第40話 病を治癒するミト
学院の正門前に停まっていた漆黒の塗装に金色の紋章が刻まれた豪奢な馬車に乗り込み、僕、エマ、リサの三人はローゼンベルク邸へと向かう。
程なくして、公爵邸に到着する。
「・・・・・・空気が重いわね。まるでお屋敷全体が、息を潜めているみたい」
エマが窓の外を見ながら、小さく呟いた。
辿り着いたローゼンベルク公爵邸は、広大な敷地を誇っていたが、行き交う使用人たちの顔には生気がなく、重苦しい沈黙が支配していた。
「ささ、皆さん、こちらでございます、皆様」
案内されたのは、最上階にある一室だった。 執事のゴードンさんに促されて扉を開けると、そこには豪華な装飾が施された天蓋付きのベッドと、その傍らで力なく椅子に座り、顔を覆う一人の中年男性がいた。
「ミト様方をお連れいたしました」
公爵――カトレアの父君が顔を上げた。その瞳は赤く充血し、絶望に染まっている。
「・・・・・・来てくれたか。ノルディアスの少年よ・・・・・・もはや、私には君しか頼れる者がいない。どうか娘を、カトレアを助けてくれ」
僕は黙って頷き、ベッドへと歩み寄った。
横たわっていたのは、僕と同年代の少女、カトレア様だった。
「学院の真珠」と呼ばれた美貌は、今や見る影もない。肌は死人のように青白く、呼吸は浅い。そして何より異様だったのは、彼女が呼吸をする度に胸元から立ち上る、黒い霧のようなマナだった。
「っ・・・・・・! これは、ひどいな」
これまで僕が吸い取ってきた魔毒とは、少し違うようだった。なにかこう、どす黒い感情を煮詰めたような不快な波動を放っていた。
「ミト。その黒い霧・・・・・・ただの毒じゃないわね。生命マナの数値が異常に低い・・・・・・恐らく、生命力を直接食い潰している」
リサが小型の携帯用解析端末を覗《》のぞきながら、告げる。
「ミト・・・・・・気をつけて」
エマが剣の柄を握り、背後から僕を支えるような体勢になる。
「大丈夫だよ、エマ、リサ。これが僕の仕事だからね」
僕は深呼吸をして、震えるカトレア様の手に、自分の手を重ねた。
瞬間、カトレア様の体内に溜まっていた黒いマナが、津波のように僕の右腕へと流れ込んできた。
「ぐ、う……っ!」
冷たい。まるで氷水を血管に直接流し込まれたような衝撃。
この毒は・・・・・・中々重いな。誰かの執念、呪詛、その他あらゆる暗い欲望と情念。それが何層にも重なって、彼女の体内をむしばんでいた。
しかし――僕をなめてもらっては困る。伊達に十年以上、魔毒を吸い取ってきたわけではない。
僕は奥歯を噛み締め、全身をフル稼働させた。
カトレアさんを苦しめる猛毒を、吸収し、分解し、黄金のマナにする。。
数分後。その体を満たしていた不快な黒い霧が完全に消え去り、カトレア様の頬に微かに赤みが差した。
「・・・・・・ぁ・・・・・・」
彼女が小さく声を漏らし、ゆっくりと瞳を開ける。
「カトレア! ああ、カトレア……!」
公爵が泣き崩れながら娘の手を握る。奇跡のような回復。
その光景を見ていると、僕たちまで少し嬉しくなってくる。
しかし・・・・・・なぜ公爵家の令嬢という、本来なら、最も毒から守られているはずの存在が、これほどの毒に侵されていたのか。
「リサ、なにか分かった?」
後ろに控えていたリサに僕は訊く。
「ええ。携帯解析機の結果だから、100パーセントというわけではないけれど・・・・・・公爵閣下、失礼ですが少しお話を伺ってもよろしいですか?」
リサはカトレアの枕元に落ちていた、一本の小さな銀の髪飾りを指差した。
「それは・・・・・・カトレアがいつも身につけていたお守りだが・・・・・・」
「これ自体がお守りだったのは、昔の話ね。今は違います。鑑定の結果、これは恐らく呪い増幅の呪物よ。誰かがカトレア様に送り続けていた微細な呪いを、この髪飾りが一点に集め、体内で毒へと変換していた。誰かがこっそり、入れ替えたんでしょうね」
リサの言葉に、部屋の空気が凍りついた。
「呪い・・・・・・? 誰が、そんな真似を・・・・・・」
「閣下に心当たりはないかしら? ローゼンベルク家の台頭を快く思わない者。あるいは、かつて閣下に切り捨てられた者」
リサは解析した情報を空中に投影した。
「とりあえず、カトレアさんの状態は完全に回復しました・・・・・・あとはゆっくり数日間療養すれば大丈夫でしょう」
「ああ・・・・・・君たち、今日は本当にありがとう・・・・・・しかし、我が家に恨みを持つ者・・・・・・」
「ひょっとしたら、私怨ではなくて、もっと大きな野望かもしれないですよ? ロザリア様のときみたいに」
エマが、公爵に言う。
「そうだな・・・・・・いずれにせよ、調査をしないとな」
「あの、公爵様。この件、僕たちに持ち帰らせていけませんか?」
公爵は驚きで目を丸くする。
「なんだって? いやいや、カトレアの命を救ってもらったんだ、さすがにそこまで甘えるわけには・・・・・・」
「いえ。カトレアさんをいましがたまで苦しめていたこの毒――いま僕が吸収しましたが――を解析すると、多分、色々なことが分かると思うんですよ。リサ、学院にある本格的な解析専門マシンにかければ、大丈夫だよね?」
「ええ。絶対ではないけれど、九割以上の確率で、いけるはず」
「ありがとうリサ」
僕は拳を強く握りしめた。
僕がどんなに毒を掃除しても、人の心から生まれる悪意までは消し去ることができない。
だけれど、ここで負けてはいられない。必ずや、その悪意に打ち勝ってみせる。
「そうだね。今日は遅いから、また明日にでも学院の研究室で調べてみよう」
僕はエマを見た。エマもまた、険しい表情で頷き返してくれた。
「ミト。カトレア様を救うだけじゃ、これは終わらないわ。……この髪飾りに呪いを込めた大元を叩かない限り、多くの人が犠牲になるかもしれない」
「もちろん、分かっているよ。カトレアさんが安心して眠れるように、そして、僕たちの信じる平和が偽物じゃないことを証明するために」
僕たちは公爵に向き直った。
「ミト殿・・・・・・。すまない、本当に・・・・・・よろしく頼む」
「いいんです。これは、僕たちにしかできないことですから」
公爵は、何度も何度も深く頭を下げ続けた。




