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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第52話 学院祭に向けて


 放課後の柔らかな光が差し込む研究室は、混沌とした熱気に包まれていた。


 僕は、目の前で怪しく瞳を輝かせているリサと、不満げに頬を膨らませているシエラ、そして今にも剣を抜きそうなエマを見渡して、小さく溜息をついた。


「・・・・・・それで、話っていうのは今年の学院祭のことだよね?」


 僕が問いかけると、リサが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出し、机の上に何枚もの魔導式投影パネルを展開した。そこには、僕のことを日々記録している稼働ログが、複雑な数式と共にびっしりと並んでいる。


「そうよ、ミト。今年の我が研究室の出し物は決まったわ。題して『黄金の器:生体魔導回路の完全解析とその神秘』。君が毒を吸い、マナに変換する瞬間の体内情報を、リアルタイムで巨大モニターに映し出し、全校生徒と来賓らいひんに公開するの。素晴らしいと思わない?」

「思わないわよ! 絶対にダメ!」


 僕が答えるより早く、エマの怒声が飛んだ。彼女はリサの鼻先に指を突きつけ、断固とした口調で続ける。


「リサ、あんたの解析狂いには付き合っていられないわ。ミトのプライバシーはどうなるの? ミトを見世物にするなんて、私がぜったい許さないんだから!」


 しかしリサはエマの剣幕にひるむどころか、逆にうっとりとした表情で空中の数式を指でなぞった。


「エマ、これは見世物じゃないわ。芸術よ。見てなさい、ミトが魔毒を分解する際のエントロピーの変化率。通常の魔導理論では説明がつかないほど美しい曲線を描いているの・・・・・・この項がゼロに収束する瞬間の輝き・・・・・・これを見れば、魔導士たちは真のユートピアのことわりを知ることになる。ミト、あなたも自分の素晴らしさを世界に知らしめたいと思わない?」

「ええと・・・・・・僕は、あんまり自分の内臓を数字で見られるのは恥ずかしいかな」


 僕が苦笑いしながら答えると、エマはリサの手元にある投影パネルを力ずくで消した。


「ほら、ミトも嫌がってるじゃない。リサ、あんたはもう少し“人の心”を勉強しなさい。大体、そんなマニアックな展示、一般の人が見ても理解できないわよ」

「・・・・・・いいなぁ。リサは展示ができるだけマシじゃない。私なんて、そもそもエントリーさえ拒否されたんだから!」


 それまで机に突っ伏していたシエラが、ガバッと起き上がった。その手には、派手な「不許可」のスタンプが押された申請書が握られている。


「シエラ、あんたは自業自得よ。去年のことを忘れたの?」


 エマの冷ややかな視線に、シエラは「うっ」と言葉を詰まらせた。確かに、昨日聞いたところ、シエラのせいで学院祭は混沌となったみたいだけれど。


 リサは、さらに畳みかけるように言葉を重ねる。


「それだけじゃないわ。おととしも、あなたはやらかしたじゃない」

「おととし・・・・・・ちょっと、噴水の水を『飲むだけで空を飛べるポーション』に変えようとして、計算ミスで『飲むだけで全員の髪の毛がアフロになるポーション』にしちゃっただけじゃない! みんな、ふわふわして楽しそうだったわよ!」

「そのせいで騎士団が三日間、学院中のアフロを散髪して回る羽目になったのよ。苦情の処理をしたこっちの身にもなってちょうだい」


 エマはやれやれと溜め息をつく。

 シエラの才能は本物だけれど、彼女の実験は常に公共の秩序を破壊する傾向にある。


 シエラはなおも主張する。


「でも、今年こそは完璧なの! ミトの黄金のマナを抽出して、それをベースにした『超・覚醒美容液』を作る予定だったのに! これがあれば、学院中の女子が絶世の美女になって、ついでに魔力出力も二倍になる神の雫・・・・・・なのに、学生会が『シエラの参加は安全上の理由により永久凍結とする』なんて酷い通知を出してきたのよ!」

「妥当な判断ね」


 リサの容赦ない言葉が涼やかに響く。


 そのとき、僕たちの背後から声がした。


「・・・・・・まったく二人とも、私たちが『ノルディアス商会』として何を成すべきか、忘れたのかしら?」

「あ、クレア」


 いつの間にか、クレアが研究室に姿を現していた。僕は彼女の登場に少しホッとした。彼女が来れば、この支離滅裂な会話も少しは整理されるはずだ。


「いい、今回の学院祭は、ミトを解析するためでも、シエラの奇天烈なポーションを試す場でもない。ノルディアスの名を、王国に広めるための舞台なの」


 クレアはリサが消したパネルを再び起動し、今度は別の図面を映し出した。


「リサ。データの公開は、商会の品質証明などの、一部分だけを目的として利用しなさい。シエラ。あなたは参加を認められていないけれど、商会の特別アドバイザーとして、裏で新薬の精製に協力すればいいでしょ? 表に名前を出さなければ、学生会も文句は言えないわ」

「・・・・・・さすがクレア。相変わらずあくどいわね」

「あんたほどじゃないわよ」


 シエラがニヤリと笑い、クレアは不敵な笑みを浮かべる。


「・・・・・・で、ミト。あんたはどうしたいの?」


 エマが、少し落ち着いた様子で僕に尋ねる。 僕は、周りにいる賑やかな仲間たちを見つめた。


 自分のデータを「芸術」だと言い切るリサ。 禁止されても隠れて実験を続けて、製薬に邁進まいしんするシエラ。


 それらを冷静に操り、金に変えようとするクレア。


 そして、何よりも僕のことを一番に案じて、いつもそばにいてくれるエマ。


「僕は――」


 僕は少しだけ考えて、笑った。


「なんだかんだ言って、このめちゃくちゃな状況が楽しいよ。魔毒を喰らわされるだけだった頃は、こんなに誰かと騒げる日が来るなんて思わなかった。・・・・・・だから、リサの展示も、シエラの新しい薬も、全部が上手くいくように僕を使ってほしい。もちろん、エマが許してくれる範囲でね」

「・・・・・・もう、ミトは甘いんだから」


 エマは呆れたように肩をすくめたけれど、その表情はどこか嬉しそうだった。


「決まりね。最高の学院祭にしましょう・・・・・・さあ、シエラ。裏工作の打ち合わせを始めるわよ。リサ、あなたはデータの簡略化作業に取りかかって」


 クレアの号令と共に、研究室は再び慌ただしい活気に包まれた。

 リサは不満そうにしながらも数式を書き換え始め、シエラは「秘密結社みたいでかっこいいわね!」とはしゃいでいる。


 窓の外では、一番星が輝き始めていた。


 学院祭まで、あとわずか。


 この愛すべき変人たちが巻き起こす旋風が、どんな状況を引き起こすのか。楽しみ半分、怖さ半分といったところだ。でもやっぱり、楽しみが勝つかな。


「よし、僕も手伝うよ・・・・・・まずは、シエラの試作ポーションの毒味からかな?」

「ミト、それは私が毒味してからにするわ! ・・・・・・あんたに何かあったら困るもの」

「いや、それだとエマがまずいでしょ?」


 エマの過保護な言葉に突っ込む僕。リサとシエラが笑い声を上げる。

 いよいよ学院祭が近づいてきた。僕にとっては人生初の学院祭。きっと、楽しいものにしてみせる。


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