第46話 事業計画、みたいなもの
今、目の前の円卓には、父様とエマ、そして僕たちの金庫番とも呼べるクレアが座っている。議題は、これから僕たちノルディアス家が開始する商売についてだ。
「・・・・・・ミト。先ほども言ったが、やはり毒霧の谷に眠る財宝をもう少し持ってきてくれないか・・・・・・」
父様が提案しかけると、隣で分厚い資料をめくっていたクレアが、眼鏡をキラリと光らせてそれを制した。
「ガルマ様、その案は却下です。前にも言った通り、古代の金貨や宝飾品を一気に市場に流せば、王国の経済バランスを崩壊させかねません。すでに充分過ぎるほどの資本金は、ミトが持ってきたでしょう?」
クレアの言葉はいつも通り容赦ないけれど、その瞳にはノルディアス家の再興を本気で考えてくれている熱があった。
「そうだな・・・・・・いや、商売を始めるのは、こんなにお金がかかるとは・・・・・・」
「頑張りましょう、おじさま。いざとなったら、スブレンディアス家の優秀な会計士たちも紹介しますから」
エマの励ましに、父様は「ありがとう・・・・・・エマちゃん」と彼女の言葉を噛みしめる。
僕はじっと、クレアが机に広げた新しい地図を見つめた。そこには、毒霧の谷の周辺が赤く縁取られていた。
「いい?現在、王国内の医療用薬草の流通シェアは、隣国からの輸入が七割を占めている状態よ。残り三割の国産品も品質にムラがあって、高純度のマナを含んだ高級薬草は、割と供給不足の状態にある」
クレアは魔導ペンで、いくつかの数式を空中に書きながら、説明していく。
「つまり、需要に対して供給があまり追いついていないの。特に、重篤な魔力不全や慢性的な汚染を治すための高純度薬草に関しては、不足状態といっても良いくらいよ」
「それで、この毒霧の谷から採取してくる、ということかね」
父様の問いに、クレアは不敵な笑みを浮かべて、地図上の毒霧の谷を指した。
「そう。数百年間、高濃度の毒に晒され続け、誰も足を踏み入れられなかった場所。そこには、毒を糧にして独自の進化を遂げた、未知の薬草が群生して、生態系を築き上げている。あそこに満ちる毒の濃度は高すぎて、誰も入れないけれど、ミトだけは別よ。つまり、私たちだけの最高級薬草の天然栽培園ってわけ」
「でも、クレア。未知の植物を薬として売るには、安全性の確認に何年もかかるんじゃないかな? それに、もし新しい毒があったら・・・・・・」
僕の懸念に、クレアは待ってましたと言わんばかりに身を乗り出した。
「そこよ、ミト。あなたの本当の出番は。・・・・・・普通なら、新種の植物の成分分析には多大なコストとリスクが伴うわ。動物実験を繰り返し、少しずつ人間への投与量を増やす・・・・・・けれど、あなたにはその全プロセスをスキップできる神の舌があるでしょう?」
「僕の、舌・・・・・・?」
「ええ。とうとう呪毒までものにしてしまったあなたは、まったく毒からのダメージを負うことなく、毒を摂取した瞬間にその物質の魔導的・生物的な組成を完全に理解し、中和してしまう・・・・・・つまり、あなたが一口『味見』をするだけで、その植物がどんな病に効き、どんな副作用があるのか、一瞬で判定できるのよ」
「・・・・・・あ」
確かにそうだ。クレアに指摘されて、はたと気付く。
普通の鑑定士が数週間かけて行う分析を、僕は食べるという行為だけで、易々《やすやす》と実行できる。
「ミトが『これは安全で、この病気に効く』と太鼓判を押した薬草。それは世界で最も信頼性の高いブランドになるでしょうね・・・・・・採取した薬草の薬への加工は、シエラにお願いしましょ。ガルマ様は、その流通を管理してください。ミトは、薬草の選別と品質保証。エマは、希少な素材を求めて谷の深部へ向かう際の護衛」
クレアの立てた計画は、あまりにも完璧だった。僕たちの持つ個性が、パズルのピースのようにはまっていく。
「・・・・・・加工? ただ売るだけじゃなくて?」
エマが不思議そうに尋ねる。
「そうよ。薬草のままでは、付加価値が低いの。ミトの味見――それから、リサに解析してもらえば完璧かもね――それらのデータを元に、最も効果が出る配合で粉末や錠剤、あるいはポーションに加工する。そうすれば、同じ一本の草からでも、ただそれを売るよりも十倍、百倍の利益を生み出せるわ。・・・・・・これは単なる商売じゃない。ノルディアス家が、この王国で存在感を放っていくための戦略よ」
クレアの言葉に、部屋の空気が一気に引き締まった。
これまではただ毒を吸ってきた僕が、これからは、その毒味の能力を、人々のために力を使う。そして、それが家族を養い、家を再興させる力になる。
「・・・・・・やりましょう、父様。僕、この計画に賭けてみたいです」
僕の言葉に、父様は力強く頷いた。
「ああ、ミト。お前の言う通りだ。・・・・・・ノルディアス家は、二度と誰かの汚物入れにはならない。スブレンディアス家のように、誇り高い家にするんだ。私たちは、薬草で王国の未来を照らす存在になるんだ」
窓の外では、朝の光が地平線の彼方から差し始めていた。




