第42話 思ったより、事態は深刻よ
放課後の研究室を後にした僕たちは、その足でスプレンディアス邸へと向かった。
僕たちは、クレアに一連の事情を説明する。 彼女は、眉をひそめて、ぽつりと疑問を口にする。
「・・・・・・つまり、リサの分析を待って、明日から本格的に動き出して、ゆくゆくはエリュシオン国にも潜入、ということね。それで間に合うのかしら?」
「クレア、なにが言いたいの?」
エマの問いかけに、クレアはふぅっと息を吐く。
「単刀直入に言うと、すでにエリュシオン国の呪術専門家たちが、このアルヴェニア王国に潜入しているんじゃないのか、てことよ」
「「ええっ!?」」
僕とエマは驚きの声をあげる。
「・・・・・・私もこれで色々と情報の伝手はあるからね。最近、王国内で不審な連中が動いているという噂を耳にしている。単なる噂だとばかり思っていたけれど・・・・・・昨日のローゼンベルク邸の一件をエマから聞いて、もしかして、と思ったのよ」
「でも、どうしたらいいんだ? 仮にエリュシオン国から潜入者がいるとしても、僕が魔毒を吸い取っていないから、記憶を読み取ることもできないし・・・・・・」
「カトレア嬢が身につけていたという髪飾りはある?」
「ええ。私が持っているけれど・・・・・・」
エマの言葉に、クレアはうなずく。
「私の鑑定眼で、持ち主を特定してあげるわ」
「そんなこともできるのかい?」
物や人の価値を測る力だとばかり思っていたのだけれど。
「正直、ちょっと疲れるけれどね。いまはそんなことを言っている場合じゃない。さあ、始めましょう。時間が惜しいわ」
クレアはそう言うと、僕たちを先導する。
案内されたのは、屋敷の奥まった一室、防音と魔導障壁が施された密談室で、机の上には王都の地図が置かれている。エマが机の上に例のカトレアから預かった銀の髪飾りを置いた。
窓の外では、虫が静かに響いている。
「クレア、お願い」
エマの言葉に、クレアが静かに瞳を閉じた。次の瞬間、彼女の瞳が青白く、そして透徹した光を放ち始める。彼女のユニークスキル、【万能鑑定眼】の起動だ。
「・・・・・・視えたわ。術式の残滓を辿り、因果の糸を逆行させる。――【因果探跡】」
クレアの視界には、僕たちには見えない、呪術の供給線が地図のように浮かび上がっているようだ。彼女は魔導ペンを走らせ、白紙の地図に赤い印を刻み込んでいく。
「供給源は旧地下神殿。けれど、そこは単なる中継点に過ぎないわね。・・・・・・真の本部は、そのさらに三層下。かつて王都の建設時に放棄された『大空洞』。そこには、外部からのマナを遮断する、極めて秘匿性の高い呪導障壁が張られているわ」
「地下神殿の、さらに下・・・・・・。そんな場所に潜んでいたなんて」
エマが忌々《いまいま》しそうに拳を握る。 地下神殿というのは、日頃は王都民も滅多に立ち入らないという、古い遺跡だ。
「さらに解析するわね。・・・・・・ここにいる呪術師の数は、確認できるだけで三十人以上。その中心には、巨大な呪いの蓄積炉がある。彼らはそこからカトレアに、少しずつ呪毒を送り込んでいたみたいね」
「なんだって・・・・・・」
まさか、すでにそこまで事態は進んでいたのか。
「奴ら――エリュシオン国政府の影の組織・“静殺の霧”は、カトレア令嬢の昨日の暗殺失敗を受けて、間もなく大規模な呪毒テロを計画しているみたいよ」
「呪毒・・・・・・テロ?」
聞き慣れない単語に、エマが首をかしげる。
「王都の中央通りで、大勢のいる時間帯に致死率100パーセントの感染性の呪術――カトレアにかけていたものとほぼ同じ種類のものね――を散布するつもりよ。こうなっては、もう手の討ちようがない。呪毒はあっという間にアルヴェニア王国に広まって、国民は死滅するでしょう」
「なんですって・・・・・・!」
「エマ・・・・・・これは大変なことだよ」
僕は自分の右腕を見つめた。
体内の黄金のマナが、位置を特定したクレアの言葉に反応するように、熱く脈動している。
「ミト、すぐに止めに行くわよ!!」
「うん、こうなった以上、一刻の猶予もないね」
「お父様にも、伝えておくわ。スブレンディアス家が王国の危機だと呼びかければ、それなりの数の騎士が集まるはずよ」
「ああ、お願いだ」
呪術組織・静殺の霧。 待っていてくれ。僕が君たちの野望を、完膚なきまでに叩きのめしてみせる。
エマはすぐに、屋敷の主であり、王国の近衛騎士団長も務める父――スプレンディアス公爵の元へと向かった。
エマは、父親である公爵に、僕たちが発見したことについて説明する。
「父上! 即刻、騎士団を動かし、呪術組織を壊滅させるべきです!」
執務室の重厚な机の向こうで、鋭い眼光を放つ公爵が、僕たちをじっと見つめた。その圧力は、一介の学生が対峙するにはあまりに重い。
「話は分かった。だが、エマ。相手は呪術の専門家だ。物理的な剣や盾が通用せぬ相手に対し、騎士団を突入させても、多大な犠牲が出るだけだ。カトレアのような被害者を増やすわけにはいかん」
「ですから、父上!」
エマが一歩前に出る。
「だからこそ、ミトがいるのです。彼が先陣を切り、呪いをすべて飲み込めば、騎士たちが安全に突入できる道が開けます」
「・・・・・・少年よ」
公爵の視線が、僕へと向けられた。
「君については、ロザリア様からも伺っている。なにより、我がスブレンディアス家とも、縁が深い。しかし、今回の相手は隣国の暗殺組織だ。ことは外交なども深く関わってくる。失敗すれば、君自身が、王都を滅ぼす災厄にすらなりかねない。その覚悟はあるか?」
僕は公爵の瞳を真っ直ぐに見返した。
かつて、地下室で一人、誰からも助けられずに毒を飲み続けていた頃の僕は、もういない。
「覚悟はできています。僕は、もう誰かの身代わりで毒を吸うんじゃない。この国と、僕を信じてくれる仲間たちを守るために、僕の意志でその毒を喰らい尽くします」
エマの父上は、しばしの沈黙の後、ゆっくりとうなずいた。
「・・・・・・よかろう。スプレンディアス公爵の名において、この騎士団、全面的に協力する」
公爵は立ち上がり、壁に掛けられた重厚な剣を手に取った。
「騎士団は、少年ミトの突入から十分後に、地下神殿の周囲を包囲、および後続として突入させる。だが、先陣は任せたぞ、ミト・ノルディアス。君が最強の盾であり剣であることを、証明してみせろ」
作戦は決まった。
通常の兵士では、呪術組織・静殺の霧の本拠地に近づくことさえ叶わないだろう。呪いが物理法則を無視して精神を汚染・破壊するからだ。だが、魔毒も呪いも一切効かず、むしろそれを力に変える僕ならば、敵の最大の武器を無効化し、正面から蹂躙できる。
「ミト、私も行くわ。あなたの背中は、誰にも触れさせない」
エマが自分の剣を強く握りしめる。
「私も同行するわ。現場でのリアルタイムな鑑定と術式解体も必要でしょう? 私がいなければ、迷宮の中で迷うことになるわよ」
クレアもまた、冷静ながらも瞳に情熱を宿して言った。
「二人とも、ありがとう。……頼りにしてるよ」




