第38話 異端派のところに、行ってみるわよ
大司教バルナバスが倒れて数日後。
僕はエマの家にいた。
「そういえばあなたたち、異端派については知らないのかしら?」
クレアがどこぞで発見した古文書資料をめくりながら、その史料の中の地図に記されている、王都の最北端、スラム街のさらに先に位置する放棄された古い礼拝堂を指し示した。「異端派」という聞き慣れない単語に、僕もエマもそろって首を振る。
「かつて、教会のやり方に異を唱えて破門された一派よ。彼らは、魔毒をノルディアス家に一方的に押し付けるというやり方を『魂の搾取である』と激しく非難した。その結果、異端として追放されたのよ」
「・・・・・・僕たちのために、戦ってくれた人たちがいたんだね」
僕の心の中に、じんわりと深い感動が広がっていく。エマも同じ気持ちのようで、静かに頷いた。
「そうなんだ・・・・・・私も知らなかったな。スブレンディアス家以外にもいたのね。ノルディアスを差別しない人たちが。でも変ね。その人たち、王都内にいるんだったら、少しくらいは情報が入ってきたかもしれないのに」
「教会が徹底的に記録を抹消したのよね。私も、噂には聞いていたけれど、この古文書を見るまでは確信が持てなかった」
クレアが手にした古文書を机に置く。
「ねえ、ミト。この人たちのところに行ってみない? 今のあなたなら――地位も回復して、王国の危機さえ救った魔毒処理士のあなたなら、その人たちの助けになれるかもしれないわよ」
「そうだね・・・・・・うん、行ってみよう」
僕、エマ、クレア、の三人は、馬車を走らせ、王都の喧騒から遠く離れたその場所へと向かった。
王都最北端に位置するその教会には、大聖堂のような豪華な装飾も、天を突く尖塔もなかった。
古びた石造りの建物には、丁寧に手入れされた草の蔦が絡まり、周囲には清らかなミントとラベンダーの香りが漂っている。小さく、年季が入っているが、居心地の良い空気が流れている。
「鑑定するまでもないわね。ここ、すごく『綺麗』だわ」
クレアが感嘆の声を漏らす。
僕たちは、教会の扉を開けて中に入ってみる。
質素な修道服に身を包んだ数人の聖女たちが、円陣を組んで座っていた。その中心には、うなだれた老人が一人。聖女たちは静かに歌うような祝詞を唱え、老人の体から染み出す薄黒い魔毒を、自分たちの指先に少しずつ移し、それを手元の香炉でゆっくりと燻し消していた。
その光景に、僕は息を呑んだ。
僕という「ゴミ箱」に魔毒を一気に流し込み、自分たちは決して手を汚さない。聖女リリアニアも大司教バルナバスも、そういうやり方しかやってこなかった。
だが、ここにいる彼女たちは、魔毒を自分たちの体の一部として受け止め、時間をかけてゆっくり分かち合っている。
「どなた様でしょうか。今は、浄化の儀式の最中です」
一人の聖女が立ち上がり、穏やかに微笑んだ。彼女の指先は、長年の魔毒処理のせいか、わずかに黒ずんでいたが、その瞳は透き通るように澄んでいた。
僕は慌てて自己紹介する。
「ミト・ノルディアスと申します。遠い昔、皆さんが、僕の家が受けてきた不当な扱いに反対して、独自の魔毒処理の方法を今日まで貫いてきたと聞いて、いてもたってもいられなくなり、ここまで来ました」
僕は深く頭を下げる。
「ノルディアス・・・・・・ああ、あなたが、あの・・・・・・」
「そういえば、最近なにか王宮の方で変化があったと聞きましたが・・・・・・魔毒処理の任務は、どうなっているのですか?」
聖女たちは慈しむように僕を見つめた。
僕は、自分に起きた最近の出来事を彼女たちに説明する。
話を聞き終えた聖女たちは、深く感動したように、息を漏らす。
「なんと・・・・・・そんなことが・・・・・・ついに、魔毒処理士の家系・ノルディアスに対する差別的待遇が、撤廃されたのですね・・・・・・」
「初代修道院長・オルレイア様の示した道は、やはり正しかったのですよ・・・・・・」
「長い長い年月が、かかりましたが・・・・・・ようやく我々の道は報われたのです」
聖女リリアニアとはまるで違うな。そう思い、僕は彼女たちにいたわりのこ土はをかける。
「だから皆さん、もう無理をしなくていいんですよ。僕は今、王室の庇護を受け、立場の回復も約束されています。これからは、皆さんが抱えている魔毒、全部僕が引き受けます。皆さんは、もう自分たちの体を削らなくていい」
エマも横からうなずく。
「そうです。ミトなら、皆さんが長い時間をかけて浄化する毒も、一瞬で消し去ることができます。どうか、彼を頼ってください」
だが、聖女たちはゆっくりと首を横に振る。
「お心遣い、心から感謝いたします。ですが、ミト様。私たちがこれをすぐにやめることはありません」
「え・・・・・・? なぜですか? 苦しいでしょう?」
慈愛に満ちた表情で、聖女さんは教会の窓から差し込む夕日を眺めながら静かに語った。
「私たちにとって、この浄化は、もはや単なる作業ではないのです。これは私たちの修行であり、祈りであり、生活の一部となっているのですから」
聖女様は、先ほどまで浄化を受けていた老人の手を優しく握った。
「一瞬で毒を消し去ることは、確かに魔法のような救いです。ですが、私たちの仕事は魔毒を浄化するだけではないのです。その方がどんな苦しみを受け、どんな人生を歩んできたのかを対話を通じて知ることもまた、立派な仕事の一部なのです・・・・・・時間をかけるからこそ、魂の傷も癒える、そういうものなのです」
クレアが小声でデータをつぶやく。
「驚いたわね。浄化効率そのものは決して高くない。けれど、浄化された後の患者の精神安定度は、群を抜いているわ。下手したら、ミト以上かも」
「それに」と、別の若い聖女が言った。
「急にこの役割を奪われてしまったら、私たちは自分たちの存在意義を見失ってしまうかもしれません。私たちは、この痛みを分かち合うことで、神・・・・・・いえ、自分たちの魂とさえも向き合っているのですから」
僕は衝撃を受けていた。
効率的に毒を消すことがも最善だと信じて疑わなかった。だが、彼女たちは時間をかけることで、人々の尊厳や魂を守り続けているのだ。
「・・・・・・分かりました。僕の方が、傲慢でした。皆さんは、僕がゴミ箱として扱われて、絶望していた間も、ずっと己の信じた道で毒と向き合っていたんですね」
僕たちは、彼女たちの気高い精神に深く打たれた。
権力欲にまみれた者たちとは対極に位置する、本物の聖者がここにはいた。
だけれど――だからといって、このまま引き下がりたくはなかった。
「皆さんのやり方を尊重します・・・・・・でも、これだけは約束してください」
僕は聖女様の手を、両手で包み込んだ。
「もし、皆さんの力だけではどうしようもないほど巨大な毒が発生したとき。あるいは、誰かの命が今すぐ消えてしまいそうな緊急事態のとき・・・・・・その他、なんでも構いません。自分たちの手に負えない事態が発生したときは、迷わず僕を呼んでください。そのときは、きっと何よりも優先して、僕は皆さんの元へ駆けつけます」
エマも剣を掲げ、誓いのポーズをとった。
「私が責任を持って、ミトをここまで送り届けます。皆さんのような尊い方々を、二度と孤独にはさせません」
聖女様たちは、そっと涙をこぼした。
「・・・・・・ありがとうございます、黄金の浄化者様。あなたのその心こそが、私たちが長年待ち望んでいた奇跡そのものです」
僕たちは、修道院をあとにした。
帰り道。
夕闇が迫る王都の街並みを馬車の車窓から眺めながら、僕は自分の手のひらを見つめた。
「エマ、そしてクレア・・・・・・今日はさ、色々と考えさせられたよ。エマ、というかスブレンディアス家だけじゃなかったんだね。僕たちノルディアスの存在に心を砕いてくれていたのは」
「そうよ、ミト。あなたはもう、誰かの身代わりに魔毒を押しつけられる存在じゃないのよ。この王国に必要不可欠な、立派な魔毒処理士ミトよ」
クレアがいつになく、あたたかな口調で励ましの言葉をくれる。
僕はふと窓から顔を出して、後ろを振り返る。夕闇の迫る中、スラムの片隅にある小さな教会では、静かで力強い慈愛の灯火が、今夜も絶えることなく輝き続けている。
「さあ、ミト! 明日からまた学院生活の始まりよ! 数日間休んでいたから、色々と課題が溜まっているわよ」
「うう・・・・・・急に現実に戻されるね」
「別に、いまのミトなら数日の遅れくらいすぐに取り戻せるでしょ? それより、エマこそどうなのかしら?」
「うっ・・・・・・この数日、鍛錬サボっていたから、なまっているかも・・・・・・それに、教科書の方も、遅れているだろうし」
クレアの言葉に、エマがぎくりとなる。
「ミト・・・・・・よかったら、このあと私にお勉強を教えてくれないかしら? あらゆる叡智をその頭脳に蓄えているミトなら、簡単よね?」
「完全に当てにされているね・・・・・・いいよ。それじゃ、僕の家に行く?」
「うん! お願いね」
「イチャイチャもほどほどにしときなさいよ、カップルさん」
クレアの冷やかしも、今の僕たちにはどうってことはない。
僕たちは、ゆっくりと家路に着く。




