第59話 二日目もカオスに始まる学院祭
学院祭二日目の朝。
昨日までの喧騒が嘘のように、早朝のキャンパスには冷たく澄んだ空気が流れていた。・・・・・・けれど、その静寂は平和を意味するものではなかった。
「ミト・・・・・・リサの研究棟から、とんでもない数値のマナが立ち上がってるわ」
クレアの声で僕は急いで窓の外を見た。
リサの研究室のある棟から、巨大な光の円柱が空に向かって伸びていた。ネイビーブルーの輝きが、キラキラと輝いている。
「・・・・・・リサ。やっぱり、大人しくしてるわけなかったんだね」
僕は苦笑いしながら、エマと共に研究棟へと駆け出した。
一昨日、僕の体内情報を公開しようとしてエマに阻止された彼女だが、一日で代替案を完成させたのだろう。嫌な予感は、確信へと変わっていた。
研究棟の広場に着くと、そこにはすでに黒山の人だかりができていた。
リサは壇上で、巨大な水晶球を愛おしそうになで回している。
「皆さん、おはようございます! 学院祭二日目の目玉、『因果の水晶――全生徒魔導プロファイリング・システム』の起動よ! もうプライバシーなんて古い言葉は捨てなさい。この水晶が、あなたのマナの揺らぎから、隠された本音や欲望をリアルタイムで視覚化してくれるわ!さらには、ちょっとした未来予測まで出来る優れものよ!」
リサが水晶に触れた瞬間、周囲にいた学生たちの頭上に、奇妙な魔導ホログラムが浮かび上がった。
「ハイゼンベルクさん:昨日の模擬店の売上、三割ちょろまかした(証拠マナ残留中)」
「ペーボラ教授:カツラがズレるまで、あと三・二・一・・・・・・」
「「「ぎゃあああああああ!?」」」
広場は一瞬にして大騒ぎになった。
秘密を暴かれた人、突風でカツラがずれた教授、混乱に乗じて逃げ出す者。
リサは狂喜乱舞しながら、空中に展開される膨大なデータ群を指先で弾いている。
「素晴らしいわ! 人間のマナがこれほどまでに正直な数式を描くなんて! 見て、ミト! これが真実の世界よ!」
「リサ! 何てことしてくれたのよ! 今すぐ止めなさい、これは出し物の範疇を超えてるわ!」
エマが剣を抜いて叫ぶが、リサは恍惚とした表情で首を振った。
「ダメよ、エマ。システムはすでに自己学習フェーズに入ったわ。学院中のマナを吸い込んで、次は王都全域の因果を計算して・・・・・・あら、計算負荷が高すぎて、少しだけ魔導回路がオーバーヒート気味かしら?」
リサの言葉通り、青い水晶は次第に赤黒い色へと変色し、バリバリという不気味な放電を始めた。
「このままだと、蓄積されたデータが物理的な情報爆発を起こすわ! 学院が、文字通りデータの下敷きになって消滅しちゃう!」
そこへ、白衣を煤だらけにしたシエラが、奇妙な色に満ちた瓶を抱えて走り込んできた。
「リサ! あんたのの計算器、無茶しすぎよ! ミト、手伝って! 私の特製冷却剤をシステムの中枢に叩き込むわよ!」
「分かった、シエラ! ・・・・・・エマ、僕が中に入る道を切り開いて!」
「任せなさい! 全く・・・・・・あんたたち、天才ぶりが度を超して、ただのバカなんじゃないの!?」
エマが青白い閃光のような一撃を放ち、リサの魔導器『因果の水晶』が構築した障壁を物理的に断ち割った。
その隙間に、僕とシエラが飛び込む。
「ミト君! 私の溶剤をこの回路の接合部にぶち込んで! データの流れがそれでストップするはず!」
シエラが投げた瓶を僕は空中でキャッチして、回路に注ぎ込む。
情報の流れに変化があった。巨大水晶内のエネルギーは沈静化・・・・・・だけれど、全部じゃない。冷却剤の量が足りなかったのだ。あふれかえったエネルギーは行き場を失い、さらに膨れ上がる。
「あらら!? ・・・・・・ああ、しまった!予想以上のエネルギー量・・・・・・でも冷却剤は、いまミトに渡したので全部だし・・・・・・」
頭を抱えるシエラに、僕は言う。
「リサ、残ったのは僕が全部飲み干すよ」
「えっ!? ミト君、これは魔毒じゃないのよ!? 大丈夫なの?」
珍しく他人の心配をしてくれるシエラの制止を、僕は笑って受け流した。
僕は、もはや単なる「ゴミ箱」じゃない。
あらゆる不純を包摂し、価値あるものへと昇華する「理の錬成陣」なんだ。 僕は水晶球に両手を当てた。
脳内に、学院中の生徒たちの「情けない自分」「隠したい自分」の記憶がなだれ込んでくる。
なに、なんてことは無い。魔毒にも、人間の記憶が混入していた。それと、本質的には同じだ。
忌まわしい記憶も、よく見てみれば、人間なら誰もが持つ愛おしい欠点の集まりに過ぎない。
(・・・・・・大丈夫だ。全部、僕が受け止めてあげる)
僕は全身に力を込める。眩い黄金の光が視界を包み込む。
眩い閃光が広場を包み込み、次の瞬間、静寂が戻った。
空に伸びていた光の柱は消え、リサの「因果の水晶」は、ただの綺麗な透明なガラス玉に戻っていた。
生徒たちの頭上に浮かんでいた恥ずかしいホログラムも、すべて消え去っている。
「・・・・・・ふぅ・・・・・・なんとか、間に合ったかな」
僕は膝をつき、大きく息を吐いた。
黄金の光が消えた後、広場には不思議と、晴れやかな空気が漂っていた。
「・・・・・・ミト。大丈夫?」
エマが真っ先に駆け寄り、僕の身体を支えてくれる。その手の震えが、彼女がどれほど心配していたかを物語っていた。
「ああ、大丈夫だよ」
「全く、あんたって人は・・・・・・」
そこへ、リサがトボトボと歩み寄ってきた。彼女は珍しく肩を落とし、壊れた装置を眺めている。
「・・・・・・負けたわ。ミトのキャパシティは、私の予測を遙かに上回っていた・・・・・・データの奔流を、あんなに優しく中和しちゃうなんて、解析不能の極みよ」
「リサ。反省してるなら、今すぐあの被害者たちに謝りに行きなさい」
エマが厳しく指を突きつけると、リサは「・・・・・・それもデータ収集の一環として、やってくるわ」と、相変わらずな調子で人混みの中に消えていった。
騒動が収まった後、広場の学生たちは、不思議と以前よりも仲良くなっていた。
本音を知ってしまったことで、かえって奇妙な連帯感が生まれたのかもしれない。人間の内心には、思うほど悪意はなかったりするのかもね。
「怪我の功名ね。リサの暴走も、ミトが浄化しちゃえば建前の壁を取り払う魔法に早変わり、ってわけ」
クレアが、楽しげに微笑む。
「・・・・・・でも、ミト。ひょっとして、私の頭の中のことも、見えちゃったの?」
エマが、少し不安げに僕を見つめる。
「え? ・・・・・・あはは、どうかな。それは、僕たちだけの秘密にしておこうよ」
「・・・・・・っ! やっぱり見たのね!? バカ、ミトのバカ!」
真っ赤になって怒るエマ。
その隣でケラケラと笑うシエラ。
そして、遠くで生徒たちに追いかけ回されているリサの絶叫が聞こえる。
空はどこまでも青く、僕の右手は微かな温かさが残っていた。
「さあ、ミト。今日はめいっぱい楽しみましょう。ねえ、屋台のチョコバナナ、おごってくれたらさっきの件は許してあげる」
エマの本音は、水晶球なんて使わなくても、今の僕には手に取るように分かる。
僕は彼女の手を強く握り、次なる波乱が待つ祭典の渦中へと、再び歩き出した。




