第41話 呪いの正体、解析するわよ!!
カトレアさんの浄化を終えた翌日の午後。
僕たちは学院のリサの研究室に集まっていた。
シエラもいつものように来ていて、部屋の中には乾燥したハーブの香りと、何かが煮え立つ不気味な泡の音が満ちている。
「なるほどね。ただの毒じゃなくて、髪飾りを媒介にした遠隔型の呪詛。しかも、それが生命力を直接変換して黒いマナにするタイプのものだったみたいね。それで、」
リサは投影した解析データを見つめながら、シエラ特性・元気100倍という怪しげな紫色のハーブティーを啜る。
「僕が吸い取ったとき、これまでの毒とは明らかに手応えが違っていたね。まるで、意思を持った生き物のような・・・・・・」
僕は昨日の感覚を思い出し、無意識に右腕をさすった。エマが心配そうに僕の顔を覗き込み、そっと背中に手を置いてくれる。
「ミトがそこまで言うなんて、相当なものだったのね・・・・・・リサ、鑑定結果に他に何か新しい事実はあった?」
エマの問いに、リサが眼鏡を光らせてうなずく。
「ええ。恐ろしいことに、この呪いは伝染性のものだったみたいね・・・・・・昨日、ミトが浄化した時点では、まだその感染力は不活性みたいだったけれど・・・・・・私たちの来訪が、もしあと二日ばかり遅れていたら、カトレアさんどころかその家族、果てはあの公爵邸の使用人や訪問者が全員、命を落としていたかもしれない。そして、あの死に至る呪いが王国全土に広がっていたかも・・・・・・」
「・・・・・・!!」
リサから告げられた新事実に、僕たちは絶句する。
「信じられないな・・・・・・そこまでの非常事態だったなんて」
「ええ、ミト。本当によくやってくれたわ」
「またこの国の危機を救ったんだね。さすがは私のミトね」
エマが、誇らしげに胸を張る。
「でもどうして、そんな危険極まりない呪いが、カトレアさんに? というか、その呪いって、そもそもなんなの?」
エマの質問に、リサは静かに返す。
「あの髪飾りに刻まれていた術式は、このアルヴェニア王国で使われている魔導体系とは根本的に異なる・・・・・・この複雑に絡み合った多重構成・・・・・・これは、どこか異国の技術ね・・・・・・」
そう言ってしばし考え込んだ後、リサの表情からいつもの不敵な笑みが消え、鋭い顔になった。
「・・・・・・この術式、おそらくエリュシオン国で使われているものじゃないかしら」
「エリュシオン・・・・・・あの、好戦的な王国よね」
「ええ。彼らは特殊な魔導術式を使用しているから、ちょっと見覚えがあったのよ・・・・・・」
リサが端末を叩き、つぶやく。
「エリュシオン国は、色々と良からぬ噂も多いからね・・・・・・でもなぜ彼らが今、わざわざリスクを冒してこの学院の生徒を狙ったのかしら?」
エマが椅子の背もたれに深く寄りかかり、天井を見上げて、ぽつりとつぶやく。
「・・・・・・私、理由分かったかも。つまり、彼らは勘違いしているのじゃないかな。アルヴェニア王国から、魔毒を処理できる装置が消えた」
「装置・・・・・・それって、僕のこと?」
僕の問いに、エマが力強くうなずく。
「いい、ミト。世界にとって、あなたは大司教バルナバスと聖女リリアニアが管理していた都合のいい『魔毒のゴミ箱』として認識されていたんじゃないかな。ミトの地位もだいぶ回復してきたとはいえ、その情報はまだまだ他国にまで広がってはいない。大司教が失脚したというニュースだけを聞いて、エリュシオンはこう考えたんじゃないかな。『これで魔毒処理士も、消えただろう。今、感染力の強い呪術を王国内に投下すれば、アルヴェニア王国はすぐに降伏するだろう』てね。で、カトレア・ローゼンベルクをまずは狙った」
エマは指を一本立てて続けた。
「でも、彼らには二つの誤算があった。一つは、ミトは消えたどころかその存在感をより増大させ続けて、いまなお毎日膨大な魔毒を処理し続けている。むしろ、以前より元気いっぱいにね。もう一つは、彼らが狙ったカトレアさんは、ミトと同じ学院という極めて近い場所にいた。結果、大規模呪術感染は、未然に防がれた」
エマの指摘は、極めて論理的だった。これまで王国が強力な呪術や広域魔毒兵器の標的にならなかったのは、どんな毒も飲み込んでしまうノルディアス家という鉄壁の防波堤が存在していたからだ。
「どうしてカトレア様を狙ったかというと、それは多分彼女の家柄よね。ローゼンベルク家は、政府内でもかなりの影響力を持っているし、この前のバルナバス騒動で、新王国創世派の政治家は結構な人数が失脚している。で、創世派に属していなかった王国有数の貴族の令嬢から死に至る呪いを広めていけば、指導者層を一気に失ったアルヴェニア王国は崩壊する。とまあ、こんな感じでどうかな?」
「・・・・・・僕が魔毒処理をやめたという誤った情報が、逆に敵を呼び寄せてしまったということかな」
「ミト。気に病まないでよ。ミトが悪いんじゃないでしょ? どう考えたって、悪いのはエリュシオンよ」
エマが、僕の肩に手を置いて断言する。
「それに、遅かれ早かれエリュシオン国とは対峙することになったんじゃないかしら?あの国は以前から、アルヴェニア王国併合への野心を隠そうともしていなかったし」
リサがそう付け加える。
僕は自分の手のひらを見つめた。
自由を手に入れたと思っていた。誰かの身代わりでいることをやめ、自分の意志で歩き出した。けれど、それが、新たな戦いを引き寄せてしまった。
「ミト、自分を責めないで」
エマが僕の手先を両手で包み込んだ。彼女の手は、剣を握る者の力強さと、僕を想う優しさに満ちていた。
「彼らが勘違いしているなら、教えてあげればいいわ・・・・・・この国にはもう、言いなりになって毒を吸う『ゴミ箱』なんていない。その代わりに、悪意を糧にして悪を討つ、清浄なる守護者がいるんだってことを」
エマの言葉に、重苦しかった僕の心に光が差すのを感じた。
「・・・・・・そうだね、エマ。彼らが呪いを増やすのなら、僕がそれを断ち切るしかない」
「いいわね、その意気よ」
いままで一言も発さなかったシエラさんが楽しそうに笑い、棚から一本の黒い薬瓶を取り出した。
「連中は今頃、呪いが解除されたことに驚愕し、慌てて次の策を練っているはず。そんな状況にこの一本。私の自信作、体内のマナ回路のある部分を一時的に活性化させて、魔毒からの記憶吸収効率を極限にまで高めて、千里眼にも似た効果を得られるわよ。これを利用して、エリュシオンのことをもっと調べなさい」
「ありがとう、シエラさん」
僕はお礼を述べる。変人だけれど、こういうときには頼りになる。
一方のリサは、無表情ながらも自信に満ちた手つきで端末を操作し始める。
「・・・・・・となると、近いうちにエリュシオン国に潜入しないといけないかもね。そのときのために、あの国の地図を作成しておくわよ。それと、第二第三の伝染呪術を投下してくれる可能性もあるから、それをいち早く発見できるプロトコルも考えないと・・・・・・」
リサのその様子は、なんとも頼もしいものだった。
研究室の窓から見える空は、不気味な紫色の雲に覆われ始めていた。
カトレア様を蝕んでいた呪い、そしてエリュシオンからの怪しい動き。。
僕は、自分の体内が、静かに、けれど激しく熱く共鳴しているのを感じた。
大切な人たちの日常を汚そうとする悪意。だが魔毒の浄化者として、そんなものすべて食い尽くしてみせる。
「行こう、エマ・・・・・・僕たちが守るこの国に、呪いなんて似合わない」
「ええ。あなたの道は、私が切り拓くわ!」
「リサ、シエラ。ありがとう」
「任せときなさいって」
「二人は今日は帰って、ゆっくり休んでおきなさい。明日から、色々と大変よ」
「うん、お願いするね」
僕たちは研究室をあとにして、夕闇に包まれた王都の中、帰路に着いた。




