第44話 呪術決戦
冷たい風が吹き抜け、地下神殿の最深部にある大空間が、僕たちの前に広がっていた。
巨大な空洞の中央には、ドクドクと脈打つ巨大な黒い結晶――呪いの蓄積炉が鎮座している。
「・・・・・・空気が、粘ついているわ。マナの濃度が異常よ。それにあの呪いの蓄積炉。致死級の呪物が詰まっているわ」
クレアが警戒を最大にする。
「大丈夫よミト、私たちがついているわ」
エマの銀髪が、闇の中で美しく輝いている。 広間の奥、蓄積炉の前に二人の男女、そしてその中央に禍々しい玉座に座る老人がいた。「よくぞ来た、ノルディアスのゴミ箱。我が組織の上級幹部『血の断頭台』のザス、そして『魂の捕食者』ヴァイル・・・・・・。彼らを突破できるかな?」
玉座に座る組織のトップである最高呪術師――クレアの鑑定によるとゼノスという名らしい――が冷酷に告げる。
まず動いたのはザスだった。彼は自分の腕を切り裂き、溢れ出した血を巨大な鎌へと変える。
「――禁忌呪法・【紅蓮の血池地獄】!」
放たれた血の飛沫は、触れた者の血液を沸騰させ、体内から破裂させる必殺の呪いだ。 だが、僕はその飛沫に向かって、無防備に歩み寄った。
「・・・・・・それは、鉄分の味が強すぎるかな」
僕が右手を軽く振ると、迫り来る毒血の奔流は空中で黄金の光に包まれ、そのまま僕の肌へと吸い込まれていった。
「なっ・・・・・・私の血の呪いを、そのまま取り込んだだと!?」
「呪術の構成が単純すぎるね・・・・・・次」
ザスが怯んだ隙を突いて、エマの華麗なる斬撃がクリティカルヒットする。あっけなく倒されるザス。
続いて間髪入れず、ヴァイルが不可視の精神波を放つ。
「――|【深淵の精神剥離】《》ソウル・ディスリプター》! 魂ごと塵になれ!」
それは肉体を無視し、直接に魂を破壊する概念攻撃だ。
だが、僕にとって、精神攻撃すら効率的な栄養素に過ぎない。
「 【精神防御・即時変換プロセス】」
僕の周囲でパリンと空間が割れるような音がした。
ヴァイルの放った精神系の呪術は、僕の魂に触れることさえできず、ただの光の粒子となって僕の背後に降り注いだ。
「なっ・・・・・・! 静殺の霧が誇る最高峰の術が、これほどまでに通用しないというのか!」
「君たちが毒と呼んでいるものは、僕にとっては十年間飲み続けてきた日常に過ぎないよ」
僕は一歩、踏み出す。
そのプレッシャーだけで、ヴァイルは膝をついた。
彼らが積み上げてきた研鑽は、地獄を飲み干し続けた僕の十年間という重みに、一瞬で踏み潰された。
「・・・・・・馬鹿な、馬鹿な馬鹿な! 全員下がれ! 私が直接、この化け物を始末する!」
ゼノスが玉座から立ち上がり、背後の呪いの蓄積炉に手を置いた。
炉に溜まった膨大な、数万の人間を殺せるだけの呪毒が、彼の体に逆流していく。
「溜まった百年分の怨念、その全てを貴様にぶつけてやる! 耐えられるものなら耐えてみよ! ――究極禁呪・|【終焉を告げる絶望の海】《アポカリプス・タイド》!」
部屋全体が、真っ黒な粘液のような呪いに飲み込まれた。
壁が溶け、床が腐り、物理的な存在そのものが消滅していく。エマが僕の背後に身を寄せ、クレアが防護障壁を最大展開するが、それでも防ぎきれないほどの死の奔流。
僕は、その黒い津波を真っ向から受け止めるべく、両腕を広げた。
「・・・・・・足りないよ、これじゃ」
「何だと・・・・・・!?」
「これくらいの呪毒、なんてことない」
僕は力を限界まで解放した。
僕の心臓が、黄金の太陽のように輝き始める。
「全部、食べ尽くしてあげる――【黄金の大食らい】」
部屋を埋め尽くしていた黒い呪いが、竜巻のように僕の胸元へと収束していく。
ゼノスが絶叫しながら放ち続けたどす黒い波は、巨大な漏斗に吸い込まれるように、僕の中に消えていった。
どれだけの時間が経っただろうか。
気がつくと、あんなに不気味に脈動していた呪いの蓄積炉は、ただの透明な水晶のような残骸に変わり果てていた。
ゼノスは、魔力を全て吸い出され、ただの枯れ木のような老人となって床に這いつくばっている。
「・・・・・・あ・・・・・・ありえない・・・・・・。私の、私の最高峰の呪いが・・・・・・この国を殲滅できるほどの毒が・・・・・・呪術の王たる私が、ただのゴミ箱に・・・・・・」
「・・・・・・あなたは王なんかじゃない。ただの、他人の不幸を料理して喜んでいる料理人だ」
僕は静かに彼を見下ろした。
僕の体内では今、吸収した数万の呪いが黄金のマナへと精製され、穏やかに、けれど圧倒的な力となって巡っている。
「ご馳走様・・・・・・でも、もう二度と、こんな毒は作らないで」
僕が指を鳴らすと、わずかに残った黄金の余波が広間に広がり、蓄積炉の残骸も、ゼノスの杖も、全てを塵へと変えていった。
地下神殿の外に出ると、東の空が白み始めていた。
待機していた騎士団が、呆然とした表情で僕たちを迎える。彼らには、地下で何が起きたのか、その全貌は理解できていないだろう。ただ、自分たちが恐れていた呪い気配が、跡形もなく消え去ったことだけは察しているようだ。
「・・・・・・終わったわね、ミト」
エマが僕の腕を掴んだ。その手が少しだけ震えている。
「すごすぎて・・・・・・ちょっと、怖くなっちゃったわ。でも、やっぱりあなたは、私の自慢の幼馴染よ」
「・・・・・・ミト。あなたの体内マナ濃度、今の戦いで以前の1.5倍に跳ね上がっているわ」
クレアが呆れたように、けれどどこか嬉しそうにデータを閉じた。
「みんなのおかげだよ・・・・・・さあ、帰ろう。みんなに、もう大丈夫だって伝えないと」
僕たちは朝日に向かって歩き出した。
エリュシオン国の呪い専門の裏組織は、こうして、たった三人の学生によって消滅した。
今度こそ、王国に平和が訪れる。
それは、誰かの身代わりではなく、自分の意志で運命を喰らい尽くすと決めた僕が掴み取った、本当の輝きだった。




