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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第60話 チョコバナナと超巨大ケーキ


 リサの研究棟で起きた騒動を無事に鎮圧した僕たちは、約束通り、祭りの熱気に包まれた屋台通りへと戻ってきた。


 午後になり、来場客数はものすごい人だかりとなっている。人混みの中、僕は約束していたチョコバナナを二本買い、一本をエマに差し出した。


「ほら、エマ。リサ様の暴走を止めるのに一番頑張ったご褒美だよ」

「・・・・・・うん、ありがと」


 エマはまだ少し頬を赤らめながら、素直にチョコバナナを受け取る。そして、何を思ったのか、少し震える手でそれを僕の口元へ寄せた。


「・・・・・・はい、ミト。あーん」

「えっ・・・・・・? エ、エマ?」

「な、なによ! 私がチョコバナナを食べてる間に、あんたが勝手にどこかへ行かないように、先に一口食べさせてあげてるだけよ!早くしなさい、溶けちゃうわよ!」


 無茶苦茶な理屈を唱えて、必死に目を逸らしながら、耳まで真っ赤にしているエマ。


 周囲の視線が少し気恥ずかしかったけれど、僕は意を決して、彼女が差し出した甘い塊を一口かじった。


「・・・・・・甘いね。すごく、美味しい」

「・・・・・・そうでしょ。・・・・・・次は、私の番ね」


 エマは満足そうに微笑むと、今度は自分のチョコバナナを幸せそうに頬張った。

 黄金色の夕陽が射し込む中、僕の口の中に広がる濃厚なチョコの甘みとバナナの香りは、大げさな言い方だが、生きている実感がわいてくるほどだった。


 そうして平和なデート気分を楽しんでいた僕たちの耳に、突如として悲鳴のような叫び声が届いた。


 声の主は、学院中央広場に特設された巨大キッチンステージに立つ、調理部部長の男子生徒だった。


「そんな・・・・・・! 天上食品のバターとアマテラス竜の卵が、配送トラブルで届かないだって!? このままじゃ、学院祭の目玉・千人分の祝祭ケーキが完成しないじゃないか!」


 広場の中央には、高さ三メートルを超える巨大なスポンジ台がそびえ立っている。けれど、それを完成させるための、材料が来なくなったらしい。


「このケーキは、学院の連帯と繁栄を祝うためのものなんだ・・・・・・完成させないと、これまでの努力がすべて無駄になってしまう・・・・・・」


 肩を落とす調理部員たち。観客の間にも、失望の色が広がっていく。

 その時、僕の隣でチョコバナナを完食したエマが、僕の袖を引いた。


「ミト・・・・・・あんたの体内の『器』って、栄養分も溜め込めたわよね?」

「え? ・・・・・・ああ、理屈の上ではそうだけど」


 魔毒を分解し、その構成要素を純粋なエネルギー、あるいは高純度の有機物へと再構成することで、体内に蓄積している。だったっけ。


「だったらさ、やってみれば? バターと卵の代用品になるかは分からないけれど・・・・・・このままだと、調理部のみんながあんまりにも可哀想よ」

「・・・・・・よし。部長さん、僕に少し手伝わせてもらえませんか?」


 突然現れた僕に、調理部員たちは困惑の表情を浮かべた。


「ノルディアスのミト・・・・・・? 君が手伝うって、どうやって・・・・・・」

「材料が足りないなら、僕が直接、体内のマナで供給します。・・・・・・僕がこれまでに浄化したエネルギーの一部を、バターや卵の代わりに使うんです」


 僕は巨大なミキシング・ボウルに両手をかざした。


 周囲の観客から、「えっ、あいつが触るのか?」「毒が混じるんじゃないか?」という不安な囁きが聞こえてくる。


 けれど、僕は構わずに意識を集中させた。



――【有機栄養素・逆転錬成公式】――



 僕の手のひらから、温かく、そしてミルクのような芳醇な香りを帯びた黄金色の光が溢れ出した。


 光はボウルの中で実体化し、雪のように白い高純度のクリームと、太陽のように輝く濃厚な卵液へと姿を変えていく。


「な、なんだこの香りは・・・・・・!」


 部長の目が驚愕に見開かれた。

 その光を合図に、調理部員たちは再び活気を取り戻し、一気に巨大ケーキを組み上げ始めた。


 それからしばらくして。広場の中心に、宝石のように美しい巨大なデコレーションケーキが完成した。


「さあ・・・・・・完成だ! 皆さん、召し上がれ!」


 部長が声を上げる。けれど、集まった一般客たちは、誰一人として動こうとしなかった。 彼らの目には、まだ拭いきれない偏見が浮かんでいる。


「・・・・・・あれは、あのノルディアスが作ったケーキだぞ」

「いくら見た目は綺麗でも、中身は毒まみれだろう。あの家系は、汚れを溜め込むためのゴミ箱なんだから」


 残酷なささやきが、完成したばかりのケーキの香りを汚していく。


 僕はただ、静かに立ってその毒にまみれた言葉を受けていた。


 分かっていたことだ。僕がどんなに善行を積んでも、人の心に根付いた偏見は、そう簡単には解けない。でも、だったら僕は、何もしない方が良かったのだろうか?


 その時――。


「――まあ。これほど清らかな香りを放つ至宝を前にして、口を付けないなんて、王都の皆さんは、随分と贅沢が過ぎるようですわね」


 人混みを割って、一人の少女がりんとした足取りで進み出た。


 カトレア・ローゼンベルク。


 彼女は、陽光を跳ね返すようなドレス姿で僕の前に立った。


「カトレアさん」

「ミト様・・・・・・私は知っていますよ。あなたのその手が、どれほど優しく、どれほど多くの命を救ってきたかを」


 カトレアさんは優雅な仕草で、ケーキを切り分けて、その一片を手に取った。


 周囲が息を呑む中、彼女は迷うことなく、その一切れを口へと運んだ。


「・・・・・・・・・・・・っ!」


 彼女の瞳が、驚きと喜びに大きく見開かれる。


「美味しい・・・・・・! これまでの人生でいただいたどんなお料理よりも、身体の芯から力が湧いてくるようです」


 彼女は、周囲を取り巻く一般客たちに宣言するように、堂々と主張する。


「皆さん! このミト様を、毒を溜めるだけの存在だと思うのは、間違いです! 毒を、私たちを生かすための祝福へと変えることができる、唯一無二の英雄なのです!」


 カトレアの言葉に、まず動いたのは学院の生徒たちだった。


「そうだよ! ミトがどんなに俺たちのために尽くしているか、一番分かっているだろうが!」

「昨日の騒動だって、ミト様が救ってくれたんじゃないか。信じない方が馬鹿だ!」


 一人、また一人と、生徒たちがケーキを手に取っていく。


 その顔には、これまでに感じたことのない活力が溢れ出していた。


 その様子を見ていた一般客たちも、恐る恐る、けれど抗いがたい香りに誘われるようにして、次々とケーキに手を伸ばし始めた。


「・・・・・・本当だ。体が、すごく温かい・・・・・・」

「持病の膝の痛みが、消えた? まさか、ケーキを一口食べただけで・・・・・・」


 広場は、先ほどまでの沈黙が嘘のような歓声に包まれた。


 僕が体内に溜め込んできたのは、苦しみや悲しみだけではない。それらを乗り越え、昇華させた生命の純粋な力そのものだったのだろう。


 僕は、誰もが笑顔でケーキを頬張る光景を、ただ眩しく見つめていた。


「よかったわね、ミト。あんたの力が、また一つ世界を浄化したわ」


 エマが隣で、誇らしげに胸を張る


「エマ・・・・・・それじゃ、僕たちもケーキをいただこう」

「うん!」


 ナイフとフォークを手に取り、僕とエマは、千人分という巨大祝祭用ケーキの元に向かうのだった。


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