表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/74

第57話 感謝、そして嫉妬


 ノルディアス商会のテントに押し寄せていた人波は、ようやく落ち着きを見せていた。


 父様と母様は、シエラが差し入れてくれた「新開発の栄養満点・味は強烈な特製ドリンク」を飲んで、一息ついている。クレアは午後からの動線確保について的確な指示を出している。


「ミト、時間が空いたから、また少し学院祭を回ってきなさい・・・・・・エマ、護衛は任せたわよ。変な虫がつかないように、物理的にも情緒的にもね」


 クレアの含みのある言葉に送り出され、僕とエマは学院祭のメインストリートへと足を踏み出した。


 石畳の両脇には、趣向を凝らした屋台が立ち並んでいる。

 浮遊魔石で空中を漂うキャンディショップ、火属性の魔法を応用した超高温の串焼き、氷属性の魔法で冷やした宝石のようなシャーベット。


 見渡す限りの笑顔と、魔法が生み出す光の粒子。魔毒喰らいの僕にとって、この光景は今でも時折、夢ではないかと頬を抓りたくなるほどに輝かしい。


「すごいわね、ミト。去年よりずっと活気がある気がするわ」


 エマが少し弾んだ声で言い、僕のそでを軽く引いた。彼女はさきほど、いつもの騎士服から、学院の制服に動きやすいマントを羽織った恰好に着替えていた。その凛とした佇まいは、祭りの喧騒の中でも一際目を引いていた。


「・・・・・・そうだね、エマ。みんな、本当に楽しそう。・・・・・・あ、あそこ見て」


 僕たちが足を止めたのは、魔導工学研究会による魔力射的のブースだった。

 魔力を込めた矢で、空中を不規則に飛び回る幻影の的を射抜くという趣向だ。


「ミト、やってみる?」

「いや、僕はこういうの苦手だよ。エマこそ、やってみたら? 騎士団の腕前を見せてよ」

「ふふ、いいわよ。見てなさい」


 エマが弓を手に取る。彼女が魔力を込めた瞬間、木製の弓が青白い光を帯びた。


 シュンッ――!


 放たれた矢は一点の曇りもなく、一番難易度の高い、最奥の金色の的を正面から貫いた。


「「おおおっ!」」


 周囲から歓声が上がる。エマは少し照れくさそうに笑いながら、景品として贈られた小さなブローチを僕の襟元につけてくれた。


「これ、今日のミトにぴったりよ」


 その温かい言葉と、エマの柔らかな指先。僕の胸の奥で、マナとは違う何かがトクンと跳ねた。


 賑やかな露店街を抜け、少し落ち着いた雰囲気の漂う、庭園エリアへと歩みを進めたときだった。


 噴水のほとりで、一人の少女がこちらを見つめているのに気づいた。

 透き通るような白い肌、太陽の光を浴びてプラチナブロンドに輝く髪。そして何より、生命力に満ち溢れた力強い瞳。


 その少女は、僕たちと目が合うと、弾けるような笑顔で駆け寄ってきた。


「――ミト様! エマ様!」

「・・・・・・あ、あなたは、カトレアさん?」


 僕は思わず声を上げた。


 カトレア・ローゼンベルク。

 王国有数の名門貴族の令嬢であり、難病で、余命幾ばくもないと言われていたところを、僕らが救った少女。


 あのとき彼女は、顔色は土色に沈み、細くなった腕でベッドから起き上がることさえままならなかった。だけれど、いまはどこからどう見ても、健康そのものだ。


「カトレアさん、すっかり元気になったんだね。・・・・・・顔色がすごくいいよ」

「はい! ミト様にあの時、身体の中の悪いものを全部取り除いていただいてから・・・・・・信じられないほど体が軽いんです! 今ではこうして、毎日学院へ通えるまでになりました!」


 カトレアさんは、くるりとその場で一回転して見せた。

 彼女の全身からは、もうよどんだ気配は微塵も感じられない。むしろ、純粋で澄み切った魔力が、春の芽吹きのように溢れ出していた。


「本当によかったわ、カトレア様・・・・・・あの時は私たちも必死だったけれど、こうして元気な姿を見られるのが、何よりの報酬だわ」


 エマも、純粋に慈愛に満ちた表情で彼女を見つめている。


「ミト様・・・・・・。改めて、お礼を言わせてください」


 カトレアさんは、人混みの中であることを気に留める風もなく、僕の前で深々とカーテシーをした。


「ローゼンベルク公爵家を代表して・・・・・・いいえ、一人の女の子として。あなたは私の命を救ってくれただけでなく、私の止まっていた時間を動かしてくれました。今の私がこうして空を仰ぎ、友達と笑い合えるのは、全てミト様のおかげです」


 彼女の瞳には、感動の涙が少し浮かんでいた。


 周囲の学生たちが「あれ、ローゼンベルク家の令嬢じゃないか?」「あのローゼンベルク様が頭を下げてる相手・・・・・・やっぱり、ノルディアスのミト様だ!」と、ざわめき始める。


「そんな、カトレアさん、頭を上げてください。僕はただ、自分の能力を使っただけで・・・・・・」

「いいえ、それは違います。あんな恐ろしい毒を、誰かのために自分の身に引き受けるなんて、普通の人にはできません。ミト様は・・・・・・あなたは、本当の英雄様です」


 カトレアさんは僕の手をそっと取り、両手で包み込んだ。

 彼女の手は温かかった。もうどこにも、あのおぞましい毒の気配はなく、生命いのちのぬくもりが、そこにはあった。


「・・・・・・ミト。カトレア様が言う通りよ。あんたがしてきたことは、ちゃんとこうして実を結んでいるのよ」


 エマが僕の肩に手を置き、優しく微笑む。


 「ゴミ箱」だと言われ続けてきた僕にとって、この温かな手の感触と、カトレアさんの笑顔は、何よりも強い肯定だった。


 しばらくの間、僕たちはカトレアさんの最近の学院生活や、新しく始めた趣味の話に花を咲かせた。


 彼女は今、魔導芸術のクラスに通っているらしい。自分が生きている喜びを、光と色の魔法で表現したいのだと、楽しそうに語ってくれた。


 やがて、彼女を呼ぶ友人の声が聞こえてくると、カトレアさんは名残惜しそうに僕の手を離した。


「ミト様。・・・・・・もしよろしければ、今度、改めて私とお茶をしていただけませんか?」

「えっ? お茶?」

「はい。公爵家の領地から、素晴らしい香りの新作茶葉が届く予定なんです。・・・・・・それから、お礼として私が描いた絵も見ていただきたくて。エマ様も、ぜひご一緒に」


 カトレアさんの誘いは、社交辞令ではない、ひたむきな熱を帯びていた。


「・・・・・・あ、あはは。そうだね、時間が合えば・・・・・・」

「絶対ですよ! 私、待っていますから!」


 彼女はもう一度、眩しい笑顔を僕に投げかけると、軽やかな足取りで友人たちの元へと走っていった。


 カトレアさんの後ろ姿が見えなくなると、僕の隣でエマが「はぁ・・・・・・」と深いため息をついた。


「・・・・・・ミト。あんた、本当に自覚がないわね」

「え? 何が?」

「あのカトレア様の目。あれは、ただ命の恩人を慕っているだけの目じゃないわ。・・・・・・完全に『一人の男』として、あんたを誘ってたのよ」


 エマのジト目が、僕の横顔を射抜く。


「え、ええ!? そんな、公爵家のお嬢様が、僕みたいなノルディアスの・・・・・・てか、そもそもエマも誘っていたし・・・・・・」

「そりゃあ、あんまし私を無視はできないでしょうし・・・・・・いい、ミト。今のあんたは、カトレア様だけじゃなくて、この学院中の女子にとっての光なの・・・・・・理解者が増えるのは嬉しいけど、あんまりこう、あちこちで、浮ついた種をかないでほしいわ」


 エマは不機嫌そうに口を尖らせながらも、僕の手をぎゅっと握り直した。その強さは、離したくないという彼女なりの決意の表れのように感じられた。


「・・・・・・ごめん、エマ。でも、僕はカトレアさんが元気になって、あんな風に笑えるようになったのが、本当に嬉しいんだ」

「・・・・・・それは分かってるわよ。そういう、お人好しなところがミトのいいところだってことも、私が一番よく知ってるんだから」


 エマの表情が、ようやくふわりと和らぐ。


 賑やかな祭りの音色が、再び僕たちの周りを包み込む。


 僕が毒を飲むたびに、誰かの時間が動き出し、誰かの笑顔が戻る。よく考えたら、やっていることは、かつてとそう変わらない。だけれど、みんなからそのことを感謝されるという状況が、この世界を黄金色に染め上げてくれる。


「さあ、ミト。もうちょっと見てまわりましょ」

「うん。行こう、エマ」


 僕たちは、繋いだ手を離さないままも学院祭の喧騒へと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ