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魔毒喰らいのミト~「ゴミ箱」と呼ばれた魔毒処理師、実は最強の知識とスキルを溜め込んでいました~  作者: いおにあ


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第45話 商売を始めたいのだけれど


 王国に平和な日々が戻ってきた。

 窓を開ければ、清々《すがすか》しい風と、行き交う人々の明るい笑い声が聞こえてくる。


 僕がこの国の不浄を吸い尽くすことで、世界で最も美しいユートピアとして日々動いている。


 そんなある日の朝。リビングで、父様が少し緊張した面持ちで僕に向き直った。


「・・・・・・ミト。私はな、商売を始めようと思っているんだ」


 父様――ガルマ・ノルディアスの顔つきは、ここ数日で見違えるほど良くなっていた。下級官吏だった頃の卑屈さは消え、その瞳には未来を見据える力強い光が宿っている。


「商売、ですか? 父様が?」


 いきなりの宣言に驚く僕。


「ああ。いつまでも、英雄となったお前に甘えているわけにはいかないしな。これからは、人々に喜びを届ける者として、一からやり直したいんだ」


 父様の言葉に、僕は胸が熱くなった。家族が自分の足で立とうとしている。それが何よりも嬉しかった。


「それは素敵な考えだと思います! ・・・・・・父様、資金のことなら僕に任せてください」


 僕は身を乗り出して提案した。今の僕には、誰にも真似できない資金調達の方法がある。


「僕がいれば『毒霧の谷』に自由に入れます。あそこは長い年月、強力な毒ガスのせいで誰も近づけなかった場所です。でも、僕にとっては何ほどのものでもありません。あそこの最深部には、昔の遭難者が残した金貨や、稀少な魔導鉱石、伝説級のアーティファクトがいくらでも転がっています。お宝を袋いっぱいにかき集めてきますよ!」


 僕にしてみれば、それは最も効率的で簡単な恩返しだ。いくらでも無尽蔵に湧いてくる資金源を独占しているのだから。


 だけれど、僕の言葉が終わるか終わらないかのうちに、横で静かに紅茶を飲んでいたクレアが、コツンとカップを置いた。


「・・・・・・ミト。ちょっといいかしら?」

「えっ、どうしたんだい?」


 クレアの瞳が、極めて冷静な色に変わった。


「いい、ミト。そしてガルマ様。商売の基本は、モノの希少価値をコントロールすることにあるわ。・・・・・・ミト、あなたがもし、伝説級の金貨や宝石を一気に数千点も市場に流出させたらどうなると思う?」

「ええと・・・・・・みんなが裕福になって、街がもっと潤う、かな?」

「逆よ! 物の値段が大暴落するわ。経済の破壊よ。見て、これは経済学の教科書に書いていること」


 クレアは空中に、魔導灯で教科書の一節を浮かび上がらせる。


「【市場平衡の基本原理】

商品の価値は、需要と供給のバランスで決まる 」


「市場に流通する金貨の量が突然二倍になれば、金貨一枚で買えるパンの数は半分になる。これをインフレーションと呼ぶ。あなたが良かれと思って毒霧の谷からお宝を無尽蔵に持ち帰れば、この王都の貨幣価値は紙屑同然になり、地道に貯金をしてきた市民たちは一夜にして破産する。ミト、あなたは救国の英雄から、一転して最悪の経済テロリストでもになるつもり?」

「・・・・・・えっ、て、テロリスト・・・・・・?」


 僕は青ざめた。そうか。あの毒霧の谷にある膨大な財宝。それをすべて放出することは、そういう危険性をはらんでいるのか。


「ということで、お宝はやたらと取ってくるものではないわ。いざというときの危機に備えるために秘匿しておくべきものよ。・・・・・・とはいえ、ガルマ様が商売を始めるための最初の資本金くらいなら、全然いいでしょう。でも、やたらと調子に乗るものではないからね?」

「ありがとう、クレア。肝に銘じておくよ」

「あ、ありがとうございます、クレア様・・・・・・。勉強になります」


 父様も冷や汗を拭いながら、クレアの講義に深く頷いていた。


「それでさ、クレア。父様はどういう商売をするのが一番いいと思う? ただ毒霧の谷から宝物を取ってきて、売る・・・・・・ということばかり繰り返していると、君が言ったように、経済がおかしくなるだろうし・・・・・・」

「そうね。ミトの唯一無二の強みを活かして、毒霧の谷から、金銀財宝以外のものを取ってきたらいいんじゃないかしら?」


 クレアは僕の右手を指差した。


「え、どういうことだいそれは?」

「毒霧の谷は、たしかに毒に満ちている。でも、その環境でしか育たない、貴重な薬草があるのもまた事実よ。毒と薬は紙一重、というように、あの濃密な毒を吸収してきて、独自に進化を遂げた薬草たちが結構な数あるのよ。これなら、少量でも高値で取引されるし、多くの人を救うことができる・・・・・・ノルディアス商会が扱うべきは、過去の遺物ではなく、未来の人々の幸せよ」


 その言葉を聞いた瞬間、僕の中で霧が晴れるような感覚があった。

 単に眠っている宝を掘り出すのではなく、僕の力によって新しい恵みを生み出して、必要としている人たちに届ける。


「それなら、僕にも全力で手伝えます! 谷の環境を整えて、薬草園を作ることにできますし・・・・・・。父様、一緒にやりましょう。これまで不浄とされてきたノルディアスの名を、誇れる名前に変えていくために」

「ああ、ミト。お前の力を借りて、私はもう一度、今度こそ、人々の役に立ちたい・・・・・・後ろめたいことなど何もない、誠実な商売をしたいのだ」


 父様の手と、僕の手が重なる。

 かつて地下室で絶望していた僕に、こんな未来が待っているなんて想像もできなかった。


 その日の夜。僕とエマは庭園を歩きながら、これからのことを話した。


「・・・・・・よかったわね、ミト。おじ様、あんなにやる気に満ちた顔、初めて見たわ」

「うん・・・・・・僕、今まで自分の力は、毒という、いわば『負の存在』を浄化することにしかないと思ってた。でも、今日クレアに教わって、これからは何かを生み出すことにも使っていけるんだって、勇気が湧いてきたよ」

「私も手伝うわ。薬草園の警護くらいなら、私が責任を持って引き受けるわよ・・・・・・あなたの家族は、私の家族でもあるんだから」


 エマが少し照れながら、僕の手をぎゅっと握りしめてくれた。


 彼女の体温が、手先を通じて、全身に心地よく伝わっていく。それは何よりも温かく、心地よかった。


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