第37話 最終決戦!
大聖堂の地下深く、隠し通路の先に広がっていた空間に、僕とエマはたどり着く。
「・・・・・・やっと来たか、不浄の落とし子め」
祭壇の前に立つバルナバスは、もはや聖職者の面影を失っていた。逃走中に何らかの禁忌の薬を服用したのか、その血管は黒く浮き上がり、背後には先ほど倒した聖霊よりも遥かに濃密で禍々しい影が揺らめいている。
「バルナバス様、もうやめてください! あなたは負けたんです! すべてが明らかになった今、すでに新王国創世派の連中は、近衛兵たちに拘束されているでしょう。あなたのクーデター計画は、失敗に終わったんです」
エマが叫び、剣を構える。
だが、大司教は不敵に笑う。
「ほう? 小娘が言いおるわ。しかし、このバルナバスある限り、決して新王国創世派は負けはせぬのだ。・・・・・・しかしミト・ノルディアス。貴様だけは許せん。私の完璧な計画に泥を塗った代償、その命で支払ってもらうぞ!」
バルナバスが杖を掲げると、部屋中の得体の知れないオーラが一斉に渦を巻き、彼の手元に収束した。思わず膝をつくほどの重圧感が放たれる。
「死ね! 聖教最高奥義――【天罰・極光の滅砕】!」
放たれたのは、光の奔流と闇の腐食を同時に孕んだ、回避不能の広域攻撃だ。
だが、僕は一歩も引かなかった。それどころか、僕はその攻撃の軌道もタイミングも、完全に読み切ることが出来た。
僕は右手を前に突き出し、指を軽く弾いた。
「【虚空の反転】」
白銀光が僕の手のひらから広がり、バルナバスの放った絶大なる魔法を、霧が晴れるように静かに霧散させた。
「な・・・・・・!? バカな、今のは我が一族にのみ伝わる一子相伝の奥義……! 初見で防げるはずがない!」
「初見なわけないじゃないか、バルナバス様」
僕は静かに、一歩ずつ彼へと歩み寄った。
「忘れたの? 僕は十年間、あなたがリリアニア様を通じて吐き出し続けてきた魔毒を、毎日、一滴残らず飲み込んできたんだよ・・・・・・毒にはね、あなたのマナの癖も、編み上げた術式の残滓も、隠しておきたかった奥義の構成理論も、全部混じっていた」
僕は自分の脳内に広がる、膨大な情報の図書館を見上げるような感覚で言葉を続けた。
「僕はね、あなたの毒を吸いながら、知らないうちに、頭の中で何千回、何万回とあなたと戦ってきたんだ。あなたが次にどの魔法を使い、どのタイミングで呼吸を整えるか……。今の僕にとって、あなたは世界で一番知り尽くした相手とすら言えるね」
「貴様・・・・・・! ゴミ箱の分際で、私の術を盗んでいたというのか!」
「盗んだんじゃない。あなたが無理やり僕の中に捨てたんだよ。リサさんが教えてくれたよ。毒と薬は紙一重。そして、毒と知識もまた、器次第で力に変わるってね」
逆上したバルナバスは、次々と教会の禁忌魔法を連発した。
空間を歪める重力魔法、魂を直接焼く精神毒、死者を呼び出す腐敗の門。
だが、その全てを僕は完封した。
それどころか、僕は彼が放つ魔法の一段階上の構成を、その場で具現化してみせた。
「あなたが今使おうとしたのは、これだよね? ――【聖王の裁き】」
僕が指先で描く光の陣。それはバルナバスが数秒後に完成させようとしていた魔法の、より純粋で、より強力なバージョンだ。
雷がバルナバスを直撃し、彼の結界を紙細工のように引き裂いた。
「ぐ、が・・・・・・あ・・・・・・っ! なぜだ、なぜ私の奥義を、私以上の精度で……!」
「皮肉だよね。あなたが僕を『ゴミ箱』として使い続けたせいで、僕はあなたの全盛期さえも超える、究極の戦士として完成してしまったんだ」
「くっ・・・・・・まだだっ!・・・・・・これで終われるか・・・・・・!!これが最後の手段だ!!!」
バルナバスは、祭壇に流れる全ての闇のマナを自らの体に取り込み、巨大な異形の姿に変わろうとする。
「こうなれば、王都もろとも道連れに自爆してくれるわ! 全ての罪を、私の闇に飲み込ませて――」
「・・・・・・させないよ」
僕は彼に肉薄し、その胸元に直接手を置いた。
リサとシエラが最適化してくれた、僕の最大出力。
そしてエマが僕に与えてくれた、大切な人を守るための騎士の意志。
「――【最終浄化プロセス:エターナル・サンライト】」
「バルナバス様。・・・・・・あなたがこれまで溜め込んできた全ての澱み、僕が今、一滴残らず引き受けてあげる。・・・・・・それが、ゴミ箱としての僕の、最後の仕事だ」
「や、やめろ! 私の力が・・・・・・私の魂が吸い出される! ギャアアアアアアッ!」
部屋中に、目も眩むような黄金の光が溢れた。
バルナバスの体から黒い霧が、絶叫と共に吸い出され、僕の右腕へと収束していく。
十年の恨み、悲しみ、絶望。そしてバルナバスという男が抱き続けたどす黒い野望。
その全てを、僕は静かに受け入れ、純粋なエネルギーへと昇華させていった。
光が収まった時。
そこには、ただの力のない老人に戻り、灰のように崩れ落ちたバルナバスの姿があった。 彼は言葉を発することもなく、ただ空虚な目で天井を見つめ、二度と動くことはなかった。
周囲に漂っていた不快な毒臭は消え、代わりに、どこからか朝露のような清々《すがすが》しい香りが漂い始めていた。
「ミト・・・・・・終わったのね」
エマが駆け寄り、僕をぎゅっと抱きしめてくれる。
「うん。全部、吸い取ったよ。この国の地下に溜まっていた毒も、彼の野望も」
耳元の通信機からリサの声がする。
「すごいじゃない。北区辺りで急上昇していた負のマナ値が、正常値にまで戻ったわよ」 大聖堂の外から、朝の訪れを告げる鐘の音が響いてきた。
それは長きにわたる偽りの時代の終焉、そして僕――「ゴミ箱」と呼ばれ続けたミト・ノルディアスが、新しく歩み出す、時代の幕開けを告げる鐘の音だった。
「さあ、帰るわよ、ミト。今度こそ、本当に。私たちが誇れる家へ」
「そうだね、エマ・・・・・・でもその前に・・・・・・ふぁぁぁ・・・・・・」
僕は思わず大きなあくびがでる。わずか一晩の間に、リサとシエラの力添えで゛覚醒して、新月団を壊滅させて、新王国創世派の黒幕・バルナバス大司教と戦い、そして勝利を収めた。
さすがに疲れが出たみたいだ。
「ミト・・・・・・帰ったらゆっくり寝ましょうね・・・・・・今日は一緒にいてあげる」
「うん・・・・・・あ、でも学院の授業が・・・・・・」
「休んじゃいましょ。いいわよ、それくらい。だってあなたは、この王国を救ってくれた英雄なんだから!!」
エマが、元気いっぱいにそう主張する。
そうだね。確かにエマの言うとおりだ。明日、というか今日一日くらい休んでも、大目に見て貰えるだろう。
「私が、一緒にいてあげるから・・・・・・久しぶりね、ミトの家にお泊まりするのは」
「・・・・・・小さい頃以来だね」
僕は遠い過去に少しだけ思いを馳せる。まだおじいさんが生きていて、僕が魔毒処理の任につく前のときの話だ。あれから間もなくしておじいさんが亡くなり、僕が魔毒処理の任を引き受けることになった。
なにもかも遠い昔の話。懐かしいな。 おじいさんが今の僕を見たら、どう思う
だろうか。少しは、喜んでくれるかな。だったら、嬉しいのだけれど。
エマの手を取り、僕は朝日が差し込む大聖堂の出口へと歩き出した。
僕の体は今、これまでで一番重く、だけれどこれまでで一番、清々《すがすが》しさに満ちていた。
僕たちは寄り添いながら、我が家へと向かうのだった。




