揺らした。


「な、何!? 地震?」


 エマが即座に立ち上がり、剣の柄に手をかける。


 僕たちの視線の先、広場の中央で燃え盛っていた魔導共鳴焔が、突如としてその色を不気味な黒々とした色へと変質させていた。


「おい、見ろ! 制御装置が・・・・・・おかしくなっているぞ!」

「このままだと炎が大暴走してしまう!」


 管理していた生徒たちの悲鳴が上がる。


「やれやれ・・・・・・」

「本当にもう・・・・・・この学院は、もうちょっと管理が上手く出来ないのかしらね」


 僕もエマも、呆れ半分に、溜め息をひとつ吐く。


「ミト、それで、どうやってあれを解決する? 氷属性魔法でも放って鎮火する?」

「うん・・・・・・まあ、ちょっと見ていてよ」


 ゴォォォォォォッ!! と炎は一気に十メートル以上の巨大な火柱となり、周囲の空気を猛烈な勢いで吸い込み始めた。熱波は防護障壁を焼き切り、逃げ惑う生徒たちの背中に迫る。


 毒じゃない。これは、純粋な熱エネルギーの暴走だ。

 僕は、自分の胸の奥にある黄金の器を意識した。


 僕は駆け足で、逆巻く爆炎の渦中へと突き進んだ。


 肌を焼く熱風。けれど、僕の肌に触れる熱は、瞬時に体内に黄金のマナへと変換されて蓄積されていく。


 火柱の根元。

 暴走するマナの奔流ほんりゅぅが、物理法則を無視した熱力学的特異点を形成していた。


 僕は両手を広げ、炎の心臓部を抱きしめるように構えた。


 瞬間、世界から音も熱が消えた。


 火柱は爆発する代わりに、僕の胸元に向かって、渦を巻いて収束していった。


「ぐ、ああああああ・・・・・・っ!」


 全身の血管を溶岩が流れるような錯覚。

 さすがに、ちょっと無理し過ぎたかな。そうだよね。だってこれは、魔毒じゃなくて、熱エネルギーだ。


 けれど、不思議と苦痛はなかった。


 僕の身体は黄金色に強く輝き、夜の闇を白日のように照らし出した。


 数十秒後。


 広場を埋め尽くそうとしていた恐怖の炎は、最後の一欠片まで僕の器の中へと消えた。


 残されたのは、真っ黒に焦げた折れた薪の山・・・・・・そして、全身から蒸気を立ち上げ、静かに立つ僕一人だった。


「・・・・・・・・・・・・」


 周囲は、静まり返っていた。

 生徒たちも、教師たちも、そして遠くで僕を見つめていた父様たちも。

 誰もが、今起きた現象を理解できずにいた。


「・・・・・・ミト・・・・・・?」


 震える声で僕の名を呼んだのは、エマだった。彼女は駆け寄り、恐る恐る僕の肩に触れる。


「あ、ああ。・・・・・・大丈夫だよ、エマ。・・・・・・少し、お腹がいっぱいなだけだ」


 僕はそう言って笑おうとしたけれど、自分の声が、どこか遠く響くのを感じた。


 毒だけではない。熱も、光も、おそらくは衝撃さえも。

 今の僕は、この世界に存在するあらゆる力を無効化できるのかもしれなかった。


「・・・・・・よかった。本当に、よかった・・・・・・てか、いくらなんでもびっくりしたわよ!? まさか、炎をそのまま飲み込むなんて・・・・・・」

「大丈夫だよ。やれる、ていう確信があったんだ」

「もう・・・・・・ミトはいつも、私を心配させてばかりね」


 エマは涙を滲ませながら、笑う。


「ミト様・・・・・・本当にすごいですわね・・・・・・

調理部の巨大ケーキのときと同様、またしても、学院全体の命を救うなんて・・・・・・」


 いつの間にか、カトレアさんがやって来て、僕に話しかけてきた。


「ミト様。あなたは、英雄ですよ。今回の学院祭は、あなたの名誉回復の晴れ舞台でしたね・・・・・・」

「そんな・・・・・・」


 僕が謙遜しようとすると、周囲から、


「そうだ! ミトはもう立派な学院の一員だ!」

「俺たちの英雄ミト、万歳!」


 広場が妙に盛り上がってくる。僕は、気恥ずかしくなる。


「エマ・・・・・・」


 僕は隣のエマを見る。彼女は楽しそうに、頬を緩めて、

「ね? 十年以上前から、わたしはずっと信じていたんだから。いつかきっと、ミトのことをみんなが評価してくれるって」


 僕を讃える声が、夜の闇に、いつまでも響いていた。


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