第53話 ノルディアス商会、学院祭出店決定
ノルディアス家のダイニングに、温かなスープの香りが満ちていた。
夕食のテーブルを囲んでいるのは、僕、父上、エマ、戦略アドバイザーのクレアだ。
「・・・・・・ミト、これを見なさい」
父様、ガルマ・ノルディアスが震える手で一枚の羊皮紙を差し出してきた。そこには王立魔導学院の公印と、学園長であるリサのサインが鮮やかに刻まれている。
それは、今年の学院祭における「ノルディアス商会」の特別出展を正式に許可する通知書だった。
「・・・・・・本当に入学したばかりの僕たちが、個人の商会として参加していいんだね」
「ああ。・・・・・・何より、お前たちがこれまでに積み上げてきた成果が認められたんだ」
母様がそっと父様の肩に手を置く。二人の瞳には、隠しきれない喜びの涙が浮かんでいた。
ノルディアス家が王都で商売をする。それも、未来のエリートたちが集う学院祭という最高の舞台で。それは、かつてなら想像も出来なかった話だ。
「よかったわね、ミト。あんたの両親があんなに喜んでいるの、初めて見たわ」
エマが僕の隣で、自分のことのように顔を綻ばせる。
けれど、その喜びのムードに冷や水を浴びせるように、クレアがティーカップを静かに置いた。
「喜ぶのはいいだけれど、浮かれている暇はないわよ、ミト。・・・・・・いい? 王立学院祭は、単なる学生のお祭りじゃない。それはこの王国の縮図であり、最も熾烈な社交の戦場でもあるのよ」
クレアは魔法で空中に王都の勢力図を展開した。
色とりどりの光の点が、貴族たちの派閥ごとに複雑に絡み合っている。
「学院祭には、在校生の父母・・・・・・つまり、この国を動かしている有力貴族や大商人たちがこぞって参加するわ。彼らにとって、この祭りは『自分の子息がどれだけ優秀か』を見せつける場であると同時に、将来性のある才能や事業を青田買いするための品評会でもあるのよ」
「品評会・・・・・・」
「そう。そして、今回出展するノルディアス商会は、彼らにとっては、一定の大きさの関心事になるでしょうね・・・・・・ミト、あんたのことは、すでに多くの人の耳に届いているのだから」
クレアの指摘に、僕は自分の右手を無意識に握りしめた。
魔毒を吸い取り、浄化する力。これまではそれは蔑みの対象だったけれど、いまではその境遇はだいぶ改善されつつある。
「いまだにノルディアスを穢らわしいと思って、、あんたたちのことを蔑んでいる古臭い貴族も、残念ながらまだまだ多いわ。特権意識に凝り固まった連中にとって、かつての掃除屋が自分たちと同じ、あるいはそれ以上の価値を持つ存在になることは、耐え難い屈辱でしょうからね」
「・・・・・・そんなの、勝手に言わせておけばいいじゃない」
エマが不機嫌そうに唇を尖らせる。彼女の正義感からすれば、人の価値を家柄や過去で判断するのは許せないことなのだろう。
「ええ、それはまったくの正論よ。けれど、商売や政治においてはそうとばかりも言っていられない。うんたたちに恥をかかせようという悪意を持った貴族もいるかもしれない」
クレアの話を聞いて、僕は少しだけ不安になった。せっかく両親が喜んでくれているのに、もし僕のせいでまた恥をかかせてしまったら・・・・・・。
けれど、クレアは僕の表情を読み取ったように、わずかに口角を上げた。
「・・・・・・でも、ミトのこれまでの活躍で、風向きは確実に変わりつつあるのよ
たとえば、この前の新王国創世派のクーデター騒ぎ。あの事件の解決で、多くの貴族の子弟や、彼らの領地が救われた。その事実は、上流社会も認めざるを得ない。
貴族たちの間でも『あのノルディアスのゴミ箱、ひょっとして新時代の救世主になり得るのではないか』という空気が少しずつは醸成されつつあるのよ」
「救世主、か。僕には、そんな大層な自覚はないけど」
「自覚なんてなくていいでしょ。必要なのは実績なのだし」
クレアは僕を真っ直ぐに見つめた。
「今回の学院祭で、あんたたちが提供する薬。それが、彼らの目の前で奇跡のような効能を発揮すれば・・・・・・偏見という名の毒は、驚くほど簡単に解けていくはずよ。それで、準備は順調かしら?」
「・・・・・・もちろん。シエラと一緒に、最高のラインナップを考えているよ」
僕は力強く頷いた。
クレアが帰った後、僕は一人でベランダに出て、王都の夜景を眺めていた。
遠く微かに見えるのは、王立学院の姿だ。生徒会は、今日も学院祭の準備に追われているようだ。学院の校舎内は、演し物の準備か何かなのか、星のように瞬いている。
「ミト」
背後から、エマがそっと寄り添ってきた。夜風に吹かれた彼女の銀髪が、僕の肩に触れる。
「クレア、色々と言ってたけれど・・・・・・本当はすごく、ミトに期待してるんだと思う・・・・・・もちろん、私もよ」
「分かってるよ、エマ。・・・・・・僕は、もう大丈夫。隣にエマがいて、リサやシエラ、そしてクレアみたいな仲間がいるから」
僕はエマの手を握った。
彼女の温もりが、僕の体内のマナを穏やかに加速させる。
「今回の学院祭は、僕が光の下へ出るための、いわばある種の成人式だ。父様や母様が、胸を張って『これが自慢の息子だ』って言えるようになるための」
「ええ。私も、あんたの隣で胸を張るわ・・・・・・ノルディアス商会の看板娘・・・・・・じゃなくて、最強の護衛としてね」
エマのいたずらっぽい笑い声が、夜の静寂に溶けていった。
いまだに残る、根深い偏見。
社交界という名の、欲望と悪意が渦巻く毒の海。
けれど、今の僕にはそれを全て飲み干し、黄金の輝きに変えてしまう自信があった。




