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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第47話 毒霧の谷で、薬草採集よ!


 毒霧の谷の尾根に、僕たちは立っていた。


 僕は深呼吸をした。


 普通の人なら数分で肺を焼かれ、意識を失うほどの濃度の毒霧。けれど、僕にとっては体を活性化させていくための材料だ。


「ミト、大丈夫? 私たちはこの防護服と結界があるからいいけれど・・・・・・」


 エマが心配そうに僕をのぞき込む。 彼女は特製の魔導防具に身を包み、腰には愛剣を帯びている。分かってはいても、やはり何もつけていない僕を見ると、ちょっと心配になるみたいだ。


「平気だよ、エマ。むしろここに来ると、お腹が空くくらいなんだ」

「ふふ、流石は私の最高傑作。ミト君の代謝能力は、すでに人知を超えているわね」


 後ろでリュックを背負い、防護服のシエラさんが、興奮を隠しきれない様子で眼鏡を光らせた。


 そして、その隣で冷徹に手帳を広げているのは、我らが会計係のクレアだ。


「無駄口はそれくらいにしてちょうだい。今日の目的はあくまで薬の試作品のためのサンプル採取。効率的に進めるわよ」


 ロープをつたって谷へと入ると、見たこともない色彩の花々が咲き乱れている。


「――っ! 見て、ミト君! あそこにある青い斑点はんてんの草、あれはルナ・ベラドロンの変異種じゃないかしら? あの大きさ、いったいどういう経緯で、ああなるのかしら?」


 シエラが突然、弾かれたように駆け出した。彼女はリサ開発の薬草専用の携帯解析機をかざして、早速、成分を分析し始める。


「本来のベラドロンは神経毒を主成分とする危険な植物だけど、この環境下で配列が完全に再構築されているわ! おそらく、神経の遮断ではなく、逆に神経回路の修復・増幅に特化した進化を遂げている。これは従来の魔導薬学の教科書を書き換える大発見よ!」

「は、はあ・・・・・・詳しいんですね」

「詳しいなんてレベルじゃないわ! この葉の葉脈の走り方を見て。この微細な魔力流動マナ・フローは、北方の高山地帯にしか見られない氷晶草の特性かしら。おそらく地下水脈を通じて・・・・・・」


 シエラさんの解説が止まらない。

 学園の魔導薬学科でも飛び抜けた天才かつ奇人である彼女にとって、この谷は好奇心をそそる宝の山なのだろう。けれど、専門用語が多すぎて、エマは完全に目を回している。


「・・・・・・シエラさん、とりあえず採取してもいいですか?」

「ちょっと待って! それは、根から三センチのところでメスを垂直に入れないと、有用成分が揮発きはつしちゃうわ! 私がやるから見てて!」


 シエラさんが慎重に採取したその青い草を、僕は差し出されるままに受け取った。


「じゃあ、実際に味見するね」


 僕はひょい、と、その毒草(あるいは薬草)を口に放り込んだ。


「ミト、いくら毒が効かないからって、そんなサラダを食べるみたいに・・・・・・」


 エマが頬を引きつらせる。


「もぐもぐ・・・・・・ん。・・・・・・うん、これは大丈夫みたい」


 口の中に入れた瞬間、僕の舌が物質の微細な構造を読み取る。

 体内で成分が分解・シミュレーションされていく。


「・・・・・・なるほど。これ、単体で食べると少し苦いけど、魔力を使いすぎてオーバーヒートした神経を冷やすのに最高かな。シエラさん、これに少し甘い蜂蜜系の触媒を混ぜれば、魔法使い向けの即効性精神安定剤になりますよ」

「・・・・・・食べただけで、そこまで分かるの?」


 さすがのシエラさんも、ちょっと驚きの顔だ。


「はい。今の僕の器には、過去に食べた数万の毒のデータベースがありますから。それと比較すれば、新種の適切な成分配合もすぐに答え合わせができます」

「・・・・・・ミト、その精神安定剤、一本当たりの原価と期待される市場価格を算出するわ」


 それまで黙ってログを取っていたクレアが、冷徹な声で介入してきた。


「魔法使いが戦場で陥る魔力酔いの特効薬・・・・・・現在、王都の薬局で売られている同種の輸入品が、効果持続三十分で金貨三枚。ミトが言うその薬草の効果が三倍の速度で修復かつ副作用なしなら……」


 クレアの瞳が、鑑定の光を放つ。


「ざっと計算したところ、一本当たり、金貨十枚での販売が可能ね。谷の植生密度から見て、一日一〇〇本の生産体制を整えれば、一日の純利益は・・・・・・」


 クレアの手帳には、恐ろしい勢いで数字が書き込まれていく。


「・・・・・・ちょっと、ミト。こっちの黄色い花も食べてみて。こっちはどうかしら?」


 クレアが次に指差したのは、黄金色に輝く小さなタンポポのような花だった。

 僕はそれを摘み、また口へ運ぶ。


「・・・・・・もぐもぐ。・・・・・・あ、これ美味しい。味がキャラメルみたいだ」

「味の感想はいいわ、成分を言いなさい」

「ええと、これは強壮効果かな。肉体疲労を強制的に除去して、三時間は眠気を飛ばす。・・・・・・でも、後でどっと疲れが来るタイプ。配合を工夫して、疲労回復の先取りができる栄養ドリンクにできそうです」

「そうね。王都の深夜まで働く役人や、徹夜の魔導研究者たちに飛ぶように売れるわね。・・・・・・独占禁止法に抵触しない程度に、市場を支配できるわ」


 クレアの口角が、怪しく吊り上がる。


 彼女の目には、この谷がただの草むらではなく、積み上げられた金貨の山に見えているに違いない。


 一方のシエラも、爛々《らんらん》と目を輝かせて僕を見てくる。


「素晴らしいわね・・・・・・さすがは私の、至高のパートナー・・・・・・私には分類と解析は出来ても、そこまで創薬のアイデアを出すことは無理ね」

「ちょっと、ミトは“わたしの”パートナーよ!」


 エマがシエラを牽制する。


 その後も、僕たちは谷の入り口付近を散策しながら、十数種類の薬草のサンプルを採取した。


「黄金の月影草」は魔力回路の冷却。「キャラメル・ダンデライオン」は強壮、集中力向上。「翡翠ひすいしずく」は傷口の瞬時止血と細胞再生。


 これら全てが、僕の毒味によってその性能を完全に保証され、クレアによって価値が産出されていく。


「・・・・・・なんだか、すごすぎて言葉が出ないわ」


 エマが、採取袋いっぱいに詰まったお宝を見ながら感嘆の声を漏らす。


「普通の商会なら、ここまでの情報を揃えるのに十年はかかるわ。それを私たちは、たった数時間で終わらせた。ミト、あなたの毒味能力は、戦いのためだけでなく、国を豊かにするためにも最強の武器になるわね」


 クレアが珍しく、僕に向かって満足げに微笑んだ。


「この谷、金銀財宝ばかりと思っていたけれど、こんな素敵な『お宝』もいっぱいだったのね」


 エマが周囲を見回しながら、感嘆したように言う。


「・・・・・・さあ、戻りましょう。これからシエラと一緒に、商会の第一号商品となる試作薬の精製に入るわよ」

「ええ! ミト君、私の研究室ラボに来てね。あなたの血液も少し・・・・・・いえ、なんでもないわ!」


 シエラさんの危ない視線をエマが遮る中、僕たちは谷を後にした。


 毒の風が吹くこの場所から、僕たちの商売という名の新しい冒険が、今まさに始まろうとしていた。


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